赤ちやんポスト
〈浴槽に菖蒲くたつて香を殘す 涙次〉
【ⅰ】
悦美が君繪の手足の爪を伐つてあげてゐた。カンテラ「爪、捨てないでね」悦美「?」カン「君繪の夢を覗いてみたい」
爪を粉末化し、神棚に上げたお神酒に溶かして、呑む。赤ん坊の爪だから、穢くはない。
カンテラ、この「修法」に依り、君繪の夢に潜入した。
カンテラは、君繪の實母を一目見て置きたかつた。その為には、君繪のあえかな記憶に頼るしかない。君繪を貰つてきた「赤ちやんポスト」は、子供たちの母を公開してゐなかった。何もかも、プライヴァシー優先の世の中である。
薄つすらと、その女性らしい姿を認める事が出來た。一言するなら、お世辞にも、器量が良い、とは云ひ難かつた。美しい母(悦美)を持つ事は、彼女(君繪)にとつてディレンマとなりはしないか。
【ⅱ】
カンテラがこの世に帰つてきて、まづした事と云ふと、シモーヌ・ド・ボーヴォワール女史の著書、『第二の性』を書棚に探す事だつた。
君繪には、キャリアウーマンの道を歩んで貰ひたい。丁度、木嶋さんと云ふ、良きモデルが身近にゐる。結婚には、幻想を持つて慾しくなかつた。猫の仔のやうに、「赤ちやんポスト」から拾つてきてしまつたけれど、彼女の將來のヴィジョンを全く持つてゐなかつた。カンテラ、自らの不明を愧ぢた。
ざつと、彼女の實母を見て思つた事は、そんなものだつた。これは書きづらい事だが、君繪は醜女に育つだらう。『第二の性』を見付けると、護摩壇に投じ、その煙が、君繪の頭に掛かるやうにした。
これで良し。
【ⅲ】
カンテラ、悦美と連れ立つて、久し振りに「赤ちやんポスト」を訪なふた。妹なり、弟なり、君繪の為に探さうと思つたのだ。
すると、そこに見知つた顔が... * 魔界の乳母、聖、である。いつの間にか、彼女は蘇生してゐた。魔界の仕組み、一體だうなつちやつてゐるのか、カンテラには全く理解出來なかつた。
聖は、カンテラたちの姿を認めると、逃げるやうにその場を立ち去つた。「?」ちよつと聖さん、と聲を掛ける間もなかつた。これは...
彼女がなんらかの惡事に加担してゐる事は、明白だと云へた。
* 当該シリーズ第109話參照。
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〈拾ひ子の母見て思ふ落胆も私勝手な願ひの上よ 平手みき〉
【ⅳ】
明くる日、カンテラはじろさんと、「赤ちやんポスト」に向かつた。聖はやはり來てゐた。彼女の急處をじろさんが突き、ぐつたりしたところを、カンテラ**「拐帯」した。何も誘拐は、【魔】の専賣特許ではない。
事務所で、じろさん聖に活を入れ、彼女の意識は回復した。カンテラ「手荒な事をして濟まない。聖さん、あんた何をしやうとしてる?」もうかうなれば、彼女は「詰んだ」も同然だ。彼女は、正直に語り始めた。
聖、今は「ニュー・タイプ【魔】」の、「養育魔」に仕へてゐる、と云ふ。蘇生させて貰つた恩返し、と彼女は自己規定してゐた。「赤ちやんポスト」で子を拾つてくる事は、「養育魔」に云ひつかつた彼女の、「ワーク」であつた。勿論、「養育魔」は、拾つた子を、【魔】に育て上げやうとしてゐたのである。
**「拐帯」辞書には、人から預かつた金品を持ち逃げする事、とあるが、こゝでは、他人の身柄を「持ち逃げ」する、即ち誘拐、の意でかう記す。
【ⅴ】
カンテラ「なる程。大まかな話は分かつた。惡いやうにはしない。聖さん、その【魔】とは切れて慾しい」聖「はあ...」カンテラ「あんたの身の上は、俺とじろさんとで、守るよ」聖「分かりました。そこ迄仰るのなら」
カンテラ・じろさん、聖の手引きで、「養育魔」に會ふ手筈を整へた。
【ⅵ】
「養育魔」は見たところ、幼児向けテレビ番組の、体操のお兄さんのやうな成り。しかし、その顔は... 何だらう、そうだ、筍だ!
カンテラ「あんたを無碍に斬る積もりはない。たゞ、子らを【魔】に育てる事、已めて貰へないか?」カンテラ、飽くまで初手は、ソフトタッチである。何せ「ニュー・タイプ【魔】」、實力の程が分からない。
だが、「養育魔」、一言「嫌だね。誰が貴様の云ふ事を聞くと思ふ。そんなに甘い魔界ではないわ」
カンテラは、ぢつと我慢してゐた怒りが沸點に達し、彼を斬つた。「しええええええいつ!!」だが、予想は、惡い事に、当たつてしまつた。斬られても、筍のやうに、皮が剥けたゞけで、その中身には、新たなる「養育魔」が-
されど、じろさんの眼が輝いた。「カンさん、脇差しを使ふんだ」「おう!」
カンテラ、脇差しを拔き放つと、その「筍」の芯に、ぐさり。これには、「養育魔」も敵はなかつた。「ぐほつ、ぐほつ、覺えてをれ」彼は消えた。
【ⅶ】
テオがネゴシエイトして、カネは「赤ちやんポスト」の統括團體から、出た。少額ではあつたが...
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〈柏餅年中賣れる老舗かな 涙次〉
因みに聖の身柄は、取り敢へず事務所預かりとなつた事、付け足して置く。ぢやまた。お仕舞ひ。