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第6話 配信中、止まらない本音

「……たかなしさんって、ほんとに甘えるの、下手ですよね」


 その一言で、空気が変わった。


 配信中だった。


 企画は“ちよるが全力でマネージャーを甘やかす30分”。


 予定では、なでなでして、よしよしして、癒しで終わるはずだった。


 はずだったのに。


「……それ、今言う?」


 高梨の声が、少しだけ低くなる。


 画面の向こうでは、ちよるのモデルがきょとんと瞬く。


「え?」


 コメント欄がざわつく。


 《空気変わった?》

 《あれ?》

 《マネさん怒ってる?》


 高梨は続ける。


「配信の空気ってあるでしょ」


「……」


「最近、踏み込みすぎ」


 言ってしまった。


 その瞬間、自分でもわかった。


 言い方がきつい。


 ちよるが、ほんの少しだけ視線を落とす。


「……ごめんなさい」


 声が、小さい。


 コメント欄の流れがゆるやかになる。


 《やばい》

 《ガチっぽい》

 《ちよるちゃん黙った》


 高梨の胸がざわつく。


(違う)


 怒りたかったわけじゃない。


 怖かっただけだ。


 壊れるのが。


「でも」


 ちよるが、顔を上げる。


「わたし、マネージャーさんのこと、ちゃんと好きで」


 高梨の呼吸が止まる。


「がんばりすぎてるの、ずっと見てて」


「……」


「助けたいって思っただけです」


 その声は、ふざけていない。


 配信用の甘さもない。


 ただ、本気。


 高梨は視線を落とす。


(私のほうだ)


 本音を隠しているのは。


 ブレーキを踏み続けているのは。


「……ごめん」


 ぽつりとこぼれる。


 ちよるが驚いた顔をする。


「え?」


「拒絶したかったわけじゃない」


 コメント欄が一気に流れ出す。


 《えええ》

 《マネさん!?》

 《和解くる?》


 高梨は、覚悟を決める。


 配信中だ。


 でも。


 逃げ続けるほうが、ずるい。


「私は、怖いだけ」


「……」


「立場とか、炎上とか、いろいろ考えちゃって」


 ちよるは、静かに聞いている。


「でも」


 高梨は、ゆっくり言う。


「気持ちまで否定したいわけじゃない」


 空気が止まる。


 ちよるの瞳が、わずかに潤む。


「じゃあ」


 一歩、近づく。


「わたし、もう一回言っていいですか」


「……うん」


「好きです」


 真っ直ぐ。


 逃げ道ゼロ。


 高梨の心臓が跳ねる。


 配信中。


 十万人近くが見ている。


 それでも。


「……私も」


 声が震える。


「嫌いじゃない」


 コメント欄、爆発。


 《うわあああ》

 《言った》

 《半分告白!》

 《進展したぞ》


 ちよるが、少しだけ笑う。


「半分ですね」


「全部はまだ無理」


「知ってます」


 その言い方が、優しい。


 次の瞬間。


 ちよるが、そっと高梨に近づく。


 距離が近い。


「ちょ、ちよるちゃん」


「大丈夫です」


 そのまま――


 軽く、触れるだけ。


 頬に。


 ほんの一瞬。


 画面の向こうで悲鳴が上がる。


 《今の!?》

 《え!?》

 《頬!?》

 《マネさん固まった》


 高梨は、真っ赤になる。


 頭が追いつかない。


 心拍数が限界突破。


「……配信中……」


「はい」


「理性が……」


「ちゃんとあります」


 ちよるは、カメラを見て笑う。


「今日はここまでです」


 配信終了ボタンが押される。


 画面がフェードアウト。


 静まり返るスタジオ。


 高梨は、その場でぐらりと揺れる。


「……無理……」


 椅子にもたれかかる。


 スタッフが水を持ってくる。


 ちよるが、隣で少し不安そうにする。


「怒ってますか」


「怒ってない」


 即答。


「びっくりしただけ」


 ちよるが、ほっと息を吐く。


「よかった」


 高梨は、ゆっくりと息を整える。


「ちよるちゃん」


「はい」


「半分じゃなくなる日は」


 一瞬、迷う。


 でも、逃げない。


「……そう遠くないかも」


 ちよるの目が、ぱっと明るくなる。


 その顔を見て。


 高梨は思う。


(もう、胃より心のほうが忙しい)


 配信中にぶつかった本音。


 ブレーキは、まだある。


 でも。


 完全には、踏めなくなっている。


 マネージャー、高梨ひかり。


 ついに、恋のレーンに足を踏み入れた。


 ▶︎つづく

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