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シャワーの流れ落ちる音で目を覚ました。
んんん。小さく唸ってそっと上半身を起こす。辺りはまだ真っ暗だ。そしてずいぶん寒い。枕元に置いているデジタル時計の頭を押すと、「4:24」という文字が蛍光色で浮かび上がった。まだ四時半か。二度寝しようと再び布団に潜るが、目が冴えてしまってなかなか寝付かれない。まったく、もう。こんな時間にシャワーを浴びている歌子さんを恨みながら、とりあえず水を飲もうとまた布団から出たとき、
がちゃり。
浴室のドアの開く音がした。あ、歌子さん。布団から出たものか迷う。とりあえず彼女が静かになるまでは大人しくしておこうと思い、寒いのでまたまた布団に入った。と、
「起きてるんでしょう」
薄い壁を通してその声が鮮明に耳に届いて、僕はかちんと固まった。ぺたぺたぺた。足音が近づいてくる。僕は目を見開いたまま、その音を聞いていた。ぺたぺたぺた、ぺたぺた。そして、
「起きてるんでしょう」
部屋の入り口に仁王立ちした歌子さんはまた言った。白いバスタオルを身体に巻きつけた彼女の腕や顔や足が、暗闇の中にくっきりと白く浮かび上がっている。時が止まった。僕は歌子さんを見つめ、歌子さんも僕を見つめていた。たっぷり三秒ほども経っただろうか。僕ははっとして目を瞑った。瞼が引っ付くかと思うほどに、しっかりと。それを見てか見ずにか、歌子さんはふふんと鼻先で笑った。足音が近づいてくる。ぺたぺたぺた。もわっとした熱気が、耳元に迫る。
「ね、起きてるんでしょ、タカイくん」
彼女は僕の耳元でそう囁いた。ぽたり。彼女の髪の毛先から落ちたのか、雫がひとつ、僕の頬を滑っていった。しっとりとした雨の香りが漂う。僕はますます強くしっかりと目を瞑った。何がなんでもこの目を開けてはいけないと思って、とにかく、それだけに意識を集中した。
すると、歌子さんは笑い出した。はっは、はっはっは、と。壊れたぜんまい仕掛けの人形のように、平坦な笑い声をあげた。大きな声だった。止まることを知らないかのように、笑い続けた。はっは、はっはっは。いつまでも止まらなかった。だから僕は、いつまでも目を開けられなかった。しっかりと瞼をくっつけたまま、身を硬くしたまま、僕は左の耳だけで、じっとその笑い声を聞いていた。




