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濡れ惑う、  作者: 梨音
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9/16

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 その日も僕は、午前中は寝室(と呼んでいいのか分からないがとにかく僕が睡眠をとる部屋)で音楽を聴きながら、大学のレポートを仕上げていた。出来上がったレポートをぱらぱらと繰って確認し、ふうと息を()いて時計を見る。午後一時。途端になんだか空腹なような気がしてきたから、人間というのは不思議だ。昼、何食べよう。台所に二つ三つ重ねて置いていたカップラーメンで済まそうかとも思ったが、思い直してどこか外で食べることにした。歌子さんも何か食べたいだろうに、僕がいると何故だか彼女は何も食べない。僕は、いつの間にやらそんなことまで考えて予定を組むようになっていた。

 小銭入れだけ掴んで寝室を出る。「ちょっと、夕方くらいまで出かけてきます」熱心に何かを描き続けている丸まった背中に声を掛けると、ボールペン買ってきて、と返事が返ってきた。二、三日前に二本ほど渡したはずなのだが、もうインクが無いらしい。僕は分かりましたと声を返して、履きなれたよれよれのスニーカーを履く。

「鍵、開けたままにしときますね」

 返事は無かったが、そのまま部屋を出た。秋らしい清々しい空気を胸いっぱい吸い込んで、少しずつ吐きながら階段を駆け下りる。

 ――さて、何処に行こうか。


 昼食。迷った末に、コンビニで買ったパンを近所の大きな公園で食べることにした。ファミリーレストランやファーストフード店で一人で食事を摂るのは好きじゃないし、こんな天気のいい日に室内でハンバーガーなど食べるのもなんだか勿体ない。それに何より、コンビニで買う方が安上がりだ。メロンパンにクリームパン、ストレートティーのペットボトルと黒のノック式ボールペンが二本入ったビニール袋を右手で前後に揺らしながら空いているベンチを探す。レジに出すとき店員さんに笑われてしまったパンの選択。幼稚園児みたいだといつも笑われる、けれどこの組み合わせがすきなのだから仕方が無い。

 公園は、中央にある大きな時計台を囲うような作りだ。滑り台とかがあるわけではない、キャッチボールしたり犬の散歩にやってきたりする類の、何も無い公園。平日のお昼時ということもあってかあまり人はいなかったが、それでも空いているベンチはなかった。仕方なく、おじいさんが一人座っているだけのベンチの片端に腰掛ける。なんだかずっしりとした杖を持った、気難しそうなおじいさん。目の前の時計台を、何か因縁でも付けるかのように睨みあげている。僕の視線に気が付いたのか、彼は時計台から目を離してこちらを振り向いた。ぎろり。慌てて視線を逸らす。どうしてこの人の隣に座ってしまったのだろう、向こうに赤ちゃんを連れた若いお母さんが座っただけのベンチがあったのに。今更そんなことを思うがここで別のベンチに行くともっと睨まれそうな気がする。怖い。諦めて、ビニール袋からメロンパンを取り出す。消費期限が今日なので安くなっていたメロンパン。おじいさんがこちらを見ているのが分かる。視線を感じる。僕の手の中の特大メロンパンを見てか、ふんと盛大に鼻を鳴らした。気にしない。袋を開けてひとかけら、口に入れる。突然背後から突風が吹いてきて、公園を囲うように植えられている銀杏の木をざわざわと揺らした。舞い上がる黄色い葉と砂埃に、僕は思わず目を瞑った。

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