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思い出は遠い場所から

三、


※7月※


 暫くすると、小雨になり次第に雨は止んだ。

 目の前のモヤも、無かったかのように晴れて行き、先程までの大雨の名残りは、道端の大きな幾つもの水溜まりだけになった。

 水溜まりに写る青空が眩しい。それに、夏の蒸し暑さが戻って来て、額から汗が流れ落ちて行った。

 大雨のおかげで、一層蒸し暑さが増したようだ。その上、靴の中まで浸水し、不快感も一層増した。

 今家に帰ると、僕の自己嫌悪が発動しそうで、未だに軒先に留まっていると、ズボンのポケットに入れた携帯が震えた。

『雨凄かったけど、大丈夫か?』

 先月から居候している彼からだった。

 何故、止んでから送ってくるのかと突っ込みたくなったが、僕は何と返して良いのか分からず、大丈夫スタンプだけを送った。

 そのスタンプを見返していると、家に帰らなくとも自己嫌悪は発動した。

 

 僕の十年と彼の十年が余りにも違う事に、あの日から何度も自己嫌悪に陥っている。

 僕には、十年という時間分の彼との距離があるのに、彼にとっての十年はまるで昨日みたいな距離なのだ。

 彼が距離を詰めて来る度に、僕は天邪鬼の如く、詰めて来た距離から離れたくなる。彼を心底嫌いな訳じゃ無いし、居候する彼が嫌と言う訳じゃない。

 今までは一人で暮らしていたのが普通で、急に誰かと暮らす事に戸惑いもあるんだろうけれど、彼は僕の今まで暮らして来たペースを無理に崩す事もしないし、僕を気遣ってくれているのが目に見えて分かるのに、僕は拗ねた子供みたいに彼の前を素直に向けないでいる。

 彼に怒っているのでは無いのに、彼の優しさを分からない程子供じゃないのに、真摯に彼と向きあえない自分が嫌で堪らない。

 本当は十年間の事を話したいし、彼が何故離婚をしたのかも聞きたい。

 本当は、素直に家に居候する事も歓迎したい。

 なのに、彼の事を考えると離れたくて仕方ない気持ちの方が大きくなるのだ。

 十年の間に、何処かに置いて忘れてきた記憶のせいなのだろうか。自分でも、分からない感情に振り回されて、心底疲れて来たのは確かだ。

 手に携帯を持ちながら、ぼうっと立ち尽くしていると、また携帯が震え、僕の心臓もぎゅっと震えた。

『今日晩御飯何が良い?』

 居候の身だからと、炊事洗濯を担う事を買って出た彼は、仕事もあるのに毎食ご飯を作ってくれている。なのに、僕は『何でも良い』という自分でも自分がクソ野郎だと分かる返答をしてしまうのだ。

 しかし、彼は気にせず『じゃあ、今日は俺が食べたいハンバーグな』と返して来るものだから、僕は自己嫌悪にも罪悪感にも苛まれる事になるのだ。

 言えるはずなのに、気にしないで良いよとか、今日は僕が作るよとか、彼に対して気の利いた言葉が出て来ない自分が恥ずかしくて、自分の心が薄情になって行くのをどうしたら良いのかもう分からない。


 僕は、携帯をまたズボンのポケットと入れると、目的もない道を進んだ。

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