6話 『熱』
あれから2年ほど朝比奈とクエストをし続けていた。
というか少女に作られた魔物の足跡を探していた。やはりミニモンに似た魔物が新たに何体か見つかったくらいで少女につながるものは何も見つからなかった。
そもそも魔物が出たのが20年も前だから、もう少女ではないだろう。朝比奈もそのことには気づいていたが「年齢なんて関係ないよ」
と捜索を続けた。
それ以外には本当に何もなかった。強いて言うなら朝比奈が金級冒険者になったくらいだ。元々実力は足りていた朝比奈に文字を教えると筆記試験を突破し、すぐに金級となった。
銀級でも食いっぱぐれることのない収入だが金級ともなれば凄まじかった。というのも国や貴族から直接依頼が入るのだ。もちろん生半可な難易度ではないが報酬も凄かった。5つも依頼をこなせば屋敷が買えるほどだった。
俺はそんな朝比奈の、改めて朝比奈様のヒモとして生活していたが今日、それも終わりになる。なぜなら銀級への試験に挑戦するからだ。
「別に私が金級だし良くない?今日も探索行こうよ!」
「嫌だ!流石に成人男性としてヒモはもう嫌だ!」
「そんなこと思ってないって!アンドウ君もクエスト手伝ってくれてるじゃん!」
「荷物持ちとしてな!しかも実質、朝比奈が運んでるしさ、生活費くらいは自分で稼ぎたいんだ…」
銀級になれば朝比奈との探索の間にまともなクエストを受けられる。それでこのヒモ生活から抜け出すのだ。さすがに年下に養われるのは心にくるものがある。それにたまに朝比奈から並々ならぬ感情を感じる。
「なんで…?そんなに私から離れたいんだ?ふぅん。」
朝比奈の目から光が消えた。怖い。
「じ、時間だから!また!」
目の座った朝比奈をギルドに置いて修練場へと向かう。
――
――――
修練場へ行くと半裸の赤い短髪の男がいた。
「おう!来たな!じゃあ、試験内容の説明いくぞ!合格条件は相手を気絶させること!ルールは2つ!
1つ、持ち込めるものはお互い武器含めて二つまで!
2つ、殺しの禁止!
……以上だ!バカでもわかるよな?!なぁ?もういいか?いいよな?!」
「ま、待ってください!銀級試験は試験官の魔法を教えてもらえるって聞いたんですが?」
突然の畳み掛けるようなルール説明の流れで試験が始まりそうだったので遮る。
「あぁ?このジャワ様の魔法を知らない?お前本当に銅か?まぁ、いっか。見てろ!」
試験官が詠唱すると手のひらから火球が射出され俺の目の前でビタッと止まり、それは小さい龍の形になり飛び上がる。炎の龍は空中を2、3回旋回したあと試験官の首に巻きついて蝋燭の火のようにフッと消えた。
やはり日本にいた時の感覚で、熱くないのか?と思ってしまうが試験官の火も、俺の光も魔法だ。物理や科学ではない。火は相手を焼き尽くし、光は相手の視界を遮る。だが、魔法を使った本人にとっては熱くないし眩しくもない。
こんな、この世界の当たり前に気づいたのは最近だった。だが気づいたその日を境にゴミと見限った俺の魔法は進化し続けた。
「な?わかったろ?カッケー魔法ってことだ!じゃあもういいな?いいよな?スタートぉ!!」
半ば強引に試験が開始される。
こんなことがあっていいのか?と考える前に火球が飛んでくる。
「うおっ!」
火球を右に飛んで避けるも、やはり追ってくる。
修練場をひたすらに逃げ回ると30秒ほどで消えた。
「おっまえ、マジつまんねぇな〜!逃げるだけかよ!男のくせによぉ〜?」
試験官は大袈裟に手を広げる。
「そういうの、もう古いらしいです…よっ!」
持ち込んだものの一つ、手榴弾を投げつける。手榴弾と言ってもこの世界の店にあったもので、床に叩きつけると衝撃で爆発する簡素なものだった。死にはしないが足くらいは吹っ飛ばす威力だ。
床に叩きつけたそれは爆炎を吐き試験官が見えなくなる。
「危ねぇなぁ!銅級がよくこんなの買えたな!ちょっと面白かったぞ!」
爆炎の炎が割れ奥から、煤汚れた試験官が現れる。
手榴弾は避けられ硬い土の地面を凹ませただけだった。
あの威力ならかすり傷くらいは負わないとおかしいはずだが………?
俺は思考を切り替え次の行動に移る。
身を屈めて床に触れ、修練場の床全面を光らせる。コレで試験官は膝から下が見えないだろう。
「…チッ!無詠唱…?」
眩しさに試験官が目を細めたのを見るや、俺は光の中に隠れるように身をかがめ、駆け出す。メリケンサックをつけた右の拳を振り抜く。…が試験官から飛び出した火の玉と拳がぶつかると爆風が生まれ後ろに飛ばされる。
「おいおいおい!今のも危なかったなぁ〜!でも爆裂瓶に変なガントレット、道具は2つは出たし魔法もそろそろ息切れだろ?どうする銅級?リタイアも賢い選択だぜ?」
「まだ続けます。ヒモは…嫌なので!」
「……チッ!諦めの悪い奴は嫌いだぜ?結局、何も守れねぇからな。悪ィけど、こっからはマジだからリタイアすんなら今のうちだぜ?」
二頭の炎でできた龍が試験官の両肩から立ち登る。
あまりの迫力に呆けていると龍が襲いかかってくる。
俺は大きく左へ飛んで躱し、左の龍の側面を殴る。
さっきのように爆風に乗って試験官に近づ――
「熱っ!!」
「ぎゃっはははは!!マヌケだなぁ銅級!それはドラゴンの形してるだけで火ィなんだぜ?」
なんでだ?
さっきの火の玉は殴れて龍は殴れない?
ならさっきの火の玉は何かの道具?
もしかして火を操るだけの魔法?
なら手榴弾で無傷だったのも道具のおかげ?
……つまり道具は二つ使い切って魔法もわかった?
近接武器は俺のメリケンサックのみ………勝った。
「おいおいおい!諦めねぇならやっちまうぞ!」
試験官からまた一頭、炎の龍が立ち上る。
俺が駆け出すと三頭目の龍が向かってくるが俺は避けない。
龍は俺の左肩を焼き、肉が溶ける匂いがする。声が漏れそうになるが必死に耐えて進む。
一歩、また一歩と身を低くして地を駆け、距離を縮める。未だ足元がよく見えていないであろう試験官から闇雲に放たれる小さい火球と龍に被弾しながらも走り、距離を縮める。
「クソっ…銅級、お前の魔法なんで消えねぇッ?!」
「俺、体力カンストしてるんですよ」
「あぁ?!てめぇ、勇者にでもなったつもりか…ッ!」
『魔法は体力を削って使う』
この大原則により余裕がなくなってきたであろう試験官からトンチキなことを言われるが、無視して右のストレートを打ち込む。やはり防御用の火球は出せないらしく試験官は後ろへ飛び、避ける。だがその位置は――
試験官は大きく体制を崩し背中から倒れ込む。
「クソっ!これ、最初の爆発の…!やばっ…!」
倒れ込んだ試験官に飛びかかり腹に一撃入れる。
――
――――
「…チッ!クソが!」
不機嫌そうに目を細め立ち去る試験官を見て、まだ床を発光させ続けていたことを思い出す。
俺は晴れて銀級になった。ヒモ脱出への大きい一歩を踏み出したのだ。
「おめでとう!!凄かったねぇ〜!」
いつのまにか真後ろにいた朝比奈に背中を叩かれる。
「本当に受かるなんてね!にしてもひっどい怪我!早く治しに行こ?」
――
――――
傷を治し宿屋に戻って眠ろうとしたところ朝比奈に襟を掴まれ酒場へ連行される。
「…永遠の18歳じゃなかったの?しかもこんな昼間から。」
「いーじゃん!この国では18から飲めるの!私が決めた!」
「はぁ…」
にしてもこの世界の酒は不味すぎる。日本にいた頃は酒なんて味わって飲んだことはないし違いもわからないが、このワインもどきが不味すぎることはわかる。
しかし水を飲む気にもならず俺は無感情にブドウとアルコールの混合液を胃に流し込む。
数時間も飲んでいると朝比奈が潰れてしまった。健全な成人男性としてはこの女を、黙っていれば一級品のこの美人を自分の寝室にでも連れて行くべきなのだろうがそんな気は起きなかった。今はただ、初めて落ち着いて酔っているこの時間を楽しみたかった。
これでもっと美味い酒なら――
酒場の扉がギィと音を立てて開き、やつれた男とハゲとチビの3人組の男が入ってきた。もちろん俺はその3人の名前を知っている。こっちにきて間もない頃、精神的に大きな支えとなった騎士団の彼らだ。
「……アンドウ?」
やつれた男が声をかけてくるが目が合わない。俺を置いて行ったことを後ろめたく思ってるのだろう。
「イーシュ!久しぶりだな!」
お互いの気まずさに気づかないふりをして気さくな挨拶をするがイーシュは膝から崩れる。
「アンドウ、ごめん。俺…お前を……!」
「いいんだイーシュ。俺は死ななかった。だからもういいんだ。」
ここで初めて目が合う。イーシュは虚な目に光を戻し大粒の涙を溜める。
「アンドウ…!アンドウ!」
「ダッハハハ!イーシュが泣いてんのなんざ珍しいな!なぁ!チビ!」
「黙って、ろ。ハゲ」
「まぁなんだ、新入り!飲めよ!今日はイーシュが奢るってよ!!」
「ハゲ、は自腹。」
ジェイドとサフィロンが湿っぽい雰囲気を変えていく。少し照れ臭かったのでありがたかった。
――
――――
「……で!刀持った女の子が俺を助けてくれたんだよ!」
4人で飲み始めて1時間も経ってないが朝比奈と飲んでた分もあり流石に酔ってきた。頭がズキンと痛み視界が回り始める。そろそろ帰るか。
「その助けてくれたのがこの子か?」
イーシュが酔い潰れ、置物と化していた朝比奈を指差す。
「知らない人です」
「……いい加減手ぇ出せやぁ!!」
寝ていると思った朝比奈が俺の手首を掴む。俺の掌はみるみると紫色へと変化する。
「待って、朝比奈!取れちゃう!手ぇ取れちゃう!」
「ダッハハハ!据え膳らしいぜ新入り!ここは俺らが出すから連れてってやれ!!」
「食わぬは、男の、恥」
「またな、アンドウ!ありがとう!」
促されるまま俺は、フラフラとした足取りで歩く朝比奈の首根っこを後ろから掴み店から出る。明るかった空はすっかり日が落ちて街には酔っ払いと娼婦がまばらにいるだけだった。
「ほら朝比奈、家はどこ?」
「うーん……」
朝比奈は要領の得ない返事を何回も繰り返す。
ここから朝比奈の屋敷まではそこそこ離れている。朝比奈の魔法なら一瞬だが、こうなっては仕方ない。
「はぁ…そこの宿屋でいいか?」
「うん!」
なぜか元気の感じる返事を受け取ると俺は料金を受付に支払い、部屋のベッドに朝比奈を投棄して足早に部屋を去る。
「……ナンデダ?」
宿屋を出ようとすると朝比奈に首を掴まれていた。俺は掌を後ろへ向けて光らせ、怯んだ隙に外へ逃げだす。
「アンドウ君!!」
「ヒィッ!」
「……明日は9時からね」
「あぁ、わかった」
いつの間にか真後ろにいた朝比奈に返事をして、酔いをゆっくりと冷ましながら一歩ずつと自分の宿屋に戻る。
胸を何かがちくりと刺して仕方がない。
ギルドの銀級以上は定員と貢献度によってランキングが決まってます。
試験官は銀級の最下位が務め、受験者に負ければ銅級へ降格してしまいます。
安堂は基本的に朝比奈としかいないので、そのことを知らないです。