第3話 マネージャー、まさかの表舞台
「──え? 私が、出る?」
高梨ひかり(29・胃薬増量中)は、目の前のモニターを見つめたまま固まっていた。
画面には、新規アバター。
事務服風ジャケット。
やわらかくまとめた髪。
控えめな眼鏡。
胸元には、マネージャーパス風アクセサリー。
名前は――
『たかなしさん』
「待って。聞いてない」
「今、言いました」
隣で千代ちゃんが、にこにこしている。
「私は裏方で」
「今日は表です」
「なんで!?」
きっかけは数時間前。
千代がぽつりと言ったのだ。
「わたし、マネージャーさん推したいです」
「……は?」
「いつも支えてくれるし、隣にいてくれるし」
そして決定打。
「配信で紹介したいです」
スタッフが盛り上がった。
企画が走った。
アバターが急造された。
そして今。
「いや準備期間ゼロ!?」
「サプライズってそういうものです」
「私の心臓にも配慮して!」
配信スタート。
画面が切り替わる。
ちよるの笑顔。
そして、隣にぎこちない“たかなしさん”。
《誰!?》
《新キャラ!?》
《OLかわいい》
《マネージャー!?》
コメント欄、爆速。
高梨はぎこちなく手を振る。
「は、はじめまして……たかなし、です……」
声が裏返る。
《緊張してるw》
《守りたい》
《ちよるちゃんより初心者》
隣で千代がくすっと笑う。
「マネージャーさん、かわいいですね」
「かわいくない!」
「赤いです」
「照明!」
企画は“新人がマネージャーを紹介する回”。
の、はずだった。
「マネージャーさんはですね」
千代が真剣な声になる。
コメント欄が少し落ち着く。
「誰よりも働き者で」
「ちょ」
「誰よりも心配性で」
「ちょっと」
「わたしが落ち込んでるとき、必ず気づいてくれて」
高梨は、言葉を失う。
それ、裏の話だ。
配信向けじゃない。
なのに。
千代は、まっすぐだった。
「……ずっと、隣にいてくれた人です」
コメント欄が静まる。
《あ》
《空気変わった》
《これガチのやつ?》
千代は、小さく息を吸った。
「だから」
高梨を見る。
「わたし、マネージャーさんのこと、好きです」
心停止。
「……は?」
「好きです」
「配信中!」
「はい」
「はいじゃない!」
コメント欄、爆発。
《告白!?》
《マジ!?》
《え、リアル?》
《マネさん固まってる》
高梨の頭が真っ白になる。
仕事。
立場。
年齢差。
社内倫理。
全部が一瞬でぐるぐる回る。
「ちよるちゃん、それは」
言葉が出ない。
千代は少しだけ不安そうに笑った。
「迷惑、でしたか?」
その顔が。
あまりにも本気で。
高梨の胸が、ぎゅっと締め付けられる。
(だめだ)
仕事として否定しなきゃ。
でも。
「……迷惑じゃ、ない」
小さな声。
自分でも驚くほど、小さい。
千代の目が、ぱっと明るくなる。
「ほんとですか?」
「で、でも! 立場とかあるし!」
「はい」
「簡単にはいかないし!」
「はい」
「……でも」
高梨は、ゆっくり言った。
「気持ちは、ちゃんと受け取る」
コメント欄が一斉に流れる。
《あああああ》
《尊い》
《仕事しろwww》
《でも泣ける》
千代は、ふわっと笑った。
「ありがとうございます」
その笑顔が、まぶしい。
配信終了後。
スタジオの照明が落ちる。
高梨は椅子にもたれかかった。
「……寿命縮んだ」
「すみません?」
「いや謝らないで」
千代が少しだけ近づく。
「でも、言えてよかったです」
「……なんで今だったの」
「これ以上、隠してると」
千代は少し考えて。
「マネージャーさん、また胃薬増えそうだったので」
高梨は、笑ってしまった。
「それは増える」
「じゃあ半分、わたしの責任ですね」
その言い方が、やけに大人びている。
高梨は、小さく息を吐いた。
(これはもう)
ただの育成枠じゃない。
ただのタレントでもない。
そして、ただの仕事でもない。
「……千代ちゃん」
「はい」
「少しずつでいいなら」
目を合わせる。
「ちゃんと考える」
千代は、うれしそうに頷いた。
「待てます」
その言葉が、妙に重い。
でも。
逃げたいとは、思わなかった。
マネージャー、高梨ひかり。
ついに表舞台へ。
そして。
恋の気配も、静かに動き出す。
(……胃薬、まとめ買いしよ)
▶︎つづく




