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アイス  作者: 魔桜
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雛原詩織視点(6)



 この大型デパートの地下には様々な人気のチェーン店が展開されている。その為、大勢の人間が押し寄せてきたとしても、充分に座るスペースが確保されているのが魅力だ。

 買う層としては、食品売り場の品揃えも豊富なので、子ども連れの主婦から一人暮らしの学生にまで幅広い支持を受けている。その為、夕方の時間になると学生のたまり場になっている上に、値引きされた食品を買い漁る主婦までもが参戦するので、かなり混雑してしまう。

 だけど、こうやってたまには寄り道がてらにくつろぐのも悪くはない。

 私は麻美と二人で季節外れのアイスを舐めていた。

 突発的な行動を起こすのは麻美らしい。

「今からアイスでも食べない?」

 麻美の思いついたような一言で、私たちはこうやって椅子に座って足を休めている。

 帰り道から少し外れたところにあるので、少し歩かなければいけないのが難点だが、それでも寄り道するにはもってこいの場所だといっていいだろう。

 最初はこの時期にアイスを食べるのもどうかなのかと躊躇していた。

 だけど、外が肌寒い時に、こうやって暖房が効いている室内で食べるアイスは、私も嫌いじゃないことが判明した。

 どんなことも、やってから始めて解る事ってあるんだな。

 二人ともコーン付きで麻美がバニラで、私はチョコミント味を選び、お互いのアイスを食べあいっこしながら何時ものようにだらだらと世間話をしていた。

 すると、どうもいつもの麻美とは様子がおかしいことに気がついた。普段から他人の挙動を伺いながら生きているので、少しでもどこかがおかしいと分かってしまう。

 気になった私は、麻美にどうしたのかと問いかける。すると、彼女から私が思ってもいなかった言葉を投げかけられた。

「あのね、実は私、詩織に相談したいことがあるの。訊いていくれる?」

「それは、勿論いいよ……」

 私が麻美に悩みを相談することはあっても、麻美が私に弱みを見せるのは、これが初めてなような気がする。麻美はいつだって自信満々に行動していて、悩みとは縁がない人間だと思っていた。

 だけどよくよく考えるとそんなことを彼女に思うこと自体が失礼なことだ。

 きっと誰にだって悩みの一つや二つぐらいある。

「でも、それって私なんかでいいの?」

「いいわよ。ううん、むしろ詩織にしか喋れないことだもん」

 麻美は私と違って社交的であり、女友達がたくさんいる。その中で私が選ばれて誇らしいという気持ちと、私ごときが相談相手になるのかというプレッシャーが胸中で混ざり合う。

 一瞬の逡巡の後、私は覚悟した。

 麻美が是非にと言うならば、私もできるだけ彼女の期待に応えようと思う。

 私はアイスを舐めるのを一旦中断して、麻美の言葉に真剣に耳を傾けることに専念する。

 麻美は言ってしまっていいのかを躊躇うように、視線をデパートにあるラーメン屋さんの暖簾に移しながら逡巡すると、その重々しい口をようやく開く。

「私ね、好きな人ができちゃったの」

「……へ? 麻美が?」

 どんな重大なことを相談されるかと思い固唾を呑んでいたのだが、思ってもいない方向から飛んできた言葉に、思わず素で答えてしまっていた。

 私のその反応に気分が害したのか、麻美がむくれてしまう。

「なによぉ? そんなに私に好きな人ができたことがおかしいの?」

「ううん、そうじゃないの。そうじゃないんだけど、やっぱり驚いちゃって」

 麻美が他人に好意を寄せるなんて、今まで考えたこともなかった。どれだけクラスの男子が言い寄ってきても、麻美は一度も顔を縦に振らなかったのに。その頑固さから、麻美は色恋沙汰の類には興味がないものだと思い込んでいた。

「それってどんな人なの?」

 麻美のハートを射抜いた男の人に興味がないと言ったら嘘になる。どれだけ性格や外見がいいのか見当もつかない。

 高校生なのだろうか、いや、心身ともに大人びた麻美は年上が好みなのかも知れない。大学生か、それとも社会人なのだろうか。そもそも日本人なのかどうかも定かじゃない。

 彼女が外国人の彼氏と連れ添っている姿を想像してもなんの違和感もない。すらりとした身長で、ほりの深くて優しげな顔、さらさらの金髪を風になびかせながら、彼女とにこやかに話すイメージが突然湧く。

 麻美は持っているアイスを見下ろしながら顔を伏せてカミングアウトを続ける。

「私も自分自身気づかなかったことなんだけど、やっぱりこれって一目惚れってやつなんだって思うの。始めて会ったときは恋愛感情なんて我ながら似合わないって思っていたし、なによこいつって悪い印象しかなかったの。だけど、気がついたらその人のことばかり眼で追っている自分がいたんだ。これっておかしいことなのかな?」

 麻美の問いかけに私は横に首を振る。

 彼女はそんな私を見やるとありがと、とぽつりと呟いた。

「その人はね、私がちょっとでも落ち込んでいたらすぐに気付いてくれるの。そしてその度に私のことを気遣って私の為に色々してくれるんだ。……優しい。うん、きっとあの優しさに私はやられちゃったんだと思うんだ」

 麻美は紅潮しながら夢見がちに話す。

 麻美の、まるで恋人を語るような惚気話を聴かされて、こんなに甘いチョコミントアイスを選んだのを後悔した。せめて彼女と同じバニラを選ぶか、最悪コーヒーでも注文しておけばよかった。

 彼女の話を全て鵜呑みにすれば、どう考えても麻美の意中の彼は彼女を意識している。間違っても悪い風には思っていない。

 これじゃあ、ほとんど両想いみたいなものだ。

 私は麻美が本気で誰かを好きになったら、きっといい恋ができると思っていた。そうあって欲しいと心の底から願っていた。

 けれど、実際にこうやって話を聴かされるやっぱり嫉妬してしまう。私にも、こうやって他人に思い人の自慢ができるような恋がしたい。

「それでね、できれば詩織に協力して欲しいの。お願い、何でもするから。……本気なの」

 親友の麻美にこうも拝むようにお願いされては断る是非もない。私がすべきことは全力で協力するに決まっている。

「うん、分かった。いいよ、こんな私でよければ」

「ほんと? ありがとう!」

 麻美に猛烈な勢いでハグをされる。

 私は苦笑しながら、手に持っているアイスが落ちてしまわないように必死だ。

「それで誰なの? 麻美が好きな人って?」

「黒葛くん」

 ――えっ、黒葛くん?

 視界がいきなり霞み、口の中がからからになる。

 心臓が嫌っていうほど暴れる。

 そう、そうだよね。

 麻美と黒葛くんってクラスでも結構仲好さそうにしてる。

 他人を寄せ付けようとしない黒葛くんが、異性であれほど接近を許しているのはおそらく麻美だけだし、あっちも脈がないわけじゃないかなって思っていた。

 だけど私は、麻美が黒葛くんのことを異性として見ているとは全然考えていなかった。クラスで黒葛くんにじゃれ合うような接し方をしているのは、麻美お得意のいつもの冗談の延長線上での行為だと思っていた。

 だけど、今から彼女が本気で黒葛くんにアタックするなら二人は急接近するだろう。ああ見えても押しに弱い黒葛くんのことだから、麻美のように強引なタイプの人間には弱いのかもしれない。

 ――そして黒葛くんと麻美が付き合う?

 そのビジョンを明確に意識すると景色が揺れてしまった。一瞬呼吸の仕方を忘れてしまう。眼前の視界に映る全てのものが滲んでいく。

「麻美、私さ、ごめっ――」

 引き離そうとするが、麻美は腕に力を込めてそれは叶わなかった。

「詩織、私達って親友よね?」

 嫌だよ、何言ってるの? 麻美。私は、私が好きなのは、昔からずっと見てきていたのはあの人だけなんだよ。

 親友だったら分かってくれるでしょ? なんでそんなに残酷なことができるの? 私には二人の仲を応援するなんてできっこないよ。

 ふと、きがつく。

 ……ああそうか。私は麻美を、親友だ親友だと言いながら彼女に大事なことを何も話していないじゃないか。

 私が想っていることを何一つとして伝えていない。

 それなのに私は、麻美が私の全てを理解してくれていると思った。言葉に変換しないでも、私の心を全て把握してくれているって、心のどこかで麻美に頼りにきりになっていたんだ。

 そんなこと絶対にあり得ないのに、私は勝手に麻美を悪役にしてしまっている。言葉にしないと理解してもらえないことだって、たくさんあることは既にもう痛いほど解っているのに……。

 なんで私っていつだって遅いんだろう。

 どうして大切なものを失ってしまうまで気が付かないんだろう。

「詩織、さっき協力してくれるって言ったよね? だからお願い、もう詩織だけが頼りなの。これは詩織にしか頼めないことなの」

 抱き着かれたままでよかった。

 もしも、今の私の顔を見たら、優しい麻美はきっと心配してしまうだろうから。私の密かな想いに、気付いてしまうだろうから。彼女に向かって自然な笑顔などできなかっただろうから。

 だから、よかったんだ。

「いいよ、麻美は私の親友だもん」

 何とか全ての力を振り絞って言えた。

 今にも溢れそうな涙を、悟らせないように言い切れたのは僥倖だ。

 ぽたぽたと、手の甲に何かが落ちる。

 視線を落とすと、私の涙かと思ったそれは、溶けたアイスだった。





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