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思い出は遠い場所から

 一、

 ぼくが縁側に座って居ると、いつも彼が隣に来ては、寝転びながら僕を見上げて、笑っている。

 僕は、そんな彼を見るのが好きだった。

 休みの日は、遅くまで寝て、雨のに日でも、晴れた日でも僕達は縁側で遅い昼食を食べ、飽きる事も無く何でもない事を話しては、いつの間に昼寝をする。


 そんな時間が、今になって幸福だったのだと知った。

 いつも彼が隣に居てくれていたのは、特別な日々であった事。

 隣に居てくれる、たったそれだけなのに、たったそれだけの事が、如何に難しいものかを今更に思い知る僕を、彼は笑うだろうか。


 縁側に一人座って、空を見上げる。

 青い空に浮かぶ真っ白い夏雲があまりにも眩しくて、僕は、自分が泣いている事に気付いて居なかった。

 ぽつり、ぽつりとズボンの上に落ちて行く音で、自分が泣いているのだと、気付いた。

 すっかり、滲んでしまったズボンを見ていると、虚しさばかりを思ってしまうようで、苦しくなるだけであった。

 これからも当然あると思った日々が、当然ではない事を本当は思い知っていたはずなのに。

 現実逃避ばかりしていた僕を彼は、静かに教えていてくれていたのだと気が付いた。

 僕は、思いっきり声をあげて泣きたい気持ちでいっぱいになったけれど、それが、彼との最後の思い出になってしまうのが恐ろしくて、僕は急いで、着替え、傘を持って家を飛び出た。

 駅まで向かう途中で、彼が呑気に空を見ながら歩いて来ているのが見えると、急に恥ずかしい気持ちが湧き上がって来るのと同時に、それが僕を幸福にしてくれるのだと感じた。


「あれ、どこか行くの?買い物?」

 彼は、僕に気が付くとこれまた呑気そうに笑っている。

「ううん。雨が降りそうだったから、迎えに来た」

「ふ、心配症だなあ。俺、子供じゃないんですけど」

 僕が彼をじっと見つめると、彼はきまり悪そうにしながら、僕が持っていた傘を受け取った。

「知ってるよ」

「ふ、嘘だよ。迎えに来てくれてありがとう。ただ、のぼるに、そんなストレートな言葉を言われるとは思ってなくて、本当は動揺してた。

 登がこっちに走って来るのが見えてたし」

 先程まで呑気に笑っていた仕草が、本当は照れ隠しなんだと思うと胸の奥がきゅっと音が鳴る。

道雄みちお

 僕が、何か言おうとすると彼は振り返って本当に雨雲が徐々にこちらに近付いているのを確認した。

「本当に雨降りそうじゃん」

「うん、知ってる。だから、迎えに来たんだよ」

 彼は、不思議そうな顔を向ける。

「だって、もう、大切な人を失いないたくないから。僕にとって、道雄と一緒に縁側で過ごす日々が、特別だって気付いたんだ。一人で見上げる空は、堪らなく寂しいよ」

 目を見開い彼は、泣きそうな顔をしていた。


 遂には、雨がぽつりぽつりと頭上から落ちて来て、彼の頬に伝う雫は涙なのか、雨粒なのか分からなかった。

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