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天上転下…俺が敗者?!  作者: テールランプ
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2話『フリーターチュートリアル』

目が覚めて窓を見ると太陽が顔を出しているところだった。一晩寝てみると冷静になれた。

よく考えれば単身赴任でほとんど家にいない両親、高2の夏に部活を辞めて以降疎遠になった友人、ましてや恋人なんてもってのほかだ。ろくすっぽ人と関わっていないことに気づいた。いっそのこと日本でのしがらみは全て捨てて、ここで一旗あげるの悪くない。

そんなことを考えていると上の段で寝ていたイーシュが降りてくる。

 

「お、もう起きてんのか。とりあえず点呼行くぞ」

よくわからないままイーシュに着いて行くと宿舎の外へと出る。すでに2人集まっているので挨拶しておく。

 

「安堂です!おはようございます!」


「よろしくな!!新入り!」

大柄で色黒のスキンヘッドが俺の背中をご機嫌にバンバン叩く。痛い。そして俺は新入りではない。


「ぃよろしく、ボク、サフィロン。『封印』の魔法が、使えるんだぁ。」

俺の肩くらいの身長の男が、か細い声で言う。


「へぇ……は?封印?!」

自分とは雲泥の差に思わず声が出る。


「そんな、大したものじゃ、ない。指先を、止められる、程度。」

サフィロンは俺に手を向け唱える。

 

「動…かせない?」

どう頑張っても右手の指が全て曲がらない。すごい、すごいがタメの割にしょぼくないか?と思うが声には出さない。

 

「ね?その、程度、だから……」

サフィロンはなぜか息切れを起こしている。


「それでも俺のより断然いい魔法ですよ。羨ましいです。……というかなんで息切れしてるんですか?」


「なんでって、魔法、体力、使うでしょ?」

 

ステータス表に魔力とかないから疑問だったが体力で…なるほど。せめて発光じゃなく攻撃魔法ならこのカンストした体力も活かせたのか…?クソっ!

 

「アンドウ、の、魔法は、何?」

 

「おぉ、新入り!何ができんだ?!」

 

2人とも興味深々だ。いいだろう、教えてやろう。

「『発光』です。光ります。」

 

「おー…あぁ…そうか。」

ハゲは気まずそうに、チビに関しては目を合わせようとしない。それはそうだろう。不幸自慢とばかりに30点の答案見せた相手が2点だったらこうなってしまうだろう。ここは俺から話題を変えてやろう。

 

「そういえば名前を聞いてませんでした。教えてください!」スキンヘッドに問う。

 

「あ、ああ!俺様はジェイドだ!魔法は『衝撃』軽い衝撃波を当てられる。」


「へぇ、使い勝手良さそうですね。どのくらいの威力なんですか?」

 

「いいぞ、当ててやる。構えろ!」

ジェイドが手のひらを向け何か唱える。

嫌だな。言葉で説明してもらえればよかったのに。

 

「――!!」

構えた腕に突然、衝撃がくる。かなり痛い。だがママチャリとぶつかったくらいの衝撃だ。構えた成人男性なら問題ないくらいの衝撃だった。

 

「どうだった?!新入り!」

 

「はい!なんとか!」

ひどく小規模の固定にママチャリ衝撃波。言っちゃ悪いがどちらかといえばハズレ能力だよな。光るだけよりはマシだろうが。


「じゃあ!新入りのためにも今日はアレ獲りに行かないとな!イーシュ!チビ!装備の準備しろ!」


「チビ、言うな、ハゲ」

そう言うと全員、宿舎横の物置小屋へ向かう。


なんだろう、狩りだろうか?怖いし行きたくないなぁ…


「じゃ、アンドウの装備も決めるか。倉庫行くからついてこいよ」

……!!

途端にモチベーションが上がる。

装備も男の子ならテンションが上がるだろう。

重たい鎧を纏って重戦士もいいがイーシュが似たような格好してた。なら弓を持って遠くから援護するのもいいかもしれない。

そんなワクワクした心は打ち壊された。


「じゃ!どれがいい?アンドウ!」

イーシュが笑顔でいくつかの武器を見せてくるが俺の表情は一気に曇る。なぜなら並べられた武器がヌンチャク、ナイフ、そしてメリケンサックの3種類だった。しょぼすぎる。魔剣とまではいかないがもっとファンタジーな武器がよかった。これじゃ俺だけ他校にカチコミかけるヤンキーじゃないか。というかなんでこの世界にヌンチャクがあるんだよ。それにメリケンサックは…

「もっと剣とか…ないですか?」


「あるけど、素人に長物持たせるのは怖いから…」

至極真っ当な意見に俺は何も言えない。大人しくナイフとメリケンサックを借りることにした。


「ま、アンドウは見学だし気楽に行こうぜ!」

剣を帯びた甲冑姿でイーシュが笑う。

甲冑にロングソード……いいなぁ。


「よし!じゃあ準備できたし行くか!」

イーシュの掛け声と共に宿舎横の森に向けて出発する。


――


――――


1時間ほど歩いただろうか。そこで先頭のイーシュがピタッと止まる。

「…っし!いたぞ!」

1時間ぶりのイーシュの声、視線の先には牛がいた。牛と言っても闘牛っぽく、俺が知っているものより二回りほどデカいが…

 

「おっ、今回のはちょっとデカいな!よかったなチビ!いっぱい食えよ!デカくなれるぞ!」

チビことサフィロンはジェイドの逞しい脹脛を無言で足蹴にする。

 

「じゃあ新入り!よく見てろよ、俺らの魔法でも牛くらいは狩れんだぜ!」

そう言うと斧を背負ったジェイドは詠唱しながら牛の真正面に飛び出し、ママチャリと同程度の衝撃を牛の顔にぶつける。牛が怯んだところでジェイドが声を張りあげる。

「チビィ!!」

 

「うる、さいなっ!」

ジェイドよりワンテンポ遅れて飛び出したサフィロンが牛に掌を向けると途端に牛の動きが鈍くなる。何を「封印」したのだろうか。俺が考える間も無く牛の横に回ったジェイドが大きい斧を首に振り下ろすとズルッと牛の首は落ち、動かなくなる。

 

「すげぇ…」

グロいだとかそんな感想よりも、鮮やかすぎる連携と手際の良さにただ感嘆の声が漏れる。

 

「だろ?サフィロンが瞼を封印して視界を奪い、ジェイドが仕留める。ウチの十八番だよ。」

何もしていないはずのイーシュが得意げに微笑む。

 

「イーシュは…」

じゃあお前は何をするんだ。と俺が言い切る前にイーシュが遮る。

 

「オレの仕事はここから。」

と言うと牛の亡骸に近づき、唱え、指先から熱線を出す。俺に撃ったやつだ、嫌な記憶が蘇る。

熱線はレーザーカッターの如く牛を解体し始め、ものの10分ほどで日本のスーパーでよく見るような肉となった。筋張っててあまり美味しくはなさそうだが。

 

「ほれ!」

肉の塊を渡され後ろを振り返ると2人が火と鉄板を用意し、ニコニコしていた。


「新入り!まず肉は叩いて柔らかくするんだぜ!ところでそれ、いいガントレットだな!」

 

なぜか全員の視線が俺のメリケンサックに集まる。

――


――――

 

調理工程は納得いかなかったがなかなか美味しいステーキだった。こっちに来てから何も食べていないのがさらに味を引き立てる。


食べ終わる頃にイーシュが口を開く

「アンドウは冒険者になるのがいいんじゃないか?騎士団は攻撃魔法必須だしさ、このあとギルドに行こう。俺が連れて行く。」


「あぁ、わかっ…た。」

突然の宣言に戸惑いつつも了承する。

やはり身元不明の野郎なんて置いておきたくないのだろう。会って半日も経ってないが居心地が良かっただけに少し寂しい。


「あっ、勘違いしないでくれよ?別に邪魔なわけじゃないんだ。ただ、俺らは…」

 


「俺様たちは戦争の捨て駒なんだ」

イーシュが言い淀むとジェイドがバッサリと吐き捨てる。


「……!?だったらやめればいいじゃないか!健康で体力もあるなら仕事なんていくらでもあるだろ?!」

正直彼らのことはよく知らないがこの世界に来ての初めての知人だ。あっさりと生きることを諦められると悲しい。


「無理だ。騎士団の給料は他と桁違いだ。そこのチビは母親、俺様は故郷、イーシュは妹、全員に金が必要な理由がある。……仕事がいくらでもあるなんざ二度と言うなよ。」


「…すみません」

怒らせてしまった。生きることの難易度が日本とは大きく違うのだと強く思い知らされる。少しだけ帰りたくなった。


気まずい空気のまま昼食を済ませ、俺はイーシュと王城近くのギルドへ行く。

ギルドの建物内は意外と広く体育館くらいの広さだ。昼だからかあまり人はいないようだ。


「あら、騎士様!本日はどのようなご用向きでしょうか?」

受付カウンターに行くと穏やかな表情の受付嬢がこちらに向かって訊ねてくる。


「彼の冒険者登録がしたい」

イーシュが手続きをしてくれるらしい。この国の常識とかないのでありがたい。


「ではまずステータス測定からですね!銀貨をご用意ください。」

カウンターの下から昨日見たのと全く同じ水晶玉が出てくる。あれ国宝とかじゃないのか。舞い上がってたのが馬鹿みたいじゃないか。


「それは済んでいる。」

イーシュが昨日、神官長に書いてもらったステータス表を受付嬢に手渡すと嬢はまじまじと見つめる。


「…驚きました!登録前にカンスト項目がある人って滅多にいないんですよ!あっ、でも魔法がF…あっ、あっ!ですが物理攻撃はAですし基準は満たしてます!」

昨日とほとんど同じ反応をされる。そんなにダメだろうか魔法F…


「ところで人継魔法の欄ですが、王国の正式な記述方式と違うようですが…?」

受付嬢が訝しげにこちらを見つめる。


「それは神官長の直筆だ。紙は正式なものだろう?雑な人なんだ、勘弁してやってくれ。」


「し、失礼しました!まさかアリステラ様の直筆だとは…!」


「ではこれはお預かりして…こちら!銅級からですね!どうぞ!」

受付嬢に銅板が付いたネックレスを渡される。


「それが冒険者票です!階級識別の他に万が一死んでしまった場合身元の特定に使われます!」

そうか、下手すると死ぬのか。俺。今からでも別の仕事を探すか?


「最初は木板からじゃないのか?」

イーシュが不思議そうにする。


「えぇ!普通はそうなんですがカンスト値がありますし騎士様の推薦ですからね!銅級からになります!」


「別に推薦ってわけじゃ…まぁ、いいか。よかったな!アンドウ!銅級なら討伐クエストも受けられるぞ!」


「え?無理ですけど?」

イーシュが祝ってくれるが嬉しくない。ろくすっぽ戦ったことのないズブの素人が魔物相手に大立ち回りできるわけがない。そこの掲示板にある薬草集めとかやらせてくれ。俺の心はあの牛に折られているんだ。


「今日は何かクエストを受けていかれますか?」


「あ、じゃあ薬そ――

「ゴブリン討伐で」

言い切る前にイーシュに遮られる。表情で不満を訴えてみるも

「大丈夫だって!お前3匹も素手でゴブリン倒してたし俺も着いていくからさ!」

と押し切られる形でクエストを受注してしまう。

やっぱりあれゴブリンだったのか。


「では騎士様に講習もお任せして大丈夫ですか?」


「あぁ!わかった。」

イーシュが高らかに笑う。不安だ。


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