24話『アミグダリン』
扉の前に立つが門の両側に立つ2人の騎士は気づかない。なぜなら直前に透明に成ったからだ。だがここで思い至る。扉を自分で開けてしまえばバレてしまうと。
なんて俺は愚かしいんだ、昔からそうだ。見切り発車で物事を始めて達成一歩手前で詰んでしまう。
この城にここ以外の出入り口がないことを俺はわかっている。故にどうしようか、どうやってバレずに入ろうか。……はぁ。
俺は持てる限りの力を込めて右側の騎士の頭を殴った。兜がひしゃげ、骨に拳がめり込むのを感じるとそのまま左の騎士へと遺体を殴り飛ばした。
驚いた左側の騎士は反射的に顔を背け、両手を頭の前に持ってきた。俺はガラ空きとなった腹を殴りつける。
鎧が鈍い音と共に曲がり、内臓が破裂する感覚を拳で受け止めた。
2人の騎士が重なるように静かになると城の扉を少しだけ開けて滑り込むように侵入した。
城の構造はイーシュから聞いていたので階段を駆け上がり、最奥の王の部屋……の隣の調理室に飛び込む。中には勿論誰もいない。イーシュから聞いていた通りだ。
俺は調理室内の寸胴に目をつけた。蓋を開けると煮込まれたスープの香りが、ふわりと鼻先をくすぐる。肉と野菜の旨味が溶け合い、ほんのりとした甘みと深いコクが混ざり合った湯気が空気に溶け込みながら広がっていく。
俺は食欲を必死に抑え込み、隣のまな板にログハウスから持ち込んだ山盛りのさくらんぼを広げる。
一つずつ種を抉り出し、割っていく。中にはナッツのような白い身が詰まっていたので刻んで寸胴の中に入れていく。93粒全てを鍋に入れ終わると種を剥いださくらんぼの残骸を全て胃袋に詰め、透明になったまま調理室の端に待機した。
数十分ほど待つといかにもコックというような装いの男が1人入ってきた。男はどこからか取り出したステーキを焼き、野菜を盛り、スープを火にかけ数分待つと器によそいはじめた。
そしてそれらをトレーに乗せ調理室を出ていく。俺は後をつけるとやはり王の部屋へと運ばれていった。王はすぐに料理を頬張り始め、10分とたたないうちに平らげた。
調理室に入れ替わり立ち替わり人が出入りしてはスープ、野菜、肉を器に盛り付けどこへなりと持っていった。
そのまま1時間たたないうちに寸胴のスープは城内の人間全てに提供されたようだった。
その様子を眺めて城を出るときには城内は吐瀉物と死体で溢れかえっていた。鼻をツンと刺す不愉快な匂いと我が世の春と飛び回る羽虫に思ったのは「この城には住めないな」だけだった。
全ての目的を達成して……マイナスをゼロに戻して得たのは虚無感だけだった。「復讐は何も生まない。」馬鹿にしていたその一言は案外、言い得て妙だったのもしれない。俺は城の扉を小石のように蹴り飛ばして外へ出た。
そして桐原とイーシュの元へ駆ける。
騎士達は4時間前に出発、2人のところまでは8時間。魔法を何回か使わされたから体力もギリギリ。魔法はもう使えない。こうなるともう。
「間に合わないなぁ…」
友人の死というのはなかなか堪えるものがある。だがもう開き直るしかない。せめて2人の死体が残っていれば墓を立てて墓前には騎士の頭を並べてやろうと思った。いつぶりか、ポケットからメリケンサックを取り出し指を通す。
そして無謀にも駆け出した。山道を走るなんていつぶりだろうか。
――
――――
「さぁて、イーシュ君。何人くらいくるかな?」
「……3部隊ほどですかね」
「300人……か。」
桐原は口の端から酒をこぼしながら考え込む。ものの数分でイーシュに指示を出す。
「イーシュ君、一本道になるようにその辺の木を切り倒してくれないか?2キロ先くらいから頼むよ。」
「あー、わかりました!迎撃なら少しくらいは減らせますもんね!」
イーシュは乾いた笑みとともに森の奥へ走っていった。
「はぁ、最近の若い子は自己犠牲精神旺盛だねぇ。ほんとつまんねぇ。」
桐原は早速奥の手を使った。あの日、安堂君が目標を達成した日にちゃっかり得た戦利品。剣とともに崩れゆく男から掠め盗った魔法。
桐原は一心不乱に作り続けた。視界がぼやけ、意識が混濁としつつも舌を噛み、作り続けた。その数30個。前世で得た知識をもとに作った粗悪品。いつ暴発するとも知らない地雷達の山を前に、桐原はうつ伏せとなった。
「うわぁっ!キリハラさん!!」
イーシュが桐原を揺すると半目を開け、風にかき消されそうな声で囁く。
「ボタンを上にして…5メートル間隔で正方形に敷き詰めてきてくれ…絶対…ボタンには……触るな」
言い切るとパタンと顔を伏せて動かなくなった。イーシュは仰向けにしてやった後、言われた通りにした。
「全く、これが何だってんだよ…」
イーシュは絶望した。道中キリハラに「絶対成功する。」「生きて帰れる。」と説明を受けた作戦がよくわからないものを地面に敷き詰めるだけだったからだ。そして当の本人は気絶してしまった。
どうする?自分にあるのは甲冑と熱線だけ。いや、どうしようもない。敗北必至だ。仕方がない、ここはこの中年を背負って少しでも遠くに逃げよう。陽動は成功したはずだからここで戦う必要もないだろう。
イーシュは桐原を背負い、ヨタヨタときた道を戻っていく。数歩も歩かないうちに呼び止められる。
「国家転覆寸前のアンドウ君で間違いないにぇ?……おーやおやおや!背負っているのは落ちこぼれ勇者のキリハラではないですか?はっはー!皮肉ですねぇ、貴方が守ろうとした青年達に今!追い詰められて、あまつさえそこの少年の足を引っ張っているなんて見ていられませんねぇ!」
いやに身軽な格好をした3人組がせせら嗤う。
斥候隊の奴らだ。昔から嫌な奴らだった。俺らのことを捨て駒と称したのも彼らだったっけ。
いや、そんなことより!今はアンドウの見た目をしているんだった。アンドウがどんな返答をするかまでは自分で考えないと。アンドウが……アンドウが言いそうなこと……
「許してくれ!見逃してくれ!」
アンドウといえば命乞いのイメージが強かった。両膝を地につけ手を後ろで交差させ、頭を前に突き出す。この国の投降のポーズだ。このポーズを取られると気高い騎士団は何もできない。せいぜい拘束するくらいだ。さぁ、近づいてこい。
さっき俺が設置したもの。おそらく罠のようなものだろう。キリハラが眠ってしまった以上コレに賭けるしか……!
「おいおい……まじか。君ぃ、アンドウ君じゃあないんだね?」
いやらしい笑みを歪め、騎士からは焦りのようなものを感じる。
だがそれはこちらも同じだ。なぜバレた?キリハラの魔法は解けていない、俺の体毛は依然黒いままだ。ならなぜ?!……はっ!姿勢!!このポーズだ!このポーズはこの国の文化!アンドウ達は生死の懸かったこの場面でこの姿勢を取らない……!!俺はいつだってそうだ。詰めが甘い。いつも最後の最後でミスを欠かさない。ああ、なんて勤勉なんだ。あの時だって俺が隣町まで薪を買いに行かなければ!ああ、あああ――
騎士たちは同時に詠唱を始める。
当然こちらには近寄ってこない。あと数秒後には全身を刺し貫かれて全部おしまいだ。ごめんなシェラ、お兄ちゃんもう帰れないや。
「賭けに負けちゃったよ、アンドウ。あとは頼ん――」
瞬間、背中に熱を感じる。
「――復活演出ってやつさ」
背後から熱戦が飛び騎士と俺の間を焼き焦がす。
そしてその位置は俺がジライとやらを埋めた場所で――
思考が追いつく前に脳を揺らすほどの爆音と光に抱き込まれた。キーンという甲高い音だけがその場に残り、あたりは焦土と化した。