第1話 今日も胃が痛いマネージャーの事情
──今日も、胃が痛い。
高梨ひかり(29)は、マネージャーデスクの奥で白湯をすすりながら、静かに天井を見上げた。
この一ヶ月で消費した胃薬は四本。
粉薬は甘い。甘いのに効く。ムカつく。
原因は明白だ。
うちの看板Vtuberユニット――「ゆいみな」。
白雪ユイと黒羽ミナト。
百合営業界の人気上昇中のトップランナー。
配信では理想のカップル。
裏では気まずい同居人。
だった。
……はずだったのに。
※
「マネージャーさん、相談があって」
「やっぱり、同棲続けたいんです」
「これからは、“本物”として活動したいなって」
──聞いてない。
百合営業からリアルカップル継続宣言なんて、聞いてない。
高梨はその場で固まった。
「……え?」
「え?」
「え?」
三回言った。
三回とも本気だった。
問題はそこじゃない。
問題は。
あの二人を。
自宅から。
無制限で。
配信させるという未来。
(無理)
ミナトは無意識甘え系。
ユイは無意識受け入れ系。
あの空気感で雑談配信?
三分後には規約どころか倫理委員会案件だ。
「……スタジオ枠、増やさなきゃ……」
高梨はデスクに突っ伏した。
胃が。
もう、限界だ。
「……高梨さん、また顔死んでますね」
ふわり、と声が落ちてくる。
顔を上げると、そこには黒髪の少女。
浅香千代(Vname:朝霞ちよる)
来期デビュー予定の育成枠。
清楚。素直。無垢。
そして――破壊力が高すぎる。
「ちょ、ちょっと何してるの千代ちゃん」
「癒しです」
気づけば膝に、ふわりと重み。
「合法ですし」
「合法の問題じゃない!」
「心も清潔です」
「そういう問題でもない!」
千代はにこにこしている。
悪意ゼロ。
なのに心臓へのダメージは最大。
「マネージャーさん、がんばってますよね」
優しい声。
近い。
距離が、近い。
「今日もえらいです」
頭を、そっと撫でられる。
高梨の脳内で警報が鳴る。
(だめだだめだだめだ)
でも。
気持ちいい。
癒しって合法ドラッグか?
「……千代ちゃん、お願いがある」
「なんでしょう?」
「うちの看板二人が、画面の前でリアル百合しすぎて危険」
「はい」
「自宅配信、止めるから、スタジオ確保、手伝って」
千代は少しだけ考えて。
「いいですよ」
そして、ふっと笑った。
「その代わり」
「え?」
「ちゃんと、わたしも見ててくださいね」
高梨の胃が、きゅっと鳴った。
これは別の意味で危険だ。
看板カップルの暴走。
新人の無自覚魔性。
そして。
胃薬を握りしめるマネージャー。
高梨ひかりの戦いは、今日も静かに始まっている。
(……とりあえず、追加で胃薬買おう)
▶︎つづく




