8話『融解』
目を覚ますと全身に激痛が走る。目だけを動かして周りを見ると朝比奈は椅子で眠っており、俺は大袈裟に包帯が巻かれ、血が滲んだベッドの上だった。
「アンドウ君!!起きたんだね!大丈夫?」
「大…丈夫。どれくらい寝てた?」
「わかんない…1時間くらい?ねぇ、アンドウ君。なんであんなことしたの?あの勇者たちは知り合い?」
「…………」
今までのことを話したらこの女は泣くだろうか、怒るだろうか。あるいは嫌悪を抱き俺を罵るだろうか。どうでもいいがなるべく静かなものであることを願う。今は頭に響くから。
「話したくないならいいんだ。何があっても私は味方だから。」
「味方……ねぇ。いいよ。全部話す。」
――
――――
「あっははは!ヤバいね!アンドウ君!」
「え?」
神妙な顔つきで何度も相槌を打つ朝比奈にコレまでのことを話すと予想に反した反応だった。
「……俺は人殺しなんだぞ?」
「うん!そうだね!」
「じゃあ、なんで?!」
「うん、アンドウ君は殺したんだよね。謝られても、復縁しても許せないから殺したんでしょ?ならもう仕方ないよね!私はアンドウ君が死ぬくらいなら誰かを犠牲にしてでも生きて欲しい。」
「お前、おかしいよ…」
「うん、そうかも!でも私はおかしくなるくらいアンドウ君が……大事だから」
俺は子供のように泣いた。みっともなく声をあげて泣いた。まるで産声のように長く、大きく泣いた。
「落ち着いた?」
「あぁ、ごめん」
「ふふっ、いーよ別に。それよりどうしよっか!私たち犯罪者だね!」
「犯罪者らしく逃亡しようか」
「賛成!アンドウ君動け――
バンッ!
「あっ」
部屋のドアが勢いよく開く。扉の向こうの人物に俺は見覚えがある。
「アンドウ……!ここにいたのか!よかった!」
「イーシュ、なんで……」
「時間がない!お前らを国中が探してる!ここの店主が通報したのが俺だから良かったけど俺じゃなかったら詰んでたぞ!」
「お…?あぁ?よかった……な?」
いまいち状況が掴めないでいる俺にイーシュは捲し立てる。
「あー!もう!お前らがいつも行ってる東の森に行け!あそこは俺らの管轄だから通れる!捕まったら極刑だ!早く行け!」
「あぁ、わかった。ありがとう……イーシュ!」
よくわからないがイーシュの目を見るとそれ以上何も聞けなかった。ただ俺を助けたい気持ちが強く伝わってきたので従うことにした。
「あとコレ持ってけ!水と火打石だ!この宿からパクってきた!」
騎士だってのに万引きまでして、コイツかなりやべぇ奴だな。また、会いたいな。
「イーシュ!……ありがとう!またな!」
「アンドウ君!行こっか!」
「あぁ!頼む!」
窓から身を乗り出した朝比奈に襟を掴まれる。
瞬きする間にいつも探索している森にいた。ヒモを脱出した矢先にコレか、ツイてないな。
心の中で呟くが俺の中では多幸感が渦巻いていた。
――
――――
あれから2週間ほど森を彷徨った。
受け取った水は3日ほどで尽き、沢の水を煮沸して飲んだ。食事はその辺の牛などを食べた。
朝比奈に徐々に疲れが疲れが見え始めた頃、洞窟のようなものを見つける。そこには明らかに生活していた様子が見られた。
簀子のようなものの上に、枯れた草が敷かれた布団が3つあり、火を使ったのか燃えカスとなった木の枝があった。そして何よりも日本ではありふれたメモ帳が1つ…。
「ねぇ…アンドウ君」
「あぁ、だけど小さい女の子にしてはサバイバル能力ありすぎじゃないか?」
俺は手帳を手に取り熟読する。内容は日記のようだ、
2020年3月9日
娘の卒園式に向かう途中、通園バスの事故が起きたと連絡を受け向かう途中、車に轢かれたようだ。なのに私は生きている。ここはどこなのだろうか。気がつけば森の中にいた。電波が通じていないようだ。ここはあの世なのだろうか。ユウとマオは無事だろうか。
4月5日?
日数こそ数えていたが日にちまではわからない。3月は31日まであっただろうか?それはそうと山岳部の経験がこんなところで生かされるとは思わなかった。なんとか生きている。森を探索すると人がいたような形跡を見つけた。ここはあの世ではないのかもしれない。あぁ、神様。ユウとマオもここにいるのでしょうか?
4月25日?
国?を見つけた。街灯などを見るに文明が発達していないのだが物や人が浮いたりしている。こんな技術は聞いたことがない。
4月26日
言葉の通じない甲冑を着た男たちに連れられ牢獄に入れられてしまった。やがて修道服をきた女がやってきて私に光を浴びせると言葉がわかるようになった。女は魔法だと言ったが何を言っているのだろうか。
おまけに光る水晶玉によると私の魔法は瞬間移動だと言う。本当に何を言っているんだ?ずっと嘘をつかれている感覚だ。
4月30日
あれから職安のような場所を紹介され4日ほど草むしりをさせられている。草にも種類があるらしく違うものを摘んでいくと怒られるが私は山菜以外は見分けがつかない。にしても植生が違うのもあるだろうがどの草木も見たことがない。本当にここは異界なのかもしれない。同時に王国内でユウとマオを探してみるがやはりいない。もしこの世界にいるのなら、私と同じように森などにいなければいいが…
5月2日
職安もといギルドに行くと皆の落ち着きがなかった。聞けば明日勇者が処刑されるらしい。なぜ処刑されるのかはわからないが、聞けば勇者は異界から召喚された人らしい。もしかしたら私と同じ境遇の人かもしれない。私の魔法とやらを使えばあるいは助けられるかもしれない。
次のページには血で、ガタガタの文字で、ただ1文だけ書いてあった。
【娘たちが幸せでありますように。】
それを見た途端、朝比奈が泣き出し俺ももらい泣きしそうになった。成人男性なので泣きはしないが心にくるものがあった。
ふと洞窟の奥に目を向けるとかなり奥行きがあることに気がつく。他にも何か手掛かりがあるかもしれない。
「朝比奈、ここで待っててくれ」
入り口に朝比奈を置いて俺は奥へと進む。こんな時は俺の魔法も便利だ。ずんずん遠くへ進んでいくと大きな蛇がいた。そう、俺の2倍の大きさはある大蛇がいた。
俺は全速力で入り口まで走った。
「あ、あさ、朝比奈!朝比奈様!蛇が!蛇!」
「え?どうしたの?」
泣き止んだらしい朝比奈はキョトンとしている。後ろを振り返ると大蛇は追ってきてなかった。
「奥に、でかい蛇がいたんだ。」
「あははっ、アンドウ君かわいいー!」
「じゃあ見に来いって!」
俺を小馬鹿にした朝比奈を大蛇の元へ連れていくと絶句し、消えた。魔法で逃げたのだろうか。ほれ見たことか。
「うん、ごめん。思ったより大きかったね。」
いつのまにか真後ろにいた朝比奈が言う。すると大蛇はのたうちまわり血を吹き出しながら3等分に分かれた。
「え?切ったの?」
朝比奈は満足気に長い刀を見せつけてくる。こいつ野蛮すぎないか?
大蛇はすぐに動かなくなりあたりに血の海を作る。その時、俺は光の先に何かを見つける。
「双子の…像?」
座った5、6歳のよく似た女の子の石像が2つ置いてある。そして血溜まりが辺りを侵食し始め、石像が血に濡れると崩壊し始めた。
「ア、アンドウ君…!」
俺が気づくより先に朝比奈が叫ぶ。
崩壊した石像の中から生きた女の子が出てきた。その表情は今にも泣き出しそうだった。
「おねぇさん達、だぁれ?……わぷっ」
双子の片方が俺たちに問いかけると、答える前に朝比奈が双子を抱きしめる。
次第に緊張の糸が切れたように双子達は泣き始め、朝比奈も泣き出す。
感動的な光景を前に俺も泣きそうになるが、すんでのところで堪える。成人男性が人前で泣くことは許されないので嗚咽が漏れそうになるので拍手をして音をかき消す。
泣きじゃくる双子を抱きしめる美人、それらに半泣きで拍手を浴びせる不審者。まるで宗教画のような不思議な光景がしばらく続いた。