7話『なんで?』
「ねぇ、お祭りあるらしいから行こうよ!」
日課の探索前、朝比奈の突拍子のない一言で祭りに行くことが決まった。この世界に祭りなんて概念あったのか。2年くらい暮らしてたが知らなかった。毎年やるものではないらしいことに驚きつつ俺の心は昂っていた。
俺は祭りが大好きだ。というか屋台と活気があればなんでもよかった。
だがこれは違うだろう。人は多けれど、屋台が出ていない。焼きそばはどうした?じゃがバターは?見渡す限り、人の山と装飾と音楽だけ。こんな祭り日本から来た俺は満足できない。そもそもこれは祭りなのか?王城の目の前にしか人はいないしやっぱり祭りじゃないんじゃないか?
「朝比奈、これ本当に祭りなの?」
「うん!勇者のお披露目会?的なのらしいよ!」
「じゃあ祭りじゃないだろ!!」
コイツ出身どこだよ!栃木じゃお披露目会はお祭りだったのか?というか、さっきから勇者ってなんだよ!伝説の剣引き抜くイベントとかあったか?
「なぁ、勇者って何?」
「うん?そーいえば、なんだろねぇ?強い人じゃない??」
「ん?あんたらスラム上がりかい?」
「え?あぁ、まぁそんな感じ…です。」
「勇者ってのは異界から呼び寄せた救世主だよ!忌々しい獣族の国とか魔物とかから俺らを守ってくれるんさぁ!」
人混みの中にいた気のいいおじさんが教えてくれる。
獣族の国…思い出すだけで腑が煮え繰り返る。
ここからかなり離れた国には獣族と呼ばれる獣の特徴を体に宿した人々が住んでいる。そして彼らは魔物が誕生する以前より人間と戦っていたらしい。
去年、「建物がある!」と朝比奈と走って行くと獣族にめちゃくちゃ攻撃されたのを俺は一生忘れない。あの時の傷をまだうっすらと肩に残している。あの時はなんとか撃退したが、いつか滅ぼしてやるのだ。
そんなことよりも異界…か。
「ねぇ、アンドウ君。異界って…」
やはり朝比奈も気づいたようで期待と不安が入り混じるような声で聞いてくる。
「わからない、地球からじゃないかもしれないし…」
「そう…だよね」
「あぁ」
俺は帰りたくない。勇者が地球帰還への手がかりであってほしくない。なんて朝比奈には言えなかった。
――
――――
数十分後、鐘があたりに鳴り響き王城の扉が開く。甲冑を纏った騎士達がピリつき始める。
扉の奥からゆっくりと威厳に満ちた男が出てくると民衆がワッと沸き立つ。
「民よ!よく集まった!今日紹介するこの者たちが我らの領土を欲さんとする愚かな虫どもへの蚊遣り火となるだろう!」
威厳に溢れる口髭を蓄えた男は溌剌としている。あれが王なのだろうか。
「さぁ来れ!我らが勇者達よ!」
あたりから音楽が鳴り響き、手拍子と歓声が広がる。
ド派手な演出と共に剣を携えた男と女が王城からゆっくりと出てくる。
「勇者達?2人もい……………は?」
――その顔を見た瞬間、俺は頭のネジが外れたように人を掻き分けて走り出す。何人も弾き飛ばしながら王城に向けて走る。音楽も手拍子も歓声もボヤけ、ただ自分の荒い呼吸音だけが頭の中で痛いくらいに響く。
「止まれ!貴様!」
異変に気づいた騎士が槍を構えるが俺は止まらない。
槍が肩を掠めたようで左腕が言うことを聞かないがそのまま突っ切る。
騎士を1人突破したことで不審者から犯罪者にランクアップしたらしく攻撃が強まる。氷の棘やら剣の雨が降りそそぐが俺は止まらない。
やがて音楽も歓声も止まりあたりは水を打ったような静けさに包まれる。王城の階段を挟んで勇者達と目が合うと膝を振るわせる男の勇者の腕に、隣の女がひしとしがみついた。
いつのまにか俺の腕に刺さっていた剣を引き抜き、男の方に投げつけると、何かぶつかったように剣が弾かれ宙を舞った。
俺はたまらず口を開く。
「おいおいおい!久しぶりだなぁ!!お前らがここでは勇者様ってか?いい御身分だなぁ!大層な魔法も持ってて羨ましぃなぁ!なぁ!なんか言えよ!!」
「……どうやってアンドウの格好をしてる?どこで知った?何が目的だ!」
青ざめた男の勇者が搾り出すように叫ぶ。
俺はメリケンサックを右手に嵌めながら、2人を睨みつける。
「あぁ?!何言ってっかわかんねぇよ!!もういい!また、てめぇらぶち殺して……痛ってぇなぁ!!」
振り返ると甲冑を着た騎士が俺の脇腹に剣を突き刺していた。怒りに任せて騎士の頭を右の拳で打ち抜く。
吹き飛んだ騎士の兜は凹み、仰向けのまま動かない。俺は脇腹の剣を引き抜き寝そべっている騎士に突き立てようとすると男の勇者が飛びかかってくる。
あぁ、避けられない…1発喰らってカウンター…うっ!
何かに襟をグッと掴まれた。
「……アンドウ君っ!!」
次の瞬間には俺の宿屋の前だった。全身の力が抜けその場に倒れ込む。体から止めどなく血が溢れあたりに血溜まりを作るが俺は構わず、堰を切ったように溢れ出す感情のまま叫び散らす。
「うあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!なんで!なんでぇ!!」
右手を握りしめ床に叩きつける。何度も。何度も。何度も。何度も。
血と共に約3年間の記憶が脳内に溢れ出す。
――安堂 ケン 高校2年生、夏