最終話 営業じゃない私たちで、また明日。
「今日は、大事なお知らせがあります」
配信開始から十分。
コメント欄はいつも通りの勢いで流れている。
《重大発表!?》
《新衣装?》
《ライブ!?》
ユイは、隣にいるミナトを見る。
ミナトも、ほんの少しだけ深呼吸をして、頷いた。
覚悟は、もう決めている。
「わたしたち、“ゆいみな”は」
ユイがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「これまで、百合営業ユニットとして活動してきました」
コメント欄がざわつく。
《急にどうした》
《営業って自分で言うなw》
《わかってたけど言うなw》
ミナトが続ける。
「営業としての関係性を、応援してくれて、本当にありがとう」
声は落ち着いている。
でも、ほんの少しだけ震えている。
「でも」
ユイが、ミナトの手をそっと握る。
画面には映らない位置で。
「今日で、“嘘の恋人”はやめます」
一瞬、コメント欄が止まった。
《え?》
《解散?》
《え、まさか》
ミナトが、まっすぐカメラを見る。
「解散じゃない」
はっきりと言い切る。
「これからは、営業じゃなくて」
視線を、隣へ。
ユイも、頷く。
「本当に恋人として、活動します」
沈黙。
そして。
《は?????》
《ガチ!?》
《ついにきた》
《いやそれも営業では?》
《どっちでもいい、尊い》
コメントが一気に流れ出す。
ユイは、少しだけ笑う。
「疑われるのも、わかってます」
「だって、ここまで全部営業だったからな」
ミナトが苦笑する。
「でも」
ユイの声が、静かに強くなる。
「配信が終わったあとも、一緒にいるし」
ミナトが続ける。
「暗いの怖いときも、手握ってるし」
「料理焦がしても、ちゃんと食べてくれるし」
「寝起き最悪でも、可愛いと思ってるし」
二人で言って、少しだけ笑う。
コメント欄があたたかく変わっていく。
《なんだよそれ》
《普通に幸せになってくれ》
《応援するわ》
《営業でも本気でも、好きなのは変わらん》
ユイは、ゆっくり息を吐く。
「営業をやめる、って言っても」
「コンビは続ける」
ミナトがきっぱり言う。
「これからは、“演じる百合”じゃなくて、“そのままの二人”を見せていく」
ユイが小さく付け足す。
「だから、もし少し不器用でも」
「ぎこちなくても」
「本気でやってるって、思ってもらえたら嬉しいです」
沈黙。
そして、コメント欄が、ゆっくりと埋まっていく。
《おめでとう》
《末永く爆発しろ》
《営業終わっても推すわ》
《結局最強》
ミナトが、ユイの肩にそっと寄り添う。
「……なあ」
「うん?」
「これ、もう引き返せないな」
ユイが笑う。
「うん。もう無理」
画面の中で、二人は自然に指を絡めた。
「じゃあ」
ミナトが言う。
「これからも、よろしくな」
ユイが、まっすぐ見つめ返す。
「よろしく。恋人さん」
コメント欄が再び爆発する。
《言ったあああああ》
《死ぬ》
《尊いの向こう側》
「それじゃあ今日はここまで」
ユイが微笑む。
「営業じゃない私たちで、また明日」
「おつゆいみな」
画面が、ゆっくりフェードアウトする。
*
赤いランプが消える。
静かなスタジオ。
ユイとミナトは、しばらく無言のまま座っていた。
「……怖かった?」
ミナトが聞く。
「うん。めちゃくちゃ」
「俺も」
少しだけ笑う。
「でも」
ユイが言う。
「隣にいるなら、なんとかなる気がする」
ミナトが、そっと額を預ける。
「なら、ずっと隣にいる」
それは、営業でも台本でもない。
静かな約束。
二人は立ち上がる。
スタジオの電気を消す。
ドアを開ける。
外の空気は、少しだけ冷たい。
でも、手はあたたかい。
「帰ろっか」
「うん。……ただいま、って言える場所に」
並んで歩く。
もう、演じなくていい。
カメラがなくても、好きだと言える。
営業から始まった関係は、
いつの間にか、本物になっていた。
画面の向こうでも、外でも。
これからも、きっと。
▶︎――終わり?




