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僕の部屋は二階の一番奥、南向きの部屋だ。日当たりの良さや家賃の安さやご近所づきあいのなさや交通の便の割といいところから選んだ部屋。僕が鍵を出してがちゃがちゃとやっている間、歌子さんは僕の後ろで相変わらずひどくつまらなそうにしていた。そしてようやくドアを開けると僕より先に滑り込み、何も言わずにサンダルを脱いで部屋に上がってしまった。
後に続いて靴を脱ぎながら歌子さんに声をかける。
「風呂、すぐ沸かしますけど」
「入らない。君が寝てからシャワー浴びるわ」
あ、そうですか。拍子抜けした調子で僕はそう呟いて、とりあえず風呂を洗う。足を拭いて風呂場から出ると、歌子さんは腕組みをして白のカーペットを敷いた床にぺったりと座り込んでいた。途端に、僕は気がついた。この人着替え持ってない。
「あの、歌子さん、着替え」
「無いわよ。これでいいわよ、もう」
歌子さんはうっとうしそうにそう言った。彼女の服が吸っていた水分がカーペットに移って、彼女の座っている一帯だけを染めている。それを気にする様子もなく、ぐるりと部屋を見回して、「紙は無い? あと何か書くもの」
僕がそこに転がっていたボールペンと今朝の広告を渡すと、どうも、と呟いて目の前の足の短いテーブルにそれを置いた。彼女が頭を振る度に髪の水がいくらか飛び散ったが、気にせずそのまま広告の裏に何かを書き始める。このひと、寒くはないのだろうか。少し気になったけれど、僕はそれ以上歌子さんに声を掛けることはせず、先に風呂に入ることにした。




