第3話 ホラーと布団と、あなたの声
「開けるなって言ってるでしょ!! そこ絶対フラグだから!!」
黒羽ミナトの絶叫が、スタジオに響く。
ホラーゲームの配信中。
画面の中では、暗い廊下の先に揺れる影。
コメント欄は大盛り上がりだった。
《ミナトちゃん今日もビビってるw》
《助けてユイちゃん!》
《この距離感が最高なんだよな》
ユイは隣でくすっと笑う。
「ほら、大丈夫だよ。私いるでしょ?」
「それ配信だから言えるやつ!!」
軽口を叩き合いながらも、二人の息はぴたりと合っている。
画面の中では、理想の百合カップル。
怖がるミナトを、優しく支えるユイ。
視聴者数は十万を超え、スパチャの通知が絶え間なく鳴る。
――完璧だ。
「じゃあ今日はここまで。またね」
最後まで笑顔で締めくくり、配信を切る。
静寂。
照明の白さが、急に冷たく感じる。
「……はぁ」
ミナトが椅子に沈み込む。
「今日のはマジで心臓に悪い」
「叫びすぎ」
「お前が煽るからだろ」
言い合いは、どこかぎこちない。
でも、完全な無言よりは、ずっとましだった。
*
夜。
同じ部屋に帰る。
それが、まだ不思議だった。
ユイがリビングで資料を見ていると、ミナトがタオルを手に立ち止まった。
「……なあ」
「うん?」
「風呂、入るけどさ」
一瞬、言葉が詰まる。
「……ドアの外、いてくれない?」
ユイは、ほんの少し目を見開いた。
でも、笑わない。
「うん。いいよ」
バスルームの前に体育座り。
シャワーの音が響く。
「……ユイ?」
「いるよ」
「返事ないと無理」
「ちゃんといる」
「……そっか」
その声は、配信のときよりずっと小さい。
ユイは扉にもたれながら思う。
(どうして、こんなに素直なんだろ)
強いふりをするのに、
弱いところは、こんなにもわかりやすい。
十分ほどして、水音が止まる。
「……ユイ?」
「うん?」
「ありがと」
扉越しの、静かな感謝。
胸の奥が、じわっと温かくなる。
*
それで終わるはずだった。
でも、夜はもう少し続いた。
「……ユイ」
寝る準備をしていたユイの部屋のドアが、こつ、と鳴る。
開けると、ブランケットを抱えたミナトが立っていた。
「なに?」
「……その」
視線が泳ぐ。
「今日だけ。隣、いい?」
ユイの心臓が、ひとつ大きく跳ねた。
「……ホラー、引きずってる?」
「うるさい」
でも否定はしない。
ユイは、ベッドの端をぽん、と叩く。
「おいで」
少し距離をあけて、二人並ぶ。
静かだ。
さっきまでの絶叫が嘘みたいに。
「……ユイ」
「うん?」
「今日の配信さ」
ミナトが天井を見たまま言う。
「俺ら、ちゃんとやれてる?」
“俺ら”。
仕事のときの言い回し。
でも声は、仕事のトーンじゃない。
「……どうして?」
「なんか、最近さ。配信のほうが楽なんだよ」
ユイは息を止める。
「本音、言わなくていいから」
言葉が、静かに刺さる。
「演技なら、間違えないし。
でもリアルは……どこまで踏み込んでいいかわかんねぇ」
ユイは横を向く。
暗がりの中、ミナトの横顔がかすかに見える。
「嫌われたくないし」
ぽつり、と。
「……誰に?」
「……お前に決まってんだろ」
心臓が、うるさい。
ミナトは続ける。
「強いほうがいいんだろ?
クールで、守る側で、頼られるほうが」
「そんなこと……」
言いかけて、止まる。
だって、配信では、そういう役割を求めてきたのは事実だから。
ユイは、そっと手を伸ばす。
暗闇の中で、ミナトの指に触れる。
「私は」
言葉が、震える。
「怖がってるミナトちゃんも、ちゃんと好きだよ」
“好き”という言葉に、空気が変わる。
沈黙。
でも、嫌な沈黙じゃない。
ミナトの指が、ぎゅっと握り返す。
「……ほんと?」
「うん」
「……じゃあさ」
ほんの少しだけ、距離が縮まる。
「今日だけ、強くなくていい?」
ユイは、ゆっくり頷く。
「うん」
そのまま、ミナトが肩に額を寄せる。
配信の演技みたいなドラマはない。
キラキラした台詞もない。
ただ、あたたかい体温と、静かな呼吸。
ユイは目を閉じる。
(これ、営業じゃないよね)
答えは、まだ出せない。
でも。
この距離が、心地いいと思っている自分がいる。
ホラーゲームよりも、
コメント欄よりも、
ずっと怖いのは――
この気持ちのほうかもしれない。
それでも、ユイは手を離さなかった。
暗闇の中で、
二人の呼吸が、ゆっくりと揃っていく。
▶︎つづく




