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第4話 ほどけてゆく暮らし、知らなかったあなた

朝日が、カーテンの隙間から細く差し込んでいた。


ユイは、違和感で目を覚ます。


――重い。


腕が、動かない。


視線を落とすと、ミナトがぴったりとしがみついていた。

額がユイの肩に触れ、片手はシャツの裾をぎゅっと掴んでいる。


(……昨日のまま寝ちゃったんだ)


寝顔は驚くほど無防備だった。

いつものクールな面影はどこにもない。


眉間の皺もない。

口元も、ほんの少し緩んでいる。


ユイの胸の奥が、じわっと熱を持つ。


(こういう顔、誰にも見せてないんだろうな)


そっと、掴まれている手に自分の指を重ねる。


その瞬間。


「……起きてる?」


目が、開いた。


「うわ」


「うわってなに」


近い。距離が、近い。


二人同時に飛び退く。


「ご、ごめん」


「いや、俺こそ……」


微妙な空気。


でも、昨日までの冷えた沈黙じゃない。


少しだけ、照れくさい。



リビングに入ると、ミナトが先にキッチンへ向かった。


「朝飯、ある」


「え?」


テーブルに並んだのは、トーストとスクランブルエッグ。

紅茶の湯気が、静かに立ちのぼっている。


「いつの間に」


「目覚めた瞬間、寝顔見られたの思い出して寝れなくなった」


「それ私のせい?」


「半分くらい」


ユイは、思わず笑ってしまう。


パンにかじりつく。


「……おいしい」


「だろ」


ミナトの声が、ほんの少し誇らしげだった。


(こんな顔もするんだ)


配信では見せない表情。

誰にも見せない表情。


それを、自分は見ている。


それだけで、胸が忙しい。



午後。


ユイの部屋から悲鳴が上がった。


「なにこれ!!」


「なに?」


ミナトが駆け込む。


床には、洗濯物の山。

机の上には、カップ麺の容器。

ゴミ袋はパンパン。


「これいつから?」


「……先週?」


「は?」


冷蔵庫を開ける。


「賞味期限二ヶ月前」


「冷凍だからセーフでは」


「アウト」


ミナトが額を押さえる。


「お前、生活能力どうなってんの」


「だって配信忙しくて……」


「忙しいのは俺もだろ」


容赦なくゴミをまとめ、洗濯機を回し、掃除機をかける。


動きが早い。


無駄がない。


ユイは、こたつに足を突っ込みながらぼんやり見つめる。


(ちゃんとしてるなあ……)


守る側。


整える側。


気づけば、ユイの生活まで整えている。


「ユイ」


「ん?」


「ちゃんと生きろ」


真顔で言われる。


でも、怒っていない。


どこか心配そうだ。


胸が、きゅっとなる。


(昨日、あんなに弱い顔してたのに)


ミナトは、根っこが優しい。


それがわかるほど、ユイの中で何かが揺れる。



夕方。


洗濯物を干し終えたミナトが、キッチンに立つユイを見つめる。


「包丁逆」


「うそ」


「危ない」


手を取られる。


指の位置を直される。


距離が、近い。


「……見守る係で」


「はいはい」


言いながらも、ミナトは離れない。


その視線が、やけに真剣で。


「そんなに信用ない?」


「信用してるから見てる」


心臓が跳ねる。


(それ、ずるい)


料理は、少し焦げた。


でも二人で食べれば、それなりに美味しい。


「悪くない」


「でしょ」


言葉が重なる。


笑いがこぼれる。


気づけば、昨日よりも、距離が自然になっていた。



夜。


ソファに並んで座る。


テレビもつけず、ただ静かに。


「……なあ」


ミナトが言う。


「同棲って、こんな感じなんだな」


「どんな感じ?」


「……意外と、悪くない」


ユイは、隣を見ないまま頷く。


「うん」


心の中で、言葉が膨らむ。


仕事のための同棲。


そのはずなのに。


洗濯物も、朝ごはんも、暗闇も。


全部が、ちゃんと“ふたり”だった。


「ユイ」


「うん?」


「昨日のこと」


一瞬、息が止まる。


「……忘れてないからな」


「……私も」


それ以上は言わない。


でも、目が合う。


逃げない。


「今日は、別々で寝る?」


ミナトが、少しだけ意地悪く聞く。


ユイは、わざとらしく考えるふりをする。


「どうしよっかな」


「……おい」


「冗談」


立ち上がる。


「来る?」


ミナトが小さく笑う。


「行く」


照れくささはある。


でも、昨日より自然。


ベッドに入る前。


ユイはふと思う。


(これ、戻ってるのかな)


それとも。


(新しく始まってる?)


答えはまだ出ない。


でも確かなのは。


今日の距離は、昨日より近い。


営業でも、台本でもなく。


知らなかったあなたが、

少しずつ、ほどけていく。


そしてユイは、

その変化を、嬉しいと思っている。


▶︎つづく

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