8.ティーパーティー①
「……嫌だわ、行きたくない…」
「あきらめな」
ベッドから起き上がらず、ぶつぶつと呟くリーテアに、ロゼが容赦なく言い放つ。
今日は、昼頃に城でディラン主催のティーパーティーがある。
掲示には、対象は魔女のみだが、参加は自由と書かれていた。だから、リーテアに参加する意志は無かった。
けれど、アシュトンに半ば強制的に参加させられることになってしまったのだ。
「護衛のアシュトンがいなくても、私はニールと仕事ができるのに…」
「仕事中に護衛がつくのは規約なんでしょ?」
「そうよ。俺の首が飛びますので、なんて脅されたら、一緒に行くしかないじゃない…」
リーテアはブランケットを頭から被った。そもそも、護衛の兼任なんて無理があるのだ。
日中アシュトンはリーテアに付きっきりで、一国の王子を放置しているのも気になる。他に護衛はいないのだろうか。
(ディラン殿下って、もしかして強いのかしら?……そんなことよりも、今日をどう乗り切るかよね…)
はあぁ、と大きなため息を吐いてから、リーテアはのそのそと起き上がった。
「ようやくあきらめたの?」
「そうよ。結局逃れられないなら、もう腹を括るわ。腹を括って…できるだけ気配を消すわ、私は」
「……リーテアには無理だと思うけどね。ま、今日は僕もついていくよ。留守番も飽きてきたし」
ロゼは伸びをすると、ストンと床へ着地した。
魔女の仕事には、使い魔の同行は自由だ。基本的に使い魔は魔女と連動した力を持っているため、連れて行く方が効率は良い。
ただ、現在のリーテアの雑用にはロゼの力は全く必要ないため、毎日留守番をしてもらっていた。
さすがに今日はついて来てくれるらしく、とても心強い。
「よし」
自分自身に気合を入れ、リーテアは身支度に取り掛かった。
いつも通り城へ入ったリーテアは、いつもより魔女の姿をあちこちで見かけることに気付いた。
使い魔が側にいるから気付きやすいのだが、もしいなくても一目で魔女だと分かる。
皆が皆、これでもかというほど着飾っていた。
(殿下の婚約者に選ばれるため、っていうのは分かるけど…気合い入れ過ぎじゃない?)
ゴテゴテの装飾のドレス、肌の露出が激しいドレス、奇抜なデザインのドレス…どのドレスを見ても、リーテアの感想は「動きづらそう」だった。
リーテアの今日の服装は、いつものようにワンピースだが、一応気にして余所行きの物を選んだつもりだ。
それに合わせて、長い赤い髪も朝から奮闘してまとめ上げていた。
それでも、リーテアが魔女だと気付いた他の魔女は、クスクスと笑い出す。
「ねえ見て、あの魔女…あんな格好でディラン殿下に会うつもりかしら?」
「まぁいいじゃない。ライバルが減るんだから」
「ふふ、そうね。きっとろくでもない力で、収入がないのね」
ろくでもない力、の部分でリーテアは眉を寄せた。それでも、ぐっと唇を結んで耐える。
肩の上にいるロゼが、それで良しとばかりに尻尾で背中を撫でてくれた。
この国に引っ越して来たとき、もう二度と、面倒事は起こさないと決めたのだ。
指定の時間まで、リーテアはいつも通りに仕事をこなそうと、魔女依頼受付室へと向かう。
その途中で、嫌な人物と遭遇してしまうことになった。
(……げ、眼鏡の側近)
知らん顔で通り過ぎようと思ったリーテアだったが、ライアスと思い切り目が合った。眼鏡の奥がギラリと光った気がする。
あの魔女登録の日に「役立たず」と言われてから、リーテアはライアスと顔を合わせていなかった。
「どうする?とりあえず通り過ぎるときに眼鏡をはたき落としておく?」
「ロゼの姿は今あの人に見えないんだから、私がやったと思われるでしょ」
ロゼの提案は魅力的だったが、これ以上目をつけられたくはない。
(穏便にいくには…そう、笑顔よ。とにかく笑っておきましょう)
リーテアはふわりと作り笑顔を浮かべた。が、これが逆に良くなかったようで、ライアスの眉間のシワが深くなる。
そしてすぐ近くまで来たとき、じろりと睨みつけられた。
「その下手くそな笑顔は、相手によっては逆効果ですよ」
「………へ、へたくそ…?」
「ディラン殿下には見せないでくださいね。見るに堪えないので」
遠ざかっていくその背中を、リーテアは思わず足を止めて見ていた。
せっかく事を荒立てないように笑顔を浮かべていたのに、まさか向こうから突っかかってくるとは。
「……どうする?リーテア。背中引っ掻きに行く?」
「………いいわ…こうなったら、やってやろうじゃない…」
リーテアの瞳にゆらりと炎が灯る。もともとの負けず嫌いな性格に火が付いたようだ。
「完璧に気配を消して、殿下の印象に何も残らずに乗り切ってみせるわ…!」
頑張る方向間違ってるんじゃない?とロゼに指摘されながらも、リーテアはその言葉を丸ごと聞かなかったことにした。
◆◆◆
いつも通りの雑用をしていると、あっという間に時間はやってきた。
「リーテアさま、そろそろ向かいましょう」
壁掛け時計に目を遣ったアシュトンにそう言われ、リーテアは勢いよく席を立った。
ニールとアシュトン、それに他の職員が揃って目を丸くする。
「……リーテアさま、気合いじゅうぶんですね?婚約者候補になること、前向きに受け止めたんですか?」
「え?……ち、違うわよ?逆よ逆、私はパーティー中に存在を消そうと気合いを入れてるの!」
慌てて否定したリーテアの言葉に、ニールはきょとんとしている。何を言っているんだろう、とその目が言っていた。
アシュトンは、何故か残念そうな哀れみの視線をリーテアに向ける。
「それは無理かと思いますけど、頑張ってください」
「えっ、どうして無理なの?」
「ではニールさん、リーテアさまをお借りしますね」
「はーい、二人とも楽しんできてね〜」
「ねぇどうしてなの、アシュトン!?」
リーテアの叫びに対して、アシュトンはにこりと笑みを浮かべてから歩き出す。
その笑みが、なぜだか不吉の前兆のように思えて仕方なかった。
アシュトンに渋々とついていくリーテアだったが、中庭に着くまでに分かったことがいくつかあった。
一つは、アシュトンが城内で人気者だということだ。
「こんにちはアシュトンさま。この前教えていただいたお店、とても良かったです!」
「アシュトン隊長、お疲れ様です!ぜひまた稽古をお願いします!」
「おやアシュトン、元気かな?君が勧めてくれた本はとても面白かったよ」
すれ違う多くの人から、アシュトンは声を掛けられていた。
使用人、衛兵、外部の人間…皆が笑顔でアシュトンに話し掛けたあと、後ろにいるリーテアを見て首を傾げる。
他の魔女と比べたら、リーテアの装いは地味なものだ。一目で魔女だと分かる人間はそういなかった。
その度に、アシュトンは説明してくれる。
「こちら、俺が護衛を担当させてもらっている、《愛の魔女》のリーテアさまです」
リーテアが魔女だと分かると、皆が慌ててぺこぺこと頭を下げ出すまでが一連の流れになっていた。
「初めまして、《愛の魔女》リーテア・リーヴです。愛に関してお困りの際は、ぜひ私まで」
アシュトンに紹介して貰うたび、リーテアは自身の営業を始めるのだが、相手からは今のところ「……?」という返事にならない返事しか返ってこない。
そして肩の上のロゼと、隣りにいるアシュトンが笑いを堪えているのだ。
もう一つ分かったことは、アシュトンが爽やかな容姿や笑顔とは裏腹に、なかなか良い性格をしているということだ。
「……アシュトンあなた、私のことバカにしてるでしょ」
「はは、まさか。そろそろ着きますよ」
笑って誤魔化され、リーテアは不貞腐れたように唇をへの字に曲げる。
納得はいかないが、この護衛との距離は少し縮まったのだとプラスに思うことにした。
中庭に近付くにつれ、多くの魔女、使い魔、そしてそれぞれにつく護衛の姿が目に入る。
この国に登録している魔女の多さを目の前にして、リーテアは驚いていた。
(魔女って、こんなにいたのね。私が魔女依頼受付室で働き始めてから、十人ほどしか見かけなかったけど…三十…もっといるかも)
パーティー会場には、真っ白なテーブルとイスが準備されていた。テーブルの中央を鮮やかな花が彩っている。
側近のライアスが書類を片手に、魔女にどの席に座るか指示を出していた。護衛は少し離れたところに並んで控えるようだ。
「ライアス、リーテアさまの席は?」
アシュトンが話し掛けると、ライアスはちらりとリーテアに視線だけ向けてから、すぐに手元の書類を確認する。
「……あちらの奥のテーブルです」
その指が向けられた先を見たリーテアは、思わず口元が引きつった。
《風の魔女》が片足を組み、それはそれは偉そうに座っていた。あと二人、見たことのない魔女が同じテーブルを囲んでいる。
「ではリーテアさま、頑張ってくださいね」
「……………」
爽やかな笑顔を向けてから去って行くアシュトンの後ろ姿を、リーテアは恨みがましく睨むのだった。