プロローグ 【嗅覚】
よろしくお願いします。
黙々と各地に派遣された調査員からの報告書に目を通して青年は報告書に承認印を押していく。
執務室に響く押印と書類の移動する微かな音。
「…………」
書類の束が減っていくにつれ、彼の表情が徐々に曇っていく……
小一時間の後、報告書の束は最後の1件分となった。青年は震える手でソレを掴むと深呼吸をする。
「……これで最後か……見たくない」
報告書の作成者を見て思わず身震いする青年。
作成者は彼の妹で、職場ではとの2つ名で呼ばれているのだ。
「後はそれだけなんですから頑張って下さい」
言って、青年のデスクにコーヒーカップを置く秘書。カップからコーヒーの強い香りが彼の鼻腔をかすめる。
「それに今回は大丈夫じゃないですか?
興味ひかれていなかったみたいですし……」
「そう……だよな。今回……って」
秘書の言葉に1度表情を明るくするも再び表情をかたくする。錆びた機械の様にゆっくりと秘書に顔を向け、
「その理屈だと……アイツが今受けている任務ヤバクないか?」
十数秒の沈黙の後、秘書の彼女は視線を明後日の方向に反らしてぽつりと言った。
「……お疲れ様です」
「嫌だぁぁぁっ!」
彼の妹が調査している件は、事前調査で調査員の派遣の必要性無しと判断された案件なのだ。その案件に災厄を喚ぶ者と呼ばれている彼女が興味を示し、調査する事にしたのだ。これまでの実績から許された彼の妹だけが持つ特権である。
果たしてどのような報告書が提出される事になるのだろうか?




