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プロローグ
その男は――を知らなかった。
その男は全てにおいて人並み以上の才があったが、頂点を目指すほどの野心は無かった。中の上にいられればそれで良いという人間だった。
ゆえに3年前、17歳の夏。初めて――した。
明確に、圧倒的に、どうしようもないほどの――は男を 侵したが、最期まで――が何かわからなかった。
何かわからないものに男は臓物を焼かれ続けた。
6月8日、21歳を目前に男は昼の閑静な住宅街を歩く。
夏の足音が聞こえてくるこの時期、昼なら止めどなく汗が噴き出る。だが男は暑さから来るそれとは違う汗をかき、多幸感に身を震わせていた。酷く調子の狂った鼻歌を口ずさみながら鉛のように重たい足をできる限り軽快に動かしていた。
そして向かいからトラックが走ってくる。
今となってはなぜ避けなかったのかはわからないが結論から言えばこの選択は――正解だった。