閑話休題『カートゥーンじゃねぇのか』
あの日以降、朝比奈は俺のことを昼夜問わずいじり続けたがその度無視していると1週間もしないうちに静かになった。
この日はいつもより遠くの街へ探索へ来てみた。
途中、横着ついでに朝比奈の魔法について少し調べた。どうやら朝比奈の魔法は目的地を視認する必要があるようで、目を瞑った状態では発動できないし、山の反対側を目的地として魔法を使ってみても発動しなかったことからそう仮説を立てた。だがこの実験はほとんど意味がないこともわかった。なぜなら一度真上に高速移動してから山の反対を視認すれば山越えなど容易だったからだ。
このことに気づき楽しくなってしまった我々は体力のことなど忘れ高速移動を楽しんだ。結果朝比奈は疲労で倒れた。距離にして20kmくらいだろうか。そこで朝比奈の体力は限界を迎えた。朝比奈不在のこの状況では狩りも満足にできないので持ってきた食料やその辺の木の実などでこの日を凌いだ。
この日の夜、普段なら交代で見張りをするのだが今日は俺だけでやることにした。朝比奈が明日も動けないとなると食料や諸々困ってしまうからだ。
数時間も火を見ていると飽きてくる。そして俺は好奇心に駆られ火を大きくする事に決めた。かつて小学生だった俺の目に張り付いて離れなかったキャンプファイヤーを再現する事にした。当然意味などない。周辺から枯れ枝をせっせっと集めて火にくべていく。何とか運んだ俺の身長ほどの朽木に引火させた瞬間、俺のモチベーションが大きく下がる。「思ってたのと違う」と。
よく考えればあんなに大きい丸太を人間の力だけで組み上げるなんて不可能だ。無計画に何かを始めて行き詰まるのは俺の悪い癖だ。あの時だってちゃんと計画して走り込んでたわけじゃ――
森の茂みの奥に気配を感じ思考をそこで中断する。草を踏み分ける音、絡みつくような視線。確実に何かがいる。朝比奈を起こすべきだろうか?いや、まだガス欠だろう。俺は覚悟を決めメリケンサックを嵌めと大声で牽制をかます。
「おい!何かいるのか!俺の魔法は消滅だ!見ただけで消せるぞ!大人しく投降すれば助けてやる!」
思いつく限りの強い魔法を挙げてみたが少しダサい気がしてきて恥ずかしくなる。
「おいおい、おもろいこと、いうなぁ、お兄ちゃん!」
動物そのものの顔に丸い耳、毛深い斑点柄の体。不慣れな言葉を話す二足歩行の獣が茂みからのっそりと姿を現す。
「うわっ、なんだお前……」
どうやら俺のハッタリは見破られたようだった。そして獣特有の鋭い眼光を向けられる。
「本当にそんな魔法なら騎士団長にだってなれるはずやろ?なのにこんなとこに、そんな格好で女といるってことは?なぁ?」
ハイエナのような男が眠っている朝比奈に視線を飛ばしいやらしい笑みを浮かべる。
俺は焦燥感に駆られ拳を構えて飛びかかる。
だが拳を振り下ろした先にハイエナ男はおらず俺の右肩は引き裂かれていた。
「おっそ!やっぱ君、戦える魔法と違うんでしょ?ごめぇんな。ワイそゆのイジメたるの好きなんよ。」
先ほどとは違い”目に追える程度”の速度でハイエナ男が距離を詰めてくる。
それに合わせてローキックを繰り出すも避けられてしまい、今度は左肩を浅く裂かれる。
「あたらんよ!てか男イジめてもつまらんわ!君んことさっさと殺してそこの女の子で遊ばせてもらいます!……あっ!やっぱ見たい?――女の子が喘ぐトコロ!」
俺は怒りに任せて再び飛びかかるがカットが割られたように視界が変わり地面を転がる。気づけば朝比奈に襟を掴まれていた。ハイエナ男は興醒めと言わんばかりにこちらを見ている。
「だめだよ……アンドウ君」
朝比奈は電池が切れたようにパタンと顔を伏せる。
俺は起き上がり朝比奈を仰向けにしてやると少し落ち着いた。そして心臓で火種が燻り始めた。
視線をハイエナ男に向けて口を開く。
「お前、絶対に引き千切ってやる。」
「きっしょぉ!見せつけんなや!」
ハイエナ男は踏み込むと素早く距離を詰めてくる。集中すれば何とか目で追えたが、見て避けるのでは到底間に合わない。思考がかつてないほど高速で巡る。
右肩、左肩。次は多分、頭か腹か脚!三分の一!攻撃は爪!奴の性格的に……ここだ!
「なっ!お前何の魔法をっ!」
俺は腹の前に突き出したメリケンサックでハイエナ男の爪を止め、左手で奴の手首を掴む。
「俺の魔法は予知。お前の不意打ちはもう当たらないけどどうする?」
またハッタリをかます。この状態からでもまともに戦えば勝てない。ならば――俺は一瞬狼狽したハイエナ男の顔面を貫くような光で照らす。
「がっあ゙あ゙あ゙」
手を目に押し当てて苦しむハイエナを力一杯殴りつける。ハイエナ男はそのまま倒れ込むが追撃を加える。動かなくなるまで執拗に何度もメリケンサックを叩きつけた。10発も殴るとピクピクと痙攣し、動かなくなった。
まだ生きているようだったので手足を縛り火の近くに置いておいた。また明日尋問してみよう。
朝比奈を寝床に戻して、俺は朝日が昇るまでハイエナ男を観察していた。
見た目は動物そのものだが二足歩行で服を着ている。おまけに会話可能……こんなのミニモンにいたっけ?
俺は幼少期の薄い記憶を何度も思い返したがこんなミニモンのキャラはいなかったと確信する。そもそも服を着ている時点で作品が違うのだ。
「明日朝比奈に聞いてみるか…」
――
――――
「はっ!アンドウ君!」
日の出とともに騒々しく朝比奈は目を覚ました。
「あぁ、大丈夫。それよりこんなキャラ見たことある?」
俺はハイエナ男を指差して尋ねる。
「え?うーん、アメリカのアニメとか……かな?ごめん、やっぱ見たことないや。」
「ふぅん。なら本人に聞くか。」
俺は焚き火から先端が真っ黒になった枝を一本取り出して寝ているハイエナ男の額に押し当てた。
「がぁっ!!なんやこれ!」
ハイエナ男は縛られている事に気がつき身じろぎするが外せないことを悟ると大人しくなった。
「お前、どこからきた?」
「あぁ?見てわかるやろが!ガルザリオンや!獣人の国の!なぁ、頼むから外してくれや!すまんかった!この通りや!」
命乞いするこの獣が哀れに思えて拘束を外してやる。そもそも造られたわけじゃないなら用はない。
それにしても獣人とかいるのか、そのうち魔王とか出てくるんじゃないのか…?
拘束を外してやると脇目も振らずにハイエナ男が逃げて行った。その態度が気に食わなくて石を投げてみるが当たらなかった。
この後、戻るのも癪なので奥に進もうという朝比奈の提案でハイエナ男のことも忘れて3日ほどズンズンと進んでいき、山を出ると遠くに幾つかの建物が見える。
「ね!アンドウ君!なんか建物あるよ!」
興奮した朝比奈は1人で魔法を使って建物の近くまで移動した。そして俺は思い出す。
確かあのシスター”全人類”が住む王国とか言ってたよな……なら、あれは何だ?明らかに人工物で人が住んでそうな――
「きゃっ!」
朝比奈の叫び声で思考を中断する。
急いで朝比奈を探すが見当たらない……と焦っていると後ろから息切れが聞こえた。振り返れば膝に手をつく朝比奈がいた。相変わらず便利な魔法だ。
「どうしたの?」
「なんか、弓矢が!」
朝比奈の一言でバッと視線を建物へ戻し上の方を凝視すると、そこには弓を構えた何かがいた。丸い、大きい耳をしているが両の足でしっかりと立ち弓を引いている。流石にここまでは届かないのか射ってはこないが弓を構えたままだ。
人間?……あっ!あのハイエナだ!
3日前の獣人を名乗るあの男を思い出すと無性に腹が立ってくる。今すぐにボコボコにしてやりたい。だが相手が何人かもわからない状況で2人で突っ込むのは怖すぎる。ならば――
「朝比奈!まず――――――」
作戦会議が終わると俺は朝比奈の手を取る。すぐにカットを割ったように建物の目の前に移動する。
そして建物の中に向かって石を投げ込むと思いっきり光らせる。石造りの建物の隙間から光が漏れ出し、中から阿鼻叫喚が聞こえると満足し、朝比奈と再び逃げ出した。
「ねぇ!アンドウ君!私、今すっごく楽しい!」
朝比奈は走りながら自然な笑みを浮かべる。
「あぁ、そうだな!」
完全にスッキリしたわけではない。だが今回は朝比奈の笑顔に免じて引いてやる。
いつか必ず滅ぼしてやると心に誓い草木を掻き分け山の中に入っていく。
メモ:獣人の国 ガルザリオン