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アイス  作者: 魔桜
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雛原詩織視点(1)

 少々、官能的な表現があり、また全体的に暗い内容となっているので、それらが苦手な方は読まないほうが無難です。


 木製のドアの前で私は立ち尽くす。

 意を決してノックしようとするが、何故か見えない壁に阻まれる。

もう一度挑戦する前にゆっくりと木目を指でなぞる。この通り、ちゃんとドアに触れることはできる。できるのだが、どうしても部屋の中の人物を起こすことができない。

 制服のスカートをぎゅっと両手で掴む。

 どうしよう。せっかく早起きできたというのに、これじゃあまた昨日と同じように遅刻ギリギリの時間になってしまう。

 そんなことになったらまた先生に怒られる。ただでさえあの担任教師は怒りやすいので有名なのに。

 夏は終わったというのに、手から嫌な汗がじわりで出てくる。

 どれだけ時間が経とうが、慣れないものはしょうがない。彼を起こそうとするとどうしても緊張してしまう。

 いつもならば私の役目じゃないからやらないで済むのだが、昨日や今日みたいにたまにやらなければならない時がある。

 彼と話すのが不愉快というわけではないのだが、相手が相手なのでどうしてもノックを躊躇ってしまっているのだろうか。

 こうして彼のことを意識していると、途端に動悸が激しくなる。あまりにプレッシャーがかかりすぎて過呼吸になりそうになる。落ち着く為に深い深呼吸を数回やる。

 よし、と握りこぶしで奮起し、再度挑戦しようとすうるがやはり駄目だった。

 眼前のドアと私の右手はS極とS極の磁石のように接することができない。

 ――このままではおそらく一生。

 まったく、どうしてこんなに私が焦らないといけないんだろう。

 八つ当たりだというのは百も承知だがこれだけ私が失敗を重ねてしまうと、彼が自発的に起床してこないことが駄目だという発想になってしまう。

 これだけやっても起こせないのなら、とにかく下に降りて朝食を食べないと。

 私は溜め息を零しながら踵を返す。

 すると、決してわざとでないが左手がドアにこつんと当たってしまう。

 予期せぬ事態に全身から汗がどっと出る。

 部屋の中から気だるげな呻き声と何かモノが落ちる音が聞こえる。

どうやら彼もようやく起きてくれたらしい。当初の目的を果たしたことになったのだが、私にも心の準備というものがある。

 だけどこうも不測の事態が降りかかってきてしまうと対処のしようがない。

 逃げてしまおうか、それともあえて堂々と部屋に入ってしまえばいいのかを逡巡する。どっちを選択するにしろ早く行動しなければまた遅刻してしまう。

 焦りすぎて私が右往左往しているとドア越しに声を掛けられる。

「……今、何時?」

 私の肩がびくりと跳ねる。

 欠伸交じりだけれどもようやく彼も少しは覚醒したようだ。相も変わらずの不機嫌そうな声音だ。

 それはいつものことなのであまり気にはならない、と強がってみるけど本当は凄く気にしてしまう。相手が私のことをどう思っているかを考えてしまう。

 私には一生分かることがないことを考えること事態、人生においては無駄以外の何物でもないことだとは自覚しているがどうしても考えてしまう。

「八時五分前です。今日の朝食は母と一緒に作りました。できれば冷めないうちに早く起きて食べてください」

 母と一緒に、というのを協調する。

 平日の朝飯は毎回母が作っているだけなのだが、特別に今日だけは朝飯を一緒に作った。

 私だって休日ぐらいはたまに作ったりするが平日に作るのは初めてだ。

 母は目をぱちくりしていたが、私が朝飯を作る意図を話すと妙に納得していた。

 あの笑みには少し癇に障ったけれど、忙しい中手伝ってくれたのだけは感謝しないといけない。今度お礼にマッサジーでもしてあげようかな。

「……うっ」

 突然眠気が襲い、出そうになった欠伸を押し殺す。

 私も彼同様そこまで朝に強いわけではないので、早起きする為にわざわざ携帯の目覚まし機能を使ったのだが、その効果はてき面だった。

 私は三回目のアラームでなんとか起きることに成功できた。普段二度寝、三度寝を繰り返し、親に起こされるまで布団にへばりついて離れない私にしてはよくやったと誰かに褒めてもらいたいぐらいだ。

 それにしても大音量で三回もアラームが鳴ったのに全く起きる気配がなかった彼の睡眠に対する執着心に驚嘆する。

「分かった。すぐにそっちに行く」

 ドア越しになにやらがさごそと音がする。多分制服に着替えている音だ。平日朝の食卓に出る時はいつも制服姿なのでそのくらいは予想できる。

 私たちが通っている男子の制服は地味でありきたりな制服なので他校からはあまり人気はないのだが、女子の制服は人気が高い。

 特に合い服が一番可愛いといわれていて、襟がしゅっと引き締まるように細くなっている白ブラウスの上からは、ベージュ色のベストを着用する。そしてスカートは赤と黒のチェック柄で可愛くて目立つ上下の組み合わせで、その制服が目当てで通う生徒もいる。

 かくゆう私もその中の一人だ。私がこの高校を選んだ理由は自分の家から一番近い高校だったということもある。

 だけど今自分の着ている制服に憧れを持っていたからという理由も小さくはない。

「何? 他にも何か用?」

 ドアの前に直立したままでいる私の気配に気づいたのか、ドア越しに苛立たしげな彼の声を投げ掛けられる。

「す、すいません! すぅッ!――」

 直ぐに下に降ります。と、言葉を続けられることは出来なかった。謝罪の直後に思いっきりドアに頭をぶつけてしまった。しかも思いのほか勢いがついていたので、少しばかり涙目だ。

 意地で苦痛の悲鳴だけは上げなかったが、ほとほと自分のアホサ加減に嫌気が差す。

 自分が失敗してしまうところを、いつもこうやって一番見られたくない人に見られてしまう。いや、今日はドアがあるので、失敗してしまった瞬間を見られずに済んだから、まだ良かったと思うべきだろうか。

「お前、何やってるんだ?」

 心配というよりは呆れきっている声にさらに落ち込む。私はひりひりする額を抑える。

「な、何でもありません」

 とにかくこれ以上彼に醜態を曝す前にここを離れたい。私は失敗を挽回しようとすればするほど、何かしら失敗してしまうか救いがない。

 どうすれば私も麻美のようにしっかりとした人間になれるんだろう。でもきっと私はあんな風に自分の指針をしっかりと定めて突き進むことは到底できっこない。

 だったら今は自分のできることをやっていくことに専念しよう。

 私は足早に階段を下りた。

 現時点でダメなところがあればご指摘ください。

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