第5話 会議室と胃薬と、膝の上の反省会
──翌朝。午前九時。社内会議室。
高梨ひかり(29・胃薬追加処方中)は、白湯ではなくスポーツドリンクを飲んでいた。
机の上には、
・錠剤タイプ
・粉薬タイプ
・予備
の三種セット。
(なんで配信一回で増えるの、私の処方)
モニターには社内資料。
タイトル:
『#たかなしさん 現象について』
嫌な予感しかしない。
「数字、爆伸びです」
企画部が目を輝かせる。
「視聴者の母性+リアル感+朝霞ちよるちゃんの魔性が噛み合ってます!」
「魔性って言わないで」
「“推しマネ”という新ジャンル、いけます!」
「いかなくていい!」
しかしスライドは止まらない。
「次回もたかなしさん出演前提で進めます」
「前提!?」
「ちよるちゃんも乗り気です」
胃が、きゅっと鳴る。
(私は裏方)
(はずだった)
その夜。
「反省会です」
場所:なぜか千代の自宅。
「どうして自宅なの」
「落ち着いて話せるからです」
理屈は正しい。
状況は正しくない。
ソファに座る高梨。
隣に千代。
距離が、近い。
「昨日の告白」
「……はい」
「いきなりすぎる」
「でも本気です」
真顔。
嘘がない。
高梨はため息をつく。
「せめて打ち合わせを」
「サプライズのほうが、本音出ます」
「出す側の心臓の気持ち考えて」
千代が、くすっと笑う。
「マネージャーさん」
「なに」
「今日はちゃんと反省します」
「ほんと?」
「はい」
千代は少しだけ真面目な顔になる。
「配信で踏み込みすぎたなら、ごめんなさい」
高梨は驚く。
(あ、ちゃんと考えてる)
「でも」
千代は続ける。
「本気じゃないことは、言えないです」
またそれだ。
まっすぐすぎる。
「……千代ちゃん」
「はい」
「私はまだ、答え出してない」
「わかってます」
「それでも、ああいう空気は」
「怖いですか?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……怖い」
仕事が壊れるかもしれない。
立場が崩れるかもしれない。
でも、それ以上に。
自分の気持ちが、制御できなくなるのが怖い。
千代は、静かに頷く。
「じゃあ」
少しだけ距離が縮まる。
「今日は、安心させます」
「え?」
次の瞬間。
ぽすん。
高梨の肩に、千代の頭が乗る。
ただ、それだけ。
それだけなのに。
心臓が暴れる。
「な、なにして」
「静かにしてます」
「そういう問題じゃ」
「大丈夫です」
小さな声。
「今日は、何もしません」
“今日は”が気になる。
でも。
そのまま、数秒。
部屋は静かだった。
「……マネージャーさん」
「うん」
「がんばりすぎです」
頭を、そっと撫でられる。
軽く。
優しく。
高梨の目が、少し潤む。
(だめだ)
(癒される)
「ちよるちゃん」
「はい」
「これ以上は」
「はい」
「私の理性がもたない」
千代は顔を上げて、少しだけ笑う。
「じゃあ、今日はここまで」
本当に、ここまで。
距離が戻る。
空気も落ち着く。
帰り際。
玄関で。
「マネージャーさん」
「なに」
「次の配信、出てくれますか?」
即答はできない。
でも。
「……台本ありなら」
千代が、ぱっと明るくなる。
「やった」
その笑顔に。
高梨の胃は、もう痛くない。
代わりに、胸がざわつく。
会議室では数字が伸び。
配信では距離が縮まり。
自宅では理性が試される。
マネージャー、高梨ひかり。
仕事と恋の境界線で、今日も揺れている。
(……胃薬、減らせるかもしれない)
▶︎つづく




