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75.後日談


 大国オーガストでは、今日も魔女たちが忙しなく働いている。



「……あれっ、書類が足りない」


「もぉ、ニールおじさんってば、またぁ?」


「あら、その関連の書類ならあっちの方で見たわよ?」


「本当ですかぁ?さすがエイダさま、おじさんより頼りになりますねっ」


「そうなんです、完璧なんですよねぇ〜エイダさまは」



 部屋の中心で、シェリーの言葉にニールが傷付いたようによろめいた。

 クリフがエイダの素晴らしさを語り始め、エイダは顔を赤くして頭を叩いていた。



「ちょいダリル、《愛の魔女》関連の資料だけ、やたら気合い入れてまとめてないか?」


「……うん、当たり前でしょ。イルゼも同盟メンバーなら、これくらいやらないと。……ねぇ、レジーナさま」


「そうだね、イルゼは愛が足りない」


「そんなことないんですけどぉ!?」



 部屋の片隅では、イルゼがダリルとレジーナに虐められている。

 そしてまた別の場所には、他の職員と笑い合う魔女の姿があった。



 前までは信じられなかった光景が、今では当たり前のように見られるようになった。


 城で働く人間と、魔女。護衛騎士と、魔女。国民と、魔女。

 それぞれと魔女の関係性は、確実に良くなってきている。それは、一人の魔女の功績によるものだった。



「こんにちは、今日も賑やかですね」


「賑やかというか、騒がしいです。扉の外まで声が聞こえてきていますが」



 アシュトンとライアスが、扉を開けて入るなりそう言った。

 扉に掛けられた、【魔女依頼受付及び相談室】という、やたらと長い部屋の名前の看板が揺れる。


 扉の近くにいたブランカとキースが、一枚の大きな紙を一緒に眺めながら、二人に話し掛けた。



「ねぇ、これ見て。城下街の情報紙なんだけど、一面を飾ってるわよ」


「すごいですよね、発想が。体調も万全じゃなかったんですよね?」



 記事の見出しはこうだ。【城下街にて、第一回告白大会開催!】。

 その下には【《愛の魔女》の恩恵を受けようと国民が殺到!】と書かれている。


 覗き込むように記事を見ていたアシュトンが、ライアスと目を合わせて苦笑した。



「いやぁ、本当に殺到だったな。俺も何度下がってください!って叫んだか…」


「それでも集まった全員の話を聞いて、ちゃんと役目を果たしたのは、流石としか言えなかったな」


「だな。そのあと陛下に無理しすぎって叱られて、今無理しないでいつするの!って言い返したのを見て、やっぱりすごい方だなと俺は思った」



 そう話す二人の目は、優しく細められている。その後ろから、グレアムが書類を片手にやって来た。



「ああライアス、ちょうど良かった。この書類を確認してもらいたいんだけど」


「……分かった。俺もちょうど聞きたいことがあったんだ。俺が恋人募集中だと、勝手にあちこちに吹聴してるのは兄さんだよな?」


「え?何のことだろう。アシュトンが恋人募集中だと吹聴してるのは、ジェドさんだって知ってるけど」


「なっ!?……だから最近、やたらと女性に声を掛けられるのか…あとで文句を言ってやる」



 怒りのオーラを発するアシュトンに、グレアムが「今日は遅くなると思うよ」と笑った。



「ヴィクトルさまの護衛で、シャナさまのところへ行っているから」


「……またか?ヴィクトルさま、このままあの村に住みつくんじゃないか?」


「そうだな…でもきっと、あのお二人はそれが幸せだと思う。シャナさまに会う頻度を増やしたくて、ヴィクトルさまは早々と王位を譲ったしな…」



 そう言いながら部屋を見渡したアシュトンが、眉を寄せて首を傾げる。



「……と、いうか。陛下たちはどこだ?ここにいるかと思ったのに」


「……中庭か、屋上か…まさか、あの場所にいるなんてことは…」


「―――伝言があるなら、伝えるよ。今呼ばれてるから」



 声を掛ければ、ライアスが眼鏡の奥の瞳を丸くしていた。



「……こちらにいらしたんですか。では…ゆっくりお過ごしください、と陛下にお伝えください。……ロゼさま」


「君もずいぶんと丸くなったね、ライアス。分かった、伝えとく」



 純白の猫は、突然姿を現し、そしてまた突然姿を消した。






 契約の腕輪によって呼び出されたのは、街外れの洞窟を抜けた先にある、見晴らしの良い丘だった。

 ロゼは変わらない綺麗な景色を一瞥してから、視線を移す。



「……で、城を抜け出して何やってるの?リーテア、ディラン」



 ロゼを抱いているリーテアは、金色の瞳をキラキラと輝かせていた。

 何か問題でもあって呼び出されたのかとロゼは思っていたが、そうではないようだ。



「聞いて!ロゼ!」


「聞いてるよ」


「聞いて!より、見て!だと思うよ、リーテア」



 可笑しそうなディランの声にそう言われ、ロゼはリーテアの後ろを顔を乗り出して見た。

 そこにいたのは、一年前に王位を譲り受け、国王となったディランと、それから―――…。



「―――…ろぜ!」



 ディランをそのまま小さくしたような男児が、よたよたとロゼに向かって歩いて来ていた。

 楽しそうに笑いながら、また「ろぜ!」と声を出す。



「……え?もう歩けるようになったの?」


「そうよ!特訓の成果よ!それに、ちゃんとロゼって言えてるでしょ?すごいのよ、ダレンは」



 リーテアとディランの間に産まれた、第一王子ダレン。

 ディランが即位してすぐ産まれた子は、女児ではなく男児だったのだ。


 これにはリーテアも驚いていたが、「よかった、ロゼとまだ話せるわね」とすぐに笑っていた。

 心構えをしていたロゼも、一気に気が抜けたことを覚えている。


 そして、今もまた。ロゼは少しずつ心構えをしている最中だ。

 リーテアのお腹には、次の新しい命が宿っている。



「……リーテア、体調は平気なの?昨日も無理してたでしょ」


「大丈夫よ。……この子が産まれてくるまでの間に、できるだけ《愛の魔女》として役に立ちたいの」



 まだ膨らんではいないお腹を擦りながら、リーテアは優しい表情でそう言った。

 次の子は絶対に女児が産まれてくると、リーテアには確信めいたものがあるらしい。


 そのせいか、最近はリーテアが必要以上にロゼに構ってくれる。ロゼは口には出さないが、それがとても嬉しかった。



「……あ。そういえばディラン、ライアスから伝言。“ゆっくりお過ごしください”、だって」


「……ああ、抜け出したのがバレたか。それにしても優しいなライアス、さすが俺の側近」


「っていうか、何で抜け出すわけ。妊婦連れ出して」



 じろりとロゼが睨むと、ディランはダレンを抱き上げながら、困ったように笑う。



「ここに来るのは、リーテアの希望なんだよ。愛しい妻の願いは、叶えてやりたいと思うだろ?」



 なぁダレン?とディランが問い掛ければ、ダレンは「ん!」と言って楽しそうに笑っている。

 そんなダレンを見るディランは、父親の顔をするようになったなと思いながら、ロゼはリーテアを見上げた。



「……リーテアが?」


「う、そんな目で見ないでロゼ。……ここは、私とディランの思い出の場所だから…落ち着くの。それに、ダレンにも見せてあげたくなるのよ。オーガスト国の、美しく素晴らしい景色を」



 金色の瞳が、遠くを見た。景色を眺めているのか、その先の未来を見据えているのか、ロゼには分からなかった。


 ディランが隣に立ったことに気付いたリーテアは、その肩にこてんと頭を預ける。

 ダレンが嬉しそうにリーテアの髪で遊び始め、そんなダレンを見る二人の表情は、とても愛情に満ちていた。



(……よかったね、リーテア)



 ロゼは心からそう思った。

 両親からの愛を知らずに育った《愛の魔女》。他人の幸せばかりを願っていたリーテアは、ようやく自身の愛と幸せを掴んだのだ。


 リーテアがぎゅっと腕に力を込め、ロゼに微笑みかける。

 ロゼは微笑み返しながら、その優しい温もりにそっと瞼を伏せた。





◆◆◆


 リーテアの予想通り、第二子は女児だった。


 まだ小さな王女はフェリアと名付けられ、《愛の魔女》の力を受け継いだ。

 その瞬間、リーテアが静かに涙を流したことを、ロゼはこの先ずっと忘れられないだろう。



 そして年月が流れ、ダレンが五歳、フェリアが四歳となったある日のことだった。



「……えっ、じゃあ、お母さまは魔女の力をうしなったから、もうロゼのこと見えないの?」


「そうよ、ダレン。いくらロゼがみんなに姿が見えるようにしても、力を失った魔女にはもう効果がなくなってしまうの」


「ええー…そんなの、ひどい!」



 ダレンはディランの膝の上に座り、柔らかい頬を膨らませている。ディランはダレンの銀髪をサラリと撫でた。



「そうだよな、誰の悪戯なんだろうな…」


「おとうさま、いたずらって、わるいこと?」



 フェリアが大きな金の瞳をパチパチとさせながら、ディランに問い掛ける。

 その問いに答えたのは、可笑しそうに笑うリーテアだった。



「悪いこととは限らないけど…そうね、これはちょっと意地悪な悪戯ね。私はロゼが大好きだけど、もう姿も見えないし、声も聞こえないんだもの」



 悲しげに微笑むリーテアに、ロゼはちくんと胸が痛んだ。同じ気持ちだったため、余計に悲しくなってしまう。

 すると、フェリアは小さな両手をパン、と合わせる。



「わたし、いたずらやっつけるよ!ね、おにいさま!」


「そうだなフェリア、おまえならできる!」


「え?どういうこと?」



 リーテアはきょとんと二人の子どもを見ている。ディランは顎に手を添え、何かを考えているようだ。



「あー…なるほど。試してみる価値はありそうだな」


「ディラン、どういうこと?」


「《愛の魔女》の力を、使うってことだよ」



 そんな都合よく、奇跡のようなことが起きるわけがない。ロゼはそう思ったし、リーテアも同じ気持ちだっただろう。


 けれどフェリアは、手を合わせて力を使い始める。赤い髪が徐々に金へと変わり、暖かい風がふわりとリーテアとロゼを包んだ。

 ―――そして。



「―――ロゼ…?」



 リーテアの瞳が真っ直ぐにロゼに向けられていた。その瞳からポロッと涙が零れ落ちる。

 リーテアは震えながら両手を伸ばした。ロゼは信じられない気持ちのまま、その腕の中に飛び込む。



「リーテア…、リーテア、本当に?僕が見えるの?声が聞こえるの?」


「本当よ、ロゼ…こんな、こんな奇跡が、起こるものなの……?」



 ロゼの瞳からも、涙が零れた。《愛の魔女》の力のおかげで、リーテアへの想いが溢れて止まらない。

 成功したことが分かったのか、得意気にフェリアが笑った。



「ほんとだね、おかあさま。《あいのまじょ》って、とってもすてきなまほうがつかえるのね!」



 リーテアが嬉しそうに「でしょう?」と笑い、立ち上がる。

 ロゼを抱えたまま、ディラン、ダレン、フェリアを一度に抱きしめた。



「……みんな、大好き。愛してるわ」



 この先何年も、何十年も…何百年が過ぎ去っても。《愛の魔女》の周りには、常に愛が溢れるのだろう。


 そう確信したロゼは、幸せな気分で思いきり笑ったのだった。






《完》



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