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アイス  作者: 魔桜
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黒葛陸視点(5)




 俺の地域で、一回限りだったがボウリング大会が開催された。

 毎晩のように地域の代表者が公民館に集まり、地域活性化のために何をすればいいだろうか……という話し合いで出た答えが、ボウリング大会らしい。

 建前は地域一体になることによって地域の結びつきの底上げだが、子どもの視点から考えても、ボウリングはおっさん達の趣味としか考えられなかった。

 俺の父親は、仕事でどうしても参加できなかった。そのまま俺も不参加で良かったのだが、それは地域の付き合いというやつだ。

 詩織のおじさんがわざわざ車を出してくれ、そこに俺と俺の母親が車内に同席することになった。

 だけど、詩織のおばさんはボウリングが嫌いだということで、今日は留守番しているらしい。こういう時に、俺も早く大人になりたいなあ、と切に願う。

 ……まあ、ようするに俺の父親と詩織のおばさんが欠員という状況だったのだがその時は都合がよかった。なぜなら詩織のおじさんの車は四人乗りだったため、もしも、あと一人でも参加人数が多かったら完全に定員オーバーだった。おそらく、警察に見つからないように、道中ずっと俺がしゃがみこんでいなければならなかっただろう。

 とまあ、俺たちは順調に会場へと向かっていた。

 運転席の助手席では、俺の母親と詩織のおじさんが仲睦まじく話しているのを見て安心した。

 あの二人が二人きりで話しているところを見たことがないので、あまり仲良くないのかと思っていたがそうではなかったみたいだ。

 逆に、俺の父親と詩織のおばさんがちょっとしたことでも長話しているのを、今まで見ていたので余計に不安だった。

 後ろの座席には、俺と詩織が座っていた。

 俺たちはいつも通り、学校やテレビのような当たりさわりのない話題を探しては、だらだら話をしていた。いや、あの時は、今と違って話題探しをしていなかった。

 あの頃の俺は、頭の中にぱっと浮かんだものを言葉にするだけだった。今は熟考してから話しているが、あの時は思考停止していても、俺たちの関係は成り立っていた。

 それはきっと、俺が見るものすべてが新鮮で、何をやっていても楽しかったからだ。だけど、例外ももちろんあった。あの時車に座っていたときの俺は、正直気分が悪くて、話す気力がなかった。

 車内ミラーで、自分の顔色を確認すると顔面蒼白で、今にも倒れそうだった。

 俺の家からボウリング場まで多少の距離があり、長時間揺られていて、俺はすっかり酔ってしまっていた。

 必ずしも俺は酔うわけじゃないが、たまにこうして酔ってしまうので困る。いつも酔うのだったら欠かさず酔い止めの薬を服用することを心がけているだろうに、中途半端に酔ってしまうから忘れてしまう。

 だが、それ以外にも理由があった。

「どうしたの? りっくん。もしかして酔っちゃった? お父さんに車止めてもらって少し休憩してもらおうか?」

 詩織が、俺の身体を横に揺らしながら聞いてくる。悪気がないのは分かっているが、そんなことをしてしまえば、さらに酔ってしまうのが分からないのだろうか、こいつは。

 いよいよという時になったら詩織の方に向かって吐くことにしよう。

「いや、大丈夫だ。それよりも……」

 俺はどうしようもない理由で気分が悪い。

どうしようか。それを詩織に言ってしまっていいだろうか。もしかしたら、笑われてしまうかもしれない。

「何があったの、りっくん?」

 詩織のその言葉には、俺への気遣いが見え隠れしていた。

 何をやっているんだか、俺は。

 詩織に心配をかけてしまうぐらいなら隠さないほうがいい。そこまでして隠すほどのことでもない。それに、今の内に詩織にだけは相談したほうがいい気がする。

 運転席と助手席を、ちらっと盗み見ると二人とも談笑に夢中になっていた。あの様子ならこっちに気を配る余裕はないはずだ。

 俺は意を決して、詩織にカミングアウトする。

「あー、そういうわけじゃないんだけど、いや、というか、これから何かが起こるんだよ。おそらくはとっても悲惨なことが……」

 俺は、心配そうに見つめてくる詩織に、一気に言い放つ。

「実は俺今までボウリングやったことないんだ! 実はそれが不安で、さっきから気分が悪いんだよ!」

 始めての試みである、地域の人々を集めてのボウリング大会は、意外にもかなり盛り上がっている。地域の大人から子どもまで集まったので、ちょっとした規模の大会になっていた。

 しかも、地域のイベントということで顔見知りが多い。その中で注目が集まるとなると、やっぱり初心者である俺は、浮いてしまいそうで恐い。

 公衆の面前で醜態を晒し、知っている人間に目の前で笑われてしまったら、俺は泣ける自信がある。その懸念をよそに、詩織は俺の相談を小さなことだと決定づけるように、なんだあと微笑した。

「大丈夫だよ、りっくん。初めてなら、私が教えてあげる。実は私、こう見えてもボウリングは、得意中の得意なんだから!」

「本当か? だったら心強いけど、お前って結構運動苦手な方だったよな。徒競走とかでも毎回ビリか、ブーヒーで、みんなから生温かい拍手もらっているよな気が……」

「ほ、本当だよ。私にだって、得意なことの一つや、二つあるんだから!」

 ない胸を精一杯そらす詩織に、俺は安堵した。

俺達がいじめられていたのは、この時よりももっと以前のことだ。いじめられていた頃の荒んでいた心理状態を考えると、この時はまるで夢の出来事だったかのように幸せな日常を送っていた。

 笑顔の絶えない、悲しいことがあったとしても詩織にいつでも相談できる。そんな作り物のような幸福感に俺は浸っていた。

 それはいつか崩壊してしまう幸福だとしても、もうすぐ詩織がどこか遠くへ行ってしまうと知っていても、あの時は本当に楽しかった。

 今だからこそ、そう断言できる。

 詩織の熱演をじっと見る。

「ボウリングっていうのはボールをピンに狙いをつけるんじゃなくて、レーンに書いてある、三角の印に目掛けて投げるの。そしたら、ボールはけっこう真っ直ぐ行くから。それで行かないとしたら、ボールの持ち方が悪いんだと思う」

「なるほど」

「あと、ボールを投げるときは、一、二、三、のテンポで投げるの。このリズムが超大切だからね。これを間違えると、リリースポイントまで誤っちゃってボールが変なところにいっちゃうの」

「なるほど」

「あとボールの選び方も慎重にやらないと駄目なの。……って、ちょっと、聞いているの? りっくん!」

「聞いているよ」

 熱心に耳を傾けているつもりだったのだが、俺の相槌がおざなりだったせいで、詩織の癇に障ったようだ。本当に興味はあるのだが、話のボリュームがあればあるほど、どうしても集中力が持続しない。

 それから、憤慨した詩織がボウリングの説明を最初からリピートし始めた時には、げっそりした。

 しかも、俺の相槌が一言二言だけだった場合は、また何度も最初からリピートされていた。

 詩織自身、話を繰り返し過ぎてどこまで話したのかも覚えていなかった。大人が子どもに説教するときに、何度も同じことで怒るのと同じような感じだ。

 そのせいで大分疲労は溜まったが、お陰でボウリングの正しいやり方は俺の頭に確実に叩き込まれた。

 話の途中で詩織のおじさんが、それってこの前テレビであった受け売りだろ、とからかって詩織が赤面していたが、俺は詩織の八つ当たりの飛び火が降ってこないように、見て見ぬふりを決め込んだ。だがそれでも詩織は、どうして下を向いているの? なんで私の話をちゃんと聴かないの? と怒り出した時は、その理不尽さに泣きそうになった。

 女ってやつは、どっちに転んだとしても怒り出すからどうしようもない。

 俺の母親もそうだ。

 二つの服を俺に見せてきて、今日着る服はどっちがいいかと尋ねてくる時がある。

 その時にこっちの服がいいんじゃないか、と提案すると、んー、でも、やっぱりそっちよりは、こっちの服がいいわよね。と絶対に言ってくる。

 最初から自分で着ていく服を決めているなら、わざわざ俺に聞かなくてもいいだろうと言いたいのだが、詩織のように逆切れされるのは、火を見るより明らかなので絶対にしない。

 自分なりに考えた結果。この前、母親がまた同じ質問をしてきた時に、服も見ずに、んー右の服の方が似合っているよ、とテレビを視聴しながら答えたら、なぜかむくれた。

 母親がその時何を言うかと思っていたら、言った言葉はちゃんと見て選んでよ、だ。

結局どっちにしたって、女ってやつは年がら年中怒っていないと気が済まない人間だと、諦めるしかないみたいだ。




 すいません、いつもよりちょっと更新遅れました。

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