12話『ネーミングセンス』
「おじさんにはちょっとしんどいよ」
洞窟で寝かせた桐原が朝食のトーストを齧りながら文句を垂れる。
昨日はかなり遅くまでお互いの話をした。俺の日本での立場や両親のこと、そんなくだらないことまで桐原はペラペラと話していた。おかげでこの浮浪者のような男は本当に警察であることが確信できた。……信じたくはないが。
「仕方ないでしょ、怪しいおじさんを泊めるわけにもいかないですし」
「僕ァ、お巡りさんだよ?君よりよっぽど人道的だと思うけどねぇ……ははっ、冗談。そんな顔しないでおくれよ。にしてもこのトーストすごいねぇ。」
昨日俺たちが驚いたトーストに桐原も驚く。あとで動く「汎用人型決戦兵器」も見せてやろう。どこかに行ってなければだが…
「さて、目的の確認をしようか。僕ァ、日本に帰りたい。朝比奈ちゃんは王国を潰したい。安堂君は勇者を倒したい。だったね。」
桐原は水から作られた牛乳を一息に飲み干し、続ける。
「で、安堂君。君はどうするんだい?僕と朝比奈ちゃんは戦えるけど君は違う。」
「どうもしないですよ。勇者は俺が殺します」
「吠えるなよ、ランタン君。いや、アンドン君の方がしっくりくるか。」
「あぁ?」
「お兄さん…怖いよ」
怯えたマオをユウが慰めている。
「そーだね!怖かったね!マオちゃん、ユウちゃん!お外行こっか!」
何かを感じ取った朝比奈が双子を外へと避難させる。
「いいお母さんになるねぇ、あの娘。」
「俺は止められても勇者を殺しに行きます。」
「はぁ、君もわからないなぁ。なら聞くけど、君は何であの双子を連れて行かないんだい?」
「は?子供に危ない目に遭わせるわけにいかないでしょ」
「その通りだ。いいかい?安堂君。僕から見れば君だってまだガキなんだぜ?朝比奈ちゃんだって王国まで送ってもらったら適当に撒くさ。」
桐原の双眸が力強く俺を睨む。俺は一昨日もこの目を見たことがある。覚悟が決まった人間の目だ。だが今回は俺だって――
「……どんな生き方したらそんな目ぇできるの?はぁ、いいよ。おじさんに勝てたら連れてってやる。」
朝比奈達に見つからないよう窓から出て5分ほど森へ入っていくと桐原がピタリと止まる。
「この辺でいいかな?ちょっと薄暗いけど。」
「はい、大丈夫です。」
「じゃあルールを決めよう。お互い怪我は無しだ。1回、ただ1回パンチを当てた方の勝ちにしよう。当てていいのはパンチだけだ。いいね?」
「わかりました。」
俺は脳内でずっと考えていた技の準備をしていた。、環境、体調、全て問題ない。成功するはず。
「それじゃあ、よーい、ドン!」
――
――――
「まじか、安堂君。とんでもない隠し玉を持ってたんだねぇ。ずるいよ。」
「えぇ、賭けでしたが」
「賭け…ねぇ。」
勝負は一瞬で決まった。
あのクソ勇者の能力を聞いた時から考えていた『勇者を殺す方法』の副産物。まだ試していない技だったが成功してよかった。かなり環境のおかげではあるが勝ちは勝ちだ。別に連れて行ってもらわなくてもいいがアイツらを殺せる確率が1%でも高ければ俺は何だってする。
「早く戻りましょう、朝比奈にバレちゃう」
「そぉだね。」
不服そうな桐原を連れてログハウスに戻ると、桐原は朝比奈を呼び戻した。
「僕らの目的はほとんど一致している。さて、ここで問題だ。勇者はどうしよっか?倒す方法、思いつく?」
「桐原さんの目的に現勇者を倒す必要はないじゃないですか?現勇者が見つかった今、王国に掛け合って日本に桐原さんを帰せる人を探せばいいだけですよね?」
朝比奈の的確な質問に桐原がしどろもどろになって答える。
「いやー、ね?その、現勇者に会いに行った時に僕、王様に城から追い出されたんだよね。僕が城に住んでた時に色々…その、ヤンチャしてて…だから国ごと乗っ取る方が……いいかなぁ…って。」
「いい歳して何してんだおっさん。」
いい歳して何してんだおっさん。完全に自業自得じゃないか。こんなの日本に帰していいのか?
「ま、まぁ!これで僕の勇者を倒したい理由がわかったろう?ほら!何か案のある人!」
「はぁ…ならこんなのはどうですか?」
俺は呆れつつも丸一日考えた方法を話す。
――
――――
「やっぱり安堂君はイカれてるね。最高だよ。」
桐原が頬杖をついて遠くを眺める。
おっさんと呼ばれたことを根に持っているのだろうか。
「やっぱりってなんですか。せっかく案出したのに」
「いいかい?人が人を殺す理由は2パターンある。1つは殺人を『ゴール』として捉えるパターン。もう1つは君と僕みたいに殺人をゴールへの『手段』として捉えてる人間だ」
「はぁ……?」
「君が何人殺そうが僕にはどうだっていい。だが知人として、知り合ってしまった大人として、幾人もの罪人を見てきた経験を持って助言させてもらうなら、『常に自分が異常者であることを自覚しろ。』……もし、幸せになりたいならね。」
「覚えておきます…」
俺が異常者?とんでもない言い掛かりだ。俺は真っ当な理由を持って殺したのだ。それに殺人がゴールである人間の方が怖くないか?まったく、このおっさんはちゃんと働いていたのだろうか?
「ま、安堂君の案を採用するしかないんだけどね!イカれてるけど勇者殺しの方法は完璧だ。あとは城に侵入する方法だけど……これは考えなくていいや」
「なんでですか?」
「考えても仕方ないし、蛍の侵入を防ぐのに警備を固める馬鹿はいないからネ。まぁ、街を軽く荒らして陽動くらいはしよっか」
「わかりました…」
行燈君なんて不名誉なあだ名から始まり、2度だ。2度俺の魔法をバカにしやがった。あとで引っ叩いてやる。
「じゃあ、出発は明後日から。急だけど僕のコピーのストックがあと1週間くらいで無くなっちゃうから仕方ないね。」
「お姉ちゃん達、どっかいっちゃうの?」
マオが不安そうに入り口から覗いていた。すぐに朝比奈が駆け寄る。
「うん、ちょっとお仕事があってね!でも終わったら一緒に本物のお城に住もっか!」
朝比奈が2人を抱きしめてシャレにならないことを口走る。潰した挙句に乗っ取るのか。怖い。
「うんー!ユウ〜!」
マオは不安な顔から一転し、嬉しそうに姉妹の元へと駆け寄って行った。
「…しばらく出てる間あの子達どうしよっか?」
「あー、じゃあ。コピー朝比奈に任せるか」
「いいね!それ!」
「ちょっと待ってよ安堂君。なんだい?その不穏なのは?」
「桐原さんは知らないか。そっか。」
俺は洞窟の奥に置いておいたユウ達が作った朝比奈を連れてくる。
「僕の寝床の奥にそんなのがいたのかい…?というかそれってクローンじゃ…」
このおじさんの倫理観が気になるところだが留守はこのコピー朝比奈に任せることにした。魔法は使えないが双子ちゃんに向ける慈しみの目を見るに人格は朝比奈なのだろう。多分。
コピー朝比奈は見た目が朝比奈なだけの別の生き物です。ですが狼が人間の赤子を育てるように、恐らく危害は加えないでしょう。