思い出は遠い場所から
四、
本当は、何故彼に素直になれないのか気付いている。
気付いて知っているこの感情が、あの時みたいに潰れて行くのが、恐いだけだと言う事も。
彼に優しくされる度に、僕は苦しい。
彼の無邪気な優しさが、僕を苦しめる。
だから、知らないふりをして気付かないふりをして、僕の心を天邪鬼にして居ないと、彼の前には、ぎこちなくとも、居られない。
忘れてしまっていた感情を、呼び起こさないでくれと言わんばかりに、薄情になって行く事でしか情緒を保てない。
高校の時から、そうだった。一生伝えられるはずもない想いに、何度も苦悶した。
彼と疎遠になって、この感情も徐々消えて行くはずだった。だけれど、彼と十年振りに会って、僕の感情は一瞬で熱情に蘇る。その熱情はただただ僕を不安にさせただけであった。
この感情を彼に知られてしまう不安と恐怖。それに、軽蔑する彼の瞳なんて知りたくも無い。
誰かを好きになる事は自由なはずなのに、誰を好きになると、その瞳の奥の感情に敏感になって、知りたくなかった感情を思い知る事になる。
彼が一切の偏見が無いとしても、瞳の奥はやはり嘘は吐けないもの。
特別な想いがあるからこそ、その嘘が恐ろしくて、僕はどうしたって素直になれないでいる。
この感情が無かったら良かったのにと、何度も後悔した。
こんな感情が無ければ、僕達は気の置けない友人になれていたに違いない。
「どうしたら、友人としていられるのか。
どうしたら、馬鹿みたいに共に笑っていられただろうか」
考えても、その答えは見つからずただ無情にも時間だけが過ぎて行く。
この感情を消す事ができるのなら、二度と戻って来れない位思い出は遠くへ行ってしまえば良い。
遠くに行ってしまったのなら、きっと素直になれただろう。
目的もなく歩き続け、気付けば夕方になっていた。2時間位歩いていたらしい。その時間を見ると、急激に疲労感がやって来て、僕は早々に家路に着いた。
「ただいまー」
小声で言うも、家の中は静まり返っている。
彼は買い物に行ったのか家には居らず、誰も居ない空間に、僕の心はフッと力が抜けて行く。
汗と雨でべっとりした身体をシャワーで洗い流すと、縁側に寝転んだ。
疲労からか、僕の瞼は言うことも聞かずゆっくりと落ちて行く。
もうすぐ彼が帰ってくる、、と考えるも閉じて行く瞼は止められ無かった。




