桃栗三年姉八年、遅咲きの姉は他国で花開いたようです
「シルヴィア、君との婚約は破棄させてもらう。そして君の妹、スザンと婚約をする」
今日は貴族学園の卒業式。
そこで、第二王子殿下から衝撃の言葉が告げられました。
ざわめく周囲の人たち。
しかし、婚約破棄を突きつけられた私は――予想通りのことであり、特段驚きもありませんでした。
====
私の名前はシルヴィア。ソレンスタム侯爵家の長女です。
そして、二つ年下にスザンという妹がいるのですが、とにかくこの子の出来がよく、幼少の頃から比べられていました。
私の評価は、覚えの悪い子。
妹の評価は、出来の良い子。
幼少の頃から貴族の習い事に関して、何度聞いても、私は覚えられませんでした。
その理由は、前世の知識を持っていたからです。
前世の常識が邪魔をして、どうしてもこの世界の常識を覚えられない。
いえ……覚えられはしますが、納得できないし、実践もできませんでした。
例えば貴族の常識では、家が主体です。
何を差し引いても、まずは家が最優先であり、次に国となります。
また家の中も、家長であり当主のお父様が一番であり、次が次期当主となるお兄様。
そして私や妹は家を保ち、富ませるための駒です。
これが納得いかない。もう、どうしてよっ!!
貴族は領内から徴収した税金で生活しているのだから、領内を発展させる義務があります。
これは理解できます。
ではどうやって領内を発展、富ませるのか?
国内でも上位貴族と結婚して婚姻関係を結び、互いの領地を発展させよう。
……なぜ?
結婚しなくても、領地交流でもすればいいじゃない!
それに加えて女性貴族のお仕事は、お屋敷の運営、社交界のネットワーク運用、外交やら慈善活動になります。
これらをスムーズに行うには、何を置いてもまず会話術。次いで美しい作法ですね。
外見と会話でごまかせ、現場は他に任せろ、ってことです。
まあ外交するには最低限、他国の言葉を覚える必要はありますし、社交界なら他貴族の顔と名前、爵位やら関係性を熟知しなければなりません。
私は、とにかくこれらが苦手でした。会話術なんて、元陰キャの私にはハードルが高すぎます。
それに、他貴族の顔や名前なんて、何百人といます。到底覚えきれません。
顔や名前については、覚えるのが得意な侍女などに聞けば済む話ですが、さすがに会話までは任せられませんからね。
逆にこれらが得意だったのが妹のスザンでした。
あの子はコミュ力が非常に高く、すぐ顔と名前を覚えるし、持ち前の明るさで誰とでも仲良くなりました。
こうして幼少の頃に、私と妹の評価が決定されました。
それから数年後。
私が十歳のとき、当主のお勉強をしていた四歳年上のお兄様が、何気なく私に質問をしてきました。
当時私は、女性貴族らしい勉強は既に諦めていて、その代わり領地のことや、民のことをお勉強していたのです。
無論、お父様からは冷たい目で見られましたけどね。
<へー、シルヴィアはこの程度のことも知らずに、勉強してたのか>
おそらく、お兄様はマウントを取りたかったのでしょう。
しかし私はそれに対して、無難に答えました。まあ単純な計算でしたからね。
驚くお兄様は、次から次へと質問してきましたが、全て私が答えると態度を改めたのです。
それ以降、お兄様と一緒に領内のことを考えてた時に、様々な前世のアイデアを出しました。
ディスカッション、というものですね。
それがお兄様経由でお父様へ、そこから領内の発展へと続きました。
その途中、「私だけを除け者にしてずるい!」、と言いながらスザンも参加するようになりました。
私が出したアイデアの中でも、特に染色方法が、大ヒットしました。
この世界では糸に色をつけて布にし、それを切ったり編んだりして、衣装を作っていました。
でも私が提案したのはその逆、真っ白な布の上に紙を置いて色をつけていく。
そしてあとから紙を除けば、色のついた部分と、白色の部分が分かれる。こうやって模様をつけていくのです。
これって、日本の型染めという手法なんですよね。
正直出来栄えは、私が見た型染めと何となく雰囲気的に似ているな、という程度でした。
あちこち色が滲んでいたり、濃淡もありましたからね。
それでも、斬新な色合いの服として、大ヒットしました。
ところがです。
いつしかお父様も私がアイデアを出したと知ってしまい、それが国王陛下へと伝わり、何故か私と第二王子殿下との婚姻が結ばれました。
……なぜ?
そうして十三歳になったとき、私は貴族学園へ入学することになりました。
入学当初は、殿下とは良好な関係でしたが、スザンが入ってきてからが変わりました。
私は相も変わらず会話術が苦手でしたが、スザンは高いコミュ力を生かして、次々に大勢の人たちと繋がりを持っていきました。
姉に比べ、妹はとても出来が良い。
お茶会や慈善事業などの内容に加え、男性貴族が覚えることまで通じる。
あっという間に、そんな噂が学園中に広まりました。
私やお兄様と一緒に、ディスカッションへ参加していたため、多少のことなら男性貴族向きの話にも、ついていけますからね。
ちなみに、私と妹の仲は悪くありません。
コミュ力の高い妹ですから、私にだって悪意なく接してくれます。
さらに、その噂が殿下にも届いたのでしょう。
ことあるごとに、スザンのようになれ、とおっしゃってくることが多くなりました。
そして、結局学園の卒業パーティで婚約破棄の宣言を受けたのです。
====
殿下は、私から妹に鞍替えするだろう、と予想していましたが、まさか卒業パーティで堂々と宣言をするとは思っていませんでした。
「ええっ? 私……ですか?」
卒業パーティは、卒業生とそれを見送る在校生、つまりは全校生徒が参加します。
そのため、スザンも私の隣にいたんですよね。
私が婚約破棄されて驚いてたところに、いきなり自分に婚約話を振ってきたのですからね。
それは、スザンでも唖然としてしまうでしょう。
「そうだ! シルヴィアよりスザン、君がいい!」
「えぇ……嫌ですよ。お断りします」
「な、なぜだ!?」
「私、すでに婚約してますし……」
スザンがはっきりと断った。
この子は、寄り子貴族の幼馴染と婚約してますからね。
「えっ……いつの間に?」
スザンの言葉に動揺する殿下。
知らなかったの?
スザンには、昔からたくさんの貴族から婚約話が家に届きましたが、全て断ってきました。
お父様が、他家と結ぶよりも寄り子貴族との結束を固めたい、という理由で幼馴染との婚約を認めていたからです。
これは王家と縁を結ぶことになった、私の影響もありますが……。
「殿下は、お姉さまと婚約破棄なされるんですか?」
「うっ……」
どうせ私でなくとも、スザンと婚約すれば、ソレンスタム侯爵家との縁は切れない。
そう思っていたのでしょう。
第二王子殿下は、元々王太子殿下の補佐をすることに決まっていました。
そのため下手に側近をつけるのではなく、身の回りの世話をするものたちだけで、周りを固めていました。
帝王学などではなく、当主や国家の運営のお勉強をしろ、ということですね。
このせいか、貴族としては致命的ですが、情報に疎い。集めてくる側近がいなかったからですね。
私と一緒のころは、私の側近から情報を得ていたのですが、スザンが入学してからは、遠ざかっていましたからね。
「そ、それは……い、いや違う!」
何が違うのでしょう。
「な、ならばシルヴィアとの婚約破棄の話は取りやめだ!」
第二王子殿下のその言葉に、周囲は呆れていました。
ただその中から一人、私たちの会話の中へ入ってきた人物がいました。
「もう遅い。王族が一度吐いた言葉を、取り消すなんてことはしないよな?」
「お前は……レギウス!」
隣国の第三王子レギウス様。
彼とは昔、とある相談を受けたことがあり、それに答えたら、それ以降何故か絡んでくるようになりました。
なおレギウス殿下の相談内容は、単純に水はけの問題でした。
土地の水はけが悪く、水が溜まってしまい、根が腐る。どうすればいいか?
答え。植える部分を盛り上げる。
周囲より土を盛ってあげれば、自然と水は下へ流れていきますからね。手間はかかりますが、土壌改善していくよりは楽です。
「前にシルヴィアと約束をしていてね。婚約破棄された場合、俺と結婚し俺の国に来てくれると」
「はぁ?」
この話は、既にお父様にも了承を得ております。
殿下が最近、私を避けていること。レギウス様から婚姻の要望があったこと。
この二点を伝えたところ、他国の王族と縁が持てるのならば、それはそれで喜ばしいこと、とのことでした。
私としても結婚するなら、軽んじられてる殿下よりも、レギウス様のほうがありがたい。
それにレギウス様とは、私が苦手とする社交界などではなく、国を富ませる施策を一緒に考えよう、と言ってくれています。
「知らなかったのかい? ここ数年、ソレンスタム領が急激に発展していることを」
「知っている。スザンのおかげじゃないのか?」
「何を言ってるんだ? シルヴィアが、やってたことを知らないのか?」
むしろ、なぜレギウス様が知っておられるのか。
一応、表向きは次期当主のお兄様発案という形になっていたはず。
まあお父様から国王陛下に伝わっていますし、そこから何かしらの手段で情報を得たのでしょうけどね。
「シルヴィア! なぜ黙っていた!」
「女が口を出す問題ではない、と殿下から言われていましたので……」
「なっ……」
以前殿下に、当主のお勉強をお手伝いしましょうか、と提案したことがありましたが、断られましたからね。
それ以来、手も足も口も出さないようにしました。
そもそも、表向きはお兄様発案ですからね。私が言うはずがありません。
「ではシルヴィア、ソレンスタム侯爵へご挨拶に行こうか」
「かしこまりました」
「お姉さま、もうお帰りになられるんですか?」
「ええ、すでに婚約破棄はお父様にも伝わっているでしょうけど、私とレギウス様から改めてご連絡を入れる必要がありますからね」
「はーい。私はここのお食事を楽しんでから、帰りますね」
この状況で食事を楽しむとは、豪胆ですね。
ある意味、これも天然なんでしょうけど。
呆然と突っ立っている殿下を放置して、私たちは帰宅しました。
====
後日、第二王子殿下が国王陛下に叱られ、左遷されたと聞きました。
王族が左遷とは?
元々は、お父様から私の話を聞いた国王陛下が、将来王太子殿下の補佐として私を王族に迎えるつもりだったそうです。
国内の貴族ならば、国王陛下の命で何とでもなったでしょうが、さすがに他国の王族相手には無理ですからね。
その結果、罰として第二王子殿下は、辺境伯お抱えの騎士団へ強制入団させ、心身共に鍛えることとなりました。
そして卒業パーティから一年後、私はレギウス様と結婚いたしました。
ただ結婚したとしても、やってることは、お屋敷でお兄様と一緒にスザンを添えたディスカッションと同じ。
何とか昔の知識を思い出しつつ、この世界で勉強したものを混ぜて、アイデアとして出す。
これだけでした。
でも私にとっては、会話術より何倍も楽しい。
「シルヴィア。君は学園にいたときよりも、生き生きとしてるね」
「ええ、レギウス様。おかげさまで、毎日が楽しいですわ」
そういえば、桃栗三年柿八年ということわざがありましたね。
……いえ、私だと姉八年ですか。
どうやら私は、遅咲きのようでした。
桃栗三年柿八年、という単語がなぜか頭に浮いて、つい書いてしまいました




