22話『外道』
「おはよう!安藤君!元気かい?」
元気いっぱいの中年男性の顔が目に入り憂鬱になる。
「……おはようございます」
目を開けるとあのログハウスに戻ってきていたらしい。だが体がうまく動かない。痛みは無いが、正座で痺れた足のように全身の皮がブヨブヨと感じられ不愉快だ。
「アンドウ君!よかった……バカ…」
朝比奈が忙しなくドアを叩きつけ駆け寄ってくると手をキュウっと握られた。鋭い痛みに襲われる。こいつ爪切れよ……
「あぁっ!他の3人は?!」
ピンと弾かれたように思い出す。イーシュ、サフィロン、知らない女。全員どうなった?
「もう一個の家にいてもらってる!8人だとこの家だけじゃ狭いし作ったんだ!」
「……作った?……俺ってどんくらい寝てた?」
「3日くらいかな?でも寝言とか言ってたしそんな心配はしてなかったけどね!」
……3日も。俺は不謹慎にも少しテンションが上がってしまう。疲労困憊で倒れて昏睡状態なんて漫画やアニメでしか見ないからだ。憧れの主人公と同じ状態になれて少しだけ嬉しくなってしまった。まぁ、寝言を言ってたなら昏睡ではないのかもしれないが……
「その3人に会いたいんだけど手伝ってくれない?」
「うん、いいよ!ちょっと待ってね!」
機嫌の良い朝比奈が二つ返事と共に外へ出ていった。
その間辺りを見渡すと机の上に山のように盛られたさくらんぼ、窓際には可愛いぬいぐるみ、動き回る猫。女児の部屋のようだった。改めて反省する、俺は双子ちゃんになんてことをさせたのだ。大剣に変えた人間に人格を付与させ続けるなんてイカれたことを……
後悔に苛まれていると朝比奈がガラガラと台車を押して戻ってきた。
「ごめんね!ユウちゃんもマオちゃんも車椅子のことよく知らないみたいでさ……」
不本意ながら俺は布団から転がるように台車に乗った。尻に伝わる振動で小さい頃ショッピングカートに乗っていたのを思い出す。あの時は確か――
過去に思いを馳せているとあっという間に隣のログハウスに着いた。そして、ガチャリと朝比奈が扉を開けると3人が机を囲んでドーナツを貪っていた。
「アンドウ!」
イーシュがドーナツを片手に駆け寄ってくる。
「……無事でよかった。」
置けよ、ドーナツという言葉を飲み込みつつ必死に一言絞り出した。
「あぁ!これでアンドウに助けられたのは2回目だな!」
「そう…だったけな?なぁ、イーシュ。その子は?」
俺は未だ無心でドーナツを口に放り込む女の子を指差した。
「あぁ、そうだな!紹介するよ。シェラ・ハザート。俺の妹だ!」
空元気気味にイーシュが紹介するも、少女はドーナツを喉に詰まらせていた。
イーシュが危険大きい騎士団で働く理由は妹のためと聞いていたので、てっきり寝たきりの妹だとか病弱な子を想像していたのだが案外活発そうな子じゃないか。
「またそれですか?!だから私は貴方の妹なんかじゃないですから!」
ようやくドーナツを飲み込めたようで、やはり活発に話し出す。『妹じゃない』。これはあれだ。複雑な家庭なんだろう。日本でこのテの作品によくあるセリフだ。まさか実際に聞けるとは思わなかった。
「この通り王に記憶を消されてる。」
イーシュがお手上げだと言わんばかりに片眉を浮かし両手を広げて見せる。俺はこの世界がより嫌いになった。
「あー、そう。なぁ、イーシュ。少し歩かないか?」
――
――――
イーシュが押す台車に揺られながらしばらく話した。
イーシュは家族のこと、妹のこと、城であったこと全てを話した。
イーシュの両親が獣人の強盗から妹を守って死んだこと。妹が塞ぎ込んで食事と排泄だけをするようになってしまったこと。そんな妹が王に記憶を消されたことによって元の明朗快活な妹に戻ったこと。
全てを話した後に訊いてくる。
「なぁ、アンドウ。どうしたら良いかな?王を殺して記憶を取り戻したって妹はまた塞ぎ込んじゃうだろ?かと言ってこのままなのも嫌なんだ。なぁ、どうしたら良いと思う?」
『記憶を無くして元気な妹』VS『記憶はあるが鬱の妹』道徳の教科書のように答えのない問いに俺は無意識に答えを口にしていた。
「記憶を戻して獣族の国を滅ぼそう」
俺が出した答えは『復讐』だった。
かつての俺がそうして正気を保ったように友人の妹もそうするべきだと思った。
復讐と聞くと条件反射のように『復讐は何も生まない』『死者はそんなこと望まない』そんなことを宣う善人様もいるだろう。だが違うのだ。復讐とは何かを得る為の行為ではない。取り返す為のものだ。己の傷つけられた自尊心、思想を元に戻す為の、マイナスを0に戻すためのものだ。そこに善の心や死者の思いを乗せるのは愚かしいことだ。
復讐は己のためあるべきだ。しかしそれを選んだ者は今後、傲慢で強くあることが求められる。そんな崇高で自殺的な生き方を俺は自然と、呼吸するように薦める。
「アンドウ、それは……いや!……あぁ、その通りだ」
イーシュが作った握り拳には静脈が浮かび、鮮血が漏れ出る。あぁ、それで良いのだ。何かに縋るように無様にも貼り付けた笑みはいつだって成長の兆しなのだから。……開き直りともいうらしいが。
「なぁ、イーシュ。王はどうやったら倒せると思う?」
「……わからない。」
イーシュの握り拳が緩み、台車は止まる。
実のところ俺もわからないのだ。だから逃げた、敗走した。今だって血が、臓物が沸るように熱い。何とも不器用なんだ。おそらく幾度となく経験してきたであろう敗北。認識した途端、部屋を這う害虫のように無視できない。
生前はピンとこない言葉だったがどうやら俺は『負けず嫌い』らしい。……生前………か……。走馬灯のように今まで見聞きした光景、知識、感覚が雪崩のように流れる。
「あっ」
俺は奇声にも満たない短い調子の外れた声と共に思いつく。いや、だが、そんなの…道徳的に――――
――関係ないか。もう、2人ぶち殺してる人間に神も学校も倫理観なんて求めないだろう。なぁ?
「イーシュ、王は今月中に死ぬよ。」