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アイス  作者: 魔桜
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雛原詩織視点(8)



 ここ最近急にできた巨大なアミューズメント施設。

 その地下一階にはボウリング場が設けられている。

 他の階にはテニスや水泳、バッティングセンターなどスポーツが出来る上に、ゲームセンターやカラオケボックスなどもあり、中高生がよく利用する場所だ。

 その中でも一番人気のボウリング場は、食べ物や飲み物の持ち込みは禁止だと注意書きが書かれていた。だけど、たとえ持ってきていたとしても店員さんは暗黙の了解で黙認してくれるらしい。

 だからだろうか。

 ここに来る前に、橋下くんがコンビニで何か買って食べようかと提案した。

 けれど、麻美がそれに真っ向から反対した。

 せっかく珍しいメンバーでこうして遊びに来たんだし、どうせなら落ち着いた場所で外食をしたいと麻美が断言すると、他のみんなも賛成した。反対するのも気が引けたし、昼ご飯を食べる前に、軽い運動した方が美味しくなるだろうから私も賛成した。

 橋下くんは多少渋ったが、可哀想な事に彼には発言権というものが皆無だった。

 彼が返事するよりも前に、麻美はここに足を運びだし、みんなそれに便乗した。

 久しぶりのボウリングなので心なしか足が軽い。

 たいがい運動音痴な私なのだが、このスポーツ? スポーツなのかな? とにかくボウリングだけは自信がある。

 まだ真新しい板張りの床は、顔が映るのではないというぐらいに綺麗に磨かれている。

「あっ!」

 本当に顔が鏡のように映るのかどうか確かめようとしただけだ。

 床を覗き込んでいたら、足を滑らしてしまった。

「うぐっ!」

 派手にこける寸前で首根っこを掴まれ、後ろから首を絞められた状態になる。私はその状態からなんとか持ち直すと、後ろを振り返る。

「あ、ありがとう」

「…………」

 助けてくれた黒葛くんにお礼を言うが、予想通り無視される。やっぱり、私がはしゃいだのが気に食わなかったのだろうか。

 黒葛くんは、ボウリング専用シューズを店員さんから受け取ると、麻美と一緒に椅子に座った。

「黒葛くん、咄嗟によく詩織を助けられたわね」

「目の前で誰かがこけそうになったら、誰だって助けるだろ」

「ふーん、本当にそれなら私も安心なんだけどな……」

 一瞬、麻美は眉をひそめる。

「だったらあの時こけそうになったのが私だったとしても助けてくれる?」

「その時になってみないと分からない」

「それじゃあ、私がこける時を楽しみに待っていてね、黒葛くん」

「……わざとこけたらしたら助けないからな」

 私はボウリング玉が何をいいか探すふりをしながら、目では二人を追っていた。

 近づいて行って話をしたいが、あの二人の仲を応援すると約束したからには、私はあまり干渉しない方がいいだろう。

 他人を盛り上げられる話し上手ならまだしも、口下手な私が行ったところで、援護どころか足手まといになるだけだ。

「雛原、とりあえずシューズ選ぼうぜ。でないとまた転んじまうだろ。まっ、俺にとっては眼福の可能性があるからむしろその方がいいんだけどな」

 橋下くんの視線は私の足元に吸い寄せられている。

 スカートを履いてきたのを後悔しながら後ろに退く。

「ははっ、嘘だって」

 口調は笑っていながらも、その眼は真剣そのもの。

 私が動くたびに、彼の眼球も追って動いているように見えるのは気のせいだろうか。

「それよりボウリングで良かったのか? 俺はカラオケがよかったんだけど、瀬川がどうしてもカラオケだけは嫌だって言ったんだよな。……ああ、ほんっと、今更なんだけどさあ。黒葛と雛原を除いて、勝手に俺ら二人で話し合ってボウリングにしちまったけど、ボウリングで大丈夫だったか?」

「うん、むしろボウリングでよかった。小さいころは家族と一緒にボウリングしてたんだ。だから私、ボウリング結構好きなの。でも、どうして麻美カラオケ嫌なのかな? 歌うのは好きだったと思うんだけど」

 たまに帰り道で、麻美は何気なく鼻歌のような小さな音量で歌うのだが、それがとにかく上手くて驚いていた。透き通ったクリアな声と歌手顔負けのホイッスルボイスに、私は内心舌を巻いていた。

 まあ、気分じゃなかっただけじゃねぇのかな、と橋下くんは私のシューズのサイズを訊いて、自分と私の分のシューズを店員に頼んでくれた。

「そういえば、ここって元々カラオケボックスだけだったやつを改装工事して、ボウリング場やらカラオケやらゲーセンやらに造られたらしいな。元々のカラオケ店を経営していた奴がかなりの馬鹿で、下の人間の教育もろくにしなかったらしいぜ。それでお客から、かん——なりのクレームが来てたらしいんだけど、それすらも経営者は気づかなかったらしいぜ。まぁ、そんなんじゃつぶれて当然だな」

 何気ないように言ってはいるが、ここまで詳しいのはどう考えても普通じゃない。

「そう……なんだ。ずいぶんここに詳しいんだね」

 どうしてそこまで、ここができた経緯を知っているのんだろう。

 気になったので橋下くんに訊いてみると、何故か彼はしまったという顔をして焦りだす。

「あっ、ああ。……なんか俺って、他の人が興味ないって奴に興味持つんだよ。この意欲を勉学に生かせないのが、俺の駄目さが極まって馬鹿と言われる所以だよ。親にですら馬鹿扱いされてるからな、俺」

 自嘲気味に笑う橋下くんと私は、シューズを持ちながら麻美の元へと歩く。

 シューズとボウリング玉を両方とも持っていくのは不可能なので、黒葛くんと麻美を見習い、まずは座りながらシューズを履くことにする。

 ボウリング玉を選ぶのはそれからでも遅くない。

 ここのボウリング場は時間制ではなく、何ゲーム遊ぶかで決められているので、時間を気にしなくていいのが利点だ。

 私はしゃがみ込みながら専用のシューズを履いていると、橋下くんが何時までたっても履く気配がないことに気が付く。

 私は少し顔を上げて橋下くんの横顔を見やると、なにやら沈んでいる様子でどこか彼らしくない。何か辛い記憶を思い出してしまったのだろうか。

 私は堪らず彼を励ます。

「でも、やっぱり橋下くんは凄いと思うよ」

 無表情だった橋下くんの眼が、途端に驚きの色に変わる。

「それって違う方向から考えたら誰も知らないことを知っているってことでしょ。それこそ勉強できる人間ってたくさんいるけど、橋下くんみたいな人間はきっと少ないと思うよ」

 特徴のない私よりは橋下くんの方が全然いい。

 私はそう思う。

 だからそんなに落ち込む必要なんてない。

 彼は意外そうな顔を私に向けて恥ずかしそうに眼を逸らす。

「ははは。俺はただの変人なだけだよ。くだらないことにばっか眼がいってさ」

「そんなことないよ。くだらなくなんてない!」

 声がでかくなってしまい、黒葛くんと麻美が、話を中断してこっちに視線を向けているのが分かる。

 私はそれを無視して、橋下くんを見やる。自分のことを卑下するなんて私だけで十分だ。聞きたくもない。

 ……そうか。私が普段うじうじ考えていることも他人からしたら、それこそくだらないことなのかもしれない。だったら私は――。

「……ありがとな」

 橋下くんははにかみながら私にたった一言のお礼を言って黒葛くん達の所に行って、ボウリング玉を選びに行こうぜ、と誘った。

 橋下くんの笑った顔は真顔じゃなかった。

 それはいつもの橋下くんのふざけた笑いと、さほど変わらなかった。

 だけどどうしてだが、初めて橋下くんが私に素の感情を剥き出しにしてくれた。

 なんだかそんな気がした。





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