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第3話 ホラーと布団と、あなたの声

「開けるなって言ってるでしょ!! そこ絶対フラグだから!!」


黒羽ミナトの絶叫が、スタジオに響く。


ホラーゲームの配信中。

画面の中では、暗い廊下の先に揺れる影。

コメント欄は大盛り上がりだった。


《ミナトちゃん今日もビビってるw》

《助けてユイちゃん!》

《この距離感が最高なんだよな》


ユイは隣でくすっと笑う。


「ほら、大丈夫だよ。私いるでしょ?」


「それ配信だから言えるやつ!!」


軽口を叩き合いながらも、二人の息はぴたりと合っている。


画面の中では、理想の百合カップル。

怖がるミナトを、優しく支えるユイ。


視聴者数は十万を超え、スパチャの通知が絶え間なく鳴る。


――完璧だ。


「じゃあ今日はここまで。またね」


最後まで笑顔で締めくくり、配信を切る。


静寂。


照明の白さが、急に冷たく感じる。


「……はぁ」


ミナトが椅子に沈み込む。


「今日のはマジで心臓に悪い」


「叫びすぎ」


「お前が煽るからだろ」


言い合いは、どこかぎこちない。


でも、完全な無言よりは、ずっとましだった。



夜。


同じ部屋に帰る。


それが、まだ不思議だった。


ユイがリビングで資料を見ていると、ミナトがタオルを手に立ち止まった。


「……なあ」


「うん?」


「風呂、入るけどさ」


一瞬、言葉が詰まる。


「……ドアの外、いてくれない?」


ユイは、ほんの少し目を見開いた。


でも、笑わない。


「うん。いいよ」


バスルームの前に体育座り。


シャワーの音が響く。


「……ユイ?」


「いるよ」


「返事ないと無理」


「ちゃんといる」


「……そっか」


その声は、配信のときよりずっと小さい。


ユイは扉にもたれながら思う。


(どうして、こんなに素直なんだろ)


強いふりをするのに、

弱いところは、こんなにもわかりやすい。


十分ほどして、水音が止まる。


「……ユイ?」


「うん?」


「ありがと」


扉越しの、静かな感謝。


胸の奥が、じわっと温かくなる。



それで終わるはずだった。


でも、夜はもう少し続いた。


「……ユイ」


寝る準備をしていたユイの部屋のドアが、こつ、と鳴る。


開けると、ブランケットを抱えたミナトが立っていた。


「なに?」


「……その」


視線が泳ぐ。


「今日だけ。隣、いい?」


ユイの心臓が、ひとつ大きく跳ねた。


「……ホラー、引きずってる?」


「うるさい」


でも否定はしない。


ユイは、ベッドの端をぽん、と叩く。


「おいで」


少し距離をあけて、二人並ぶ。


静かだ。


さっきまでの絶叫が嘘みたいに。


「……ユイ」


「うん?」


「今日の配信さ」


ミナトが天井を見たまま言う。


「俺ら、ちゃんとやれてる?」


“俺ら”。


仕事のときの言い回し。


でも声は、仕事のトーンじゃない。


「……どうして?」


「なんか、最近さ。配信のほうが楽なんだよ」


ユイは息を止める。


「本音、言わなくていいから」


言葉が、静かに刺さる。


「演技なら、間違えないし。

 でもリアルは……どこまで踏み込んでいいかわかんねぇ」


ユイは横を向く。


暗がりの中、ミナトの横顔がかすかに見える。


「嫌われたくないし」


ぽつり、と。


「……誰に?」


「……お前に決まってんだろ」


心臓が、うるさい。


ミナトは続ける。


「強いほうがいいんだろ?

 クールで、守る側で、頼られるほうが」


「そんなこと……」


言いかけて、止まる。


だって、配信では、そういう役割を求めてきたのは事実だから。


ユイは、そっと手を伸ばす。


暗闇の中で、ミナトの指に触れる。


「私は」


言葉が、震える。


「怖がってるミナトちゃんも、ちゃんと好きだよ」


“好き”という言葉に、空気が変わる。


沈黙。


でも、嫌な沈黙じゃない。


ミナトの指が、ぎゅっと握り返す。


「……ほんと?」


「うん」


「……じゃあさ」


ほんの少しだけ、距離が縮まる。


「今日だけ、強くなくていい?」


ユイは、ゆっくり頷く。


「うん」


そのまま、ミナトが肩に額を寄せる。


配信の演技みたいなドラマはない。

キラキラした台詞もない。


ただ、あたたかい体温と、静かな呼吸。


ユイは目を閉じる。


(これ、営業じゃないよね)


答えは、まだ出せない。


でも。


この距離が、心地いいと思っている自分がいる。


ホラーゲームよりも、

コメント欄よりも、

ずっと怖いのは――


この気持ちのほうかもしれない。


それでも、ユイは手を離さなかった。


暗闇の中で、

二人の呼吸が、ゆっくりと揃っていく。


▶︎つづく

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