表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

第6話 すき、だったんだよ。ずっと、ずっと前から。

翌朝。


リビングには、いつも通りの朝の光が差し込んでいた。

トーストの匂いも、紅茶の湯気も、変わらない。


変わったのは、空気だけだった。


「……コーヒーでいい?」


ミナトの声は落ち着いている。

でも、どこか慎重だ。


「うん。ありがとう」


ユイも、いつも通りを装う。


昨夜の告白は、夢じゃない。

ちゃんと覚えている。


――お前のこと、ちゃんと好きだよ。


胸の奥に、その言葉がまだ残っている。


重くて、あたたかくて、怖い。


二人は向かい合って座る。


視線が合いそうで、合わない。


「今日、夕方打ち合わせな」


「うん」


「台本、どうする?」


「……まだ、いつも通りでいいと思う」


ミナトが小さく頷く。


責めない。

急かさない。


それが逆に、ユイを追い詰める。


(逃げないって言ったのに)


自分のほうが、まだ覚悟を決められていない。



昼過ぎ。


ユイはひとり、ソファに座っていた。


スマホを握りしめる。


マネージャーとのグループチャットが目に入る。


《最近また空気よくなってきたね》

《次の大型案件、二人推しで行けそう》


仕事は順調だ。


“営業百合”としては。


でも、今はそれだけじゃ足りない。


(どうして、こんなに怖いんだろ)


ミナトが好きだと認めることは、

営業を裏切ることじゃない。


でも。


もし壊れたら?


もし別れたら?


今の関係も、仕事も、全部失うかもしれない。


そこまで考えてしまう自分が、嫌だった。



夕方。


配信前のスタジオ。


いつもの位置に座る。


「ユイ」


ミナトが、静かに呼ぶ。


「うん」


「無理に答え出さなくていいって言ったけどさ」


視線が、まっすぐ向く。


「本音隠したまま一緒にいるのも、きつい」


その言葉に、胸が痛む。


「……ごめん」


「謝るな」


ミナトは、小さく笑う。


「俺が勝手に好きになっただけだし」


それが、一番ずるい。


優しすぎる。


ユイは、両手をぎゅっと握る。


「ねえ、ミナトちゃん」


「ん?」


「最初に会ったとき、覚えてる?」


「……オーディション?」


「うん」


あのとき。


ミナトは、台本を五回も読み直していた。


緊張で、声が少し震えていた。


でも、真剣だった。


まっすぐで。


その横顔が、忘れられなかった。


「私ね」


喉が震える。


でも、逃げない。


「そのときから、気になってた」


ミナトの目が、わずかに揺れる。


「強いふりしてるのに、ほんとはめちゃくちゃ緊張してて」


「……やめろ、黒歴史」


「でも、好きだった」


言ってしまった。


空気が、止まる。


「営業じゃなくて」


一歩、近づく。


「ずっと、ずっと前から」


ミナトの呼吸が、浅くなる。


「ユイ……」


「怖かった」


正直に言う。


「営業と混ざるのが怖かったし、壊れたらどうしようって思ってた」


「うん」


「でも、それ以上に」


視線を逸らさない。


「あなたが誰かに取られるほうが、もっと嫌だった」


沈黙。


長い、長い一秒。


ミナトが、ゆっくりと立ち上がる。


ユイの前まで歩いてくる。


「……嘘じゃない?」


「ちがう」


声は震えているけれど、嘘じゃない。


「本気で、好き」


ミナトの手が、そっと頬に触れる。


あたたかい。


「俺も」


静かな声。


「営業じゃなくて、ユイが好き」


距離が、なくなる。


唇が重なった。


一瞬だけ。


でも、ちゃんと現実だった。


配信でも、台本でもない。


カメラもない。


二人だけの空間。


離れたあとも、額が触れ合う距離で止まる。


「……これ、配信じゃないよな?」


「うん」


ユイが、小さく笑う。


「絶対、配信じゃない」


ミナトも笑う。


少しだけ、泣きそうな顔で。


「じゃあさ」


指が絡む。


「これから、どうする?」


ユイは、深く息を吸う。


「営業はやめない」


「え?」


「でも、嘘もつかない」


ミナトが、瞬きをする。


「ちゃんと、本当の私たちでやる」


怖い。


でも、逃げない。


「隣にいて」


ミナトが、ぎゅっと手を握る。


「当たり前だろ」


その言葉で、胸の奥の不安がほどけていく。


仕事として始まった同棲。


営業として始まった関係。


でも今は。


画面の外で、ちゃんと手を繋いでいる。


ユイは、もう一度ミナトに触れる。


「すき」


小さな声。


でも、はっきりと。


ミナトは、今度は迷わず抱き寄せた。


「俺も」


心臓の音が、重なる。


営業じゃない。


台本もない。


それでも、これからも。


二人で、配信を続ける。


嘘の百合じゃなく。


本物の、ふたりとして。


▶︎つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ