20話『ポトリと牡丹』
「お前も気づいてる通り、魔法には優先度がある。俺の魔法はどんなに頑張っても上田には傷一つつけられなかった。つまり、俺の魔法より上田の魔法の方が優先度が高いんだよな。……なぁ?なら上田の魔法が掛かったお前に傷をつけたこの剣はなんなんだろうな?」
「お前…まさかっ!」
切り掛かると今度は剣先が消滅することなく土谷の横腹に大剣が突き刺さる。それと同時に大剣の鍔の装飾が少し欠けた。
「あーあ、今度はお前が魔法を解くんだ。結果は変わらないのにさ。てか、ここが脇腹なんだ。ヤバ。」
「お前、まさか夏葉をその大剣に……!」
「あっはー、よくわかったね。ウミガメのスープ問題とか得意だったんじゃない?でも、わかったところだよな!」
再び大剣を土谷に突き刺す。
だが、今度は不思議な感触が手に伝わり剣先を見ると柄より先は上田の体に戻っていた。右半身の胸から下がないことを見るに、柄の部分は右下半身なのだろう。というか画が最悪だ。気持ち悪いにも程がある。
急いで大剣を引き抜くと元のサイバーチックな大剣の形に戻った。
「まぁ、ネタバラシも済んだところで次はもっと過激に遊ぼうか。この辺……かっ!」
俺は双子ちゃんのいる店に大剣を突っ込むと数秒後引き抜く。
「もう、やめてよ!」「ぴきゅあ!!」
引き抜いた大剣には口が付いており、そこからは二つの声が聞こえる。
「『命を与える魔法』ってちょっと語弊があってさ。どちらかといえば『新しい人格を与える魔法』って感じなんだよね。だから今この大剣には上田と一緒に”新しい人格”が埋め込まれてるんだ。」
「……?」
土谷は状況が読み込めないのか不思議そうな顔をする。
「君らって物理的な攻撃を無効化できるけど精神攻撃はどうかなって話。ほら。」
再び大剣を店に突っ込み、引き抜く。
「ねぇ、何これ!」「ぴぎゃあ!」「うぅ…」
三人の声が大剣から聞こえる。
面白いので土谷が発狂するまで100回ほど続けようと思ったが大剣から8人分の声が聞こえた頃に土谷は土下座の姿勢をとった。
「もう、許しください。」
コンパクトになった土谷を見て、興が醒めたので切り掛かるが、土谷に近づくと再び大剣が”元の形”に戻ってしまった。おそらく自分の周りを”魔法無効”にしているのだろう。本当になんでもありだ。銃を作れるし概念すら歪められる。本当に羨ましい能力だ。しかしお互いに攻撃手段が無くなってしまった。どうしよう?どうしたらこの男を殺せる?使える魔法は……あっ。
どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。ほとほと自分の頭の悪さに呆れてしまう。
『心中』
魔法発動時の当事者間でしか傷つけ合えない。
俺は願った。その願いはやはり吐き気を催すほどだが”土谷を殺す”その一点において叶えるべき願いだった。そして体力の消費と共に俺は――土谷に成った。
「なぁ、これで俺も『心中』に混ぜてくれるか?」
俺はメリケンサックを嵌め大剣を殴りつける。あれほど固かった大剣は絶叫と共にガラスのように脆く砕け散っていく。同じく俺と土谷の身体も脇腹、肩、膝と次々に砕けていく。4発目繰り出そうとすると土谷が飛びかかってきた。
それを待っていた。この場面、お前は何を望む?その魔法に何を宿す?……そんなの決まっている。
お前は利己的だ。
まず、大剣を巻き込むかもしれない魔法は使わない。
お前は負けず嫌いだ。
俺が苦しむ間もなく楽に死ぬような魔法は使わない。
お前は俺だ。
愛を知らない。
ゆえにお前はこの場面で発動するのは上田との繋がりを断つ――――”魔法無効”だろ?
俺はまた願う。こいつを屠る至高の一撃を。
あの時のように圧縮された時間の中で俺だけが自由に動く。全身が悲鳴をあげている。肺が、心臓が冷たい杭を打たれたように痛む。肘が、膝が砕けたようだ。だが俺は止まらない。
そして全く動いていないように見える土谷を観察した。表情は公園の時のように強張り、いつの間に作ったのか鉈が握られている右腕の血管からは殺意が読み取れる。そして目は――俺がいた場所だけを見ていた。
「あぁ、やっぱアイツって男見る目無いよな。」
上田に一瞥くれてやった後、俺は土谷の顔面に人生で一番の力を込め拳を打ち込む。骨がビスケットのように砕け、頬の皮が俺の拳を包んだ感触が一瞬あった後に土谷は吹き飛んだ。コートの外に投げ捨てられたボトルのように地面を何度も跳ねながら街の暗闇へと消えていく。
振り返れば大剣の腹が粉々だった。触れてみるとそこは湿っていた。
「あぁ、お前が泣くんだな。泣きてぇのは俺なのに」
結局俺は何も成せなかった。復讐こそしてみせたが俺も死ぬんじゃ意味がない。走馬灯すら見え始めた。殴りつけた瞬間に変身を解いてみたが俺の頬骨もぐちゃぐちゃだ。思考も覚束ず終わりが近いのがわかる。3人での心中。願わくばもう一度朝比奈に――俺は願ったが優先度。心中の方が優先されるらしい。
『心中』
男女が互いの愛情の変わらないことを示すため、いっしょに自殺すること。情死。「―をとげる」。また、深い関係にある、または同情している者が、いっしょに死ぬこと。
「ごめんな……朝比奈」
ポツリと死に際に漏れた一言と同時に崩壊しかかっている頬と反対の頬にひんやりとした感触。
「朝比奈?」
朝比奈に触れられた途端崩壊が止まる。
止まると同時に修復すら始まる。目だけを動かしてみると足元には双子ちゃんが……
あぁ、なるほど。
「物の形を変える魔法って……こんなことまれ、れきるん……ら…な。」
なら朝比奈は何を……?あっ、なるほど……
朝比奈と会ってからの違和感全てが払拭される。この世界に来てから見た目が変わってない永遠の18歳。永遠の18歳。生前、親の声より聞いたそのジョークはジョークではなかった。”それ”が唯一叶う魔法。
「不老か」
いつから使えるようになったなんて野暮なことは聞かない。俺は粋でいなせな成人男性だから。
全て終わったら城でみんなと暮らそう。壁にかかってた剣でチャンバラをして、好きな法律をつくって、文明を発展させて面白おかしく暮らそう。ただ、今日は疲れた。少しここを離れてゆっくりと眠り……た…………い。
――
――――
目を覚ますとそのままの姿勢で路上にいたが空の色が明るいものに変わっていた。角膜に焼け付くような青に目を細めながら痛む体を起こすと、少し離れたところに片膝を立てて座りながらタバコを加える桐原がいた。
右手にはくしゃくしゃに握られた空箱、目は遠くをみており、タバコは短くなっていない。明らかに疲れている人間の出立ちだった。視界の端には横たわる朝比奈とそれに引っ付いている双子ちゃんが寝息を立てている。
おそらく桐原は一晩中警戒してくれていたのだろう。
感謝を伝えるべく、バキバキに痛む体をゆっくりと起こし桐原に近寄ると俺にも見えてしまった。200人弱の甲冑がガシャガシャとこちらに行進してくる。
もう余力なんて残っていない。
朝比奈も双子ちゃんも桐原ももう動けないだろう。俺はどうだ?決死の覚悟なら、必死の”死守”ならあるいは…
一歩、また一歩と鉛のように重い足を何とか動かす。今度は調子のはずれた鼻歌など歌えず色のない道を進んでいく。
後ろから足音が聞こえる。俺に同調するように彼も灰色の道を進むことにしたのだろう。彼はなんていうか、そう、お人好しだ。振り返ることはできない。振り返ってしまえばそのぶん体力を使ってしまうから。
甲冑集団の目の前まで来たところで足を止める。魔法が飛んできたら走ろうと思っていたのだがこんなところまで来てしまった。攻撃する意思がない…?なら何で?
疲れた脳を回しているとくぐもった声で戦闘の甲冑が叫ぶ。
「明日の早朝、そこの女の首を持って城まで出頭せよ!これは王の勅命である!」
「……はっ!ははははは!あぁ、わかったよ。なるべく前向きに検討しまぁす!」
愚かな申し出にNOを突きつける必要もない。決死の覚悟も無駄になってしまった。あぁ、愚かな文明国家。交渉もできない猿の知恵。1と1、2と2。釣り合って初めて交渉ができることを彼らは知らないのだろう。どうやって文明を築いたのだろう。本当に愚かで笑いが出そうだ。
「なお、出頭しない場合彼の者の仲間を処刑する。」
甲冑は俺の前にゴロンと布に包まれたボーリング玉のようなものを転がす。俺に小人の仲間はいないのだがと布を外し絶句する。
「……ジェイド?」
見覚えのあるスキンヘッド”だけ”が布に包まれていた。
・朝比奈のもう一つの魔法は「不老」で長い虐待生活の中で自然と身につけましたが本人はその存在にぼんやりとしか気づいていません。なんか歳とらないなぁ、魔法かな?くらいです。
・実際には17くらいから老けていません。
・ちなみに安堂に触れても意味は無いです。




