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65.再会


 ロゼが出て行ってから、すぐに外がざわつきはじめる。

 数人分の足音が扉の外から聞こえ、リーテアはディランたちが走って来たのだと分かった。


 リーテアは立ち上がると、シャナの手を引いて扉まで移動する。



「シャナさま。……扉を、開けてみてください」



 何かを感じ取ったのか、シャナが震える手で扉を開ける。

 そこには、息を切らしたディランが立っていた。



「―――…」



 ディランとシャナは、お互いに固まるようにして見つめ合う。

 最初に動いたのは、シャナだった。



「ディラン……!!」



 叫ぶように名前を呼び、シャナがディランに抱きついた。そのまま子どものようにわんわんと泣き出してしまう。

 ディランはぐっと眉を寄せ、躊躇いがちに両手をシャナの背中にまわした。



「………お久しぶりです、王妃陛下」


「……ふふっ。久しぶりの再会なのに、他人行儀なのね」



 くすくすとシャナが嬉しそうに笑う。ディランも口元を綻ばせ、その様子を見ていたリーテアは胸がいっぱいだった。

 少し後ろにいるライアスとアシュトンも、感慨深そうな顔で抱き合う二人を見ている。



 外のざわつきは、村人たちが突然現れたディランたちに動揺していたからだ。

 「もしかして、ディラン殿下…?」という声が聞こえるので、城下街に出てディランの顔を見たことがある人がいるのかもしれない。



「……シャナさま、ディラン。少し目立つから、中に入れてもらいましょう」


「そうね…。入って、ディラン。それと……ライアス、アシュトン。久しぶりね」



 シャナに名前を呼ばれた二人は、恭しく頭を下げた。村人たちがまたざわつく。



「なんだ…?ナナは一体何者なんだ…?」

「こんな国境にある小さな村に、あんなに麗しい容姿の男性が三人も来るなんて…」

「もう一人の赤い髪の女性も美しいぞ…?」

「ナナもその容姿から只者じゃないと思ってたがなぁ…」



 シャナは村人たちに視線を向けると、安心させるように微笑んだ。



「ごめんなさい、みんな。あとで事情を話すから…少し見守っていてくれるかしら?」



 その優しい微笑みに、村人たちもすぐに微笑み返して頷いている。

 さすが王妃、とリーテアが感心していると、シャナから離れたディランに抱きしめられた。



「……っ、ディラン?」


「ありがとう、リーテア」


「………まだ、私は何もしてないわよ?」



 リーテアは笑いながら、ディランの髪を撫でる。今日のディランは、甘えてくる子どものようだ。

 シャナが口元に手を当て、にやにやと嬉しそうにリーテアとディランを見る。



「あらあら…ディランのこんな光景が見られるなんて思わなかったわ」


「!い、家の前でごめんなさい。ディラン、ほら!中で話しましょ!」



 半ば無理やりディランを引き剥がし、リーテアたちはシャナに続いて家の中へ入った。


 ソファに促され座ったがいいが、離れていた距離はそう簡単に埋まらないのか、シャナとディランは目を合わせずに互いにそわそわしている。

 先ほど抱き合って喜んでいたのが嘘のようだ。



「……ロゼ、ディランたちにはシャナさまが本当に魔女だって伝えてくれた?」


「うん、言ったよ」



 リーテアはこそこそとロゼと話してから、再びディランを見る。

 ずっと嘘を吐かれていたと思っていたのだ。後悔も葛藤も、リーテアが思うよりずっとあるだろう。



(……こんなときこそ、私の出番ね)



 ディランもシャナも、お互いに想い合っていることが、つい先ほどの二人の表情でじゅうぶんすぎるほど分かっていた。

 あとは、ほんの少し誰かに背中を押してもらえばいいだけだ。

 そしてそれは、他の誰でもない、《愛の魔女》であるリーテアの役目だ。


 リーテアは両手のひらを合わせ、指を絡ませる。スッと目を閉じれば、ディランの慌てたような声が聞こえた。



「リーテア、待っ…、」



 部屋の中を眩い光が包む。暖かい風がふわりと流れ、ディランとシャナの背中を撫でた。

 次の瞬間、シャナがボロボロと涙を零す。



「……あ…え?な、なに、これ……」


「………リーテアの…《愛の魔女》の、力です」



 ディランは片手で顔を隠しながら、苦しそうにそう言った。複雑な感情が渦巻いているのだろう。

 髪が金色となったリーテアを、シャナは涙を零しながら目を丸くして見ている。


 そして、ポツリと呟いた。



「《愛の魔女》…なんて素晴らしい力なの…。私の力なんて、遠く及ばないわね…」


「………え?」



 シャナの言葉に反応したのは、ディランだった。



「“私の力”って、まさか…」


「ええ。思い出したわ―――私は《守護の魔女》。……そうよね、シルマ?」



 そう言って、シャナは涙で光る瞳をしっかりと使い魔のシルマへ向けていた。

 シルマは嘴をカチカチと鳴らし、羽を広げて飛びまわる。



「やったぁ!やったぁ!シャナが僕に気付いてくれた!気付いてくれたよ〜!」


「ふふ。ごめんなさいね。私ったら…どうして忘れていたのかしら」


「ちょっと待ってね……えいっ!!」



 シルマの体が光を帯びる。ディラン、ライアス、アシュトンの視線が集中したことから、シルマの姿が見えるようになったことが分かった。



「使い魔……」


「そうだよ、僕はシルマ!それで君は、シャナの子どものディラン!知ってる知ってる!」



 パタパタとシルマがディランの周りを旋回する。ディランはその姿を目で追いながら、急に勢いよく頭を下げた。



「すみませんでした、王妃陛下…!俺は、俺はあなたを疑い、心を追い詰めて…!」


「……いいのよディラン、顔を上げて。無理もないわ、私とヴィクトルが頑なに力を隠したのがいけないの」



 シャナは優しい声でそう言うと、指先にシルマを乗せ、その頭を愛おしそうに撫でた。



「本当に…あのときの自分に言ってあげたいわ。魔女であることを誇りに思っていたのなら、その力を隠さずに、大切なものと一緒に守り通しなさい、って」



 顔を上げたディランに向かって、シャナが笑いかける。とても晴れ晴れとした笑顔だった。



「ディラン。あなたは紛れもなく、私とヴィクトルの大切な息子よ。そして私は、《守護の魔女》なの」


「………俺はっ…、ずっと、その言葉を待っていたんです」


「そうよね。……遅くなって、ごめんなさい」



 シャナは慈しむような眼差しをディランに向ける。ディランはゆっくりと息を吐くと、ふわりと優しく微笑んだ。



「……俺もずっと、謝りたかった。ごめん、それからありがとう……母さま」


「ディラン…!」



 シャナはまたボロボロと涙を零し、嬉しそうに笑う。それから、ディランの隣に座っていたリーテアに向かって頭を下げた。



「リーテアさん、本当にありがとう」


「え!?いえ、私は何も…!」


「いいえ。あなたの力が、私にかかっていた呪いのような力を打ち消してくれたのよ」



 目尻の涙を拭いながら、シャナがそう言った。

 ディランがリーテアの手に指を絡ませ、嬉しそうに笑っている。



「俺からも…ありがとう、リーテア。君が、《愛の魔女》で良かった」


「……ディラン…」



 リーテアはぎゅうっと心臓を誰かに掴まれたかのように苦しくなった。

 本当に嬉しそうなディランの顔を見れたことに、《愛の魔女》として役に立てて良かったと、心からそう思った。



「私…私、今ほど自分が《愛の魔女》で良かったって、ディランとシャナさまのために、魔法を使えて良かったって…思えたことはないわ」



 そう言いながら、リーテアの瞳から自然と涙が零れ落ちる。

 その涙を、繋いでいない方の手でディランが優しく拭ってくれた。



「……リーテアは最初から、誇り高い《愛の魔女》だったよ」


「でも、みんなは私の魔法は役立たずだって…」


「それだよ」



 ディランの指先が、リーテアの唇に触れる。



「リーテアはいつも、魔女の力のことを“魔法”と表現する。それに気付いたとき、俺はリーテアに敵う魔女はいないと…そう思った」


「………っ」



 そんな些細なことに気付いてもらえていると、リーテアは思ってもいなかった。


 魔女の力。それは人々の願いによって生まれ、古より受け継がれてきたという。

 人々を願いを叶える、幸せにするための魔女の力は、リーテアにとって“魔法”のような力なのだ。



(……ああ、どうしよう。私は、“私”という存在をちゃんと見てくれているディランのことが…どうしようもなく、好きなんだわ)



 ずっと、ディランは《愛の魔女》としてしかリーテアを見てくれていないと思っていた。そして、必要とされているのは《愛の魔女》の力なのだと。


 けれど、目の前の濁りのない新緑の瞳は、真っ直ぐにリーテア自身を見つめてくれている。

 そのことに気付いたとき、リーテアの胸の中は“好き”という感情でいっぱいになっていた。



「……ねえ、二人の空気になってるとこ悪いんだけど。話進めないの?」



 ロゼの声が割って入ったことにより、互いに見つめ合っていたリーテアとディランは同時に我に返った。

 シャナがふふっと声に出して笑い出す。



「本当に、素敵な奥さんが見つかって良かったわね、ディラン」


「!?わ、私はまだ婚約者ですっ」


「あらそうなの?……ディラン、逃げられたりしないように気をつけなさいね」


「ご心配なく。逃げたら追いかけますので」



 とても悪魔的な笑みをディランに向けられ、リーテアは引きつった笑顔を返す。

 ずっと壁と一体化して存在感を消していたライアスとアシュトンが、堪えきれないとばかりに揃って噴き出していた。



「ははっ…、ディランお前、婚約者に向かってする表情じゃないだろ。悪魔か?」


「本当にな。リーテアさまも、いつもの二割増ひどい笑顔ですよ」



 リーテアとディランは再度顔を見合わせ、どちらからともなく笑い出す。

 温かい笑いに包まれた部屋で、シャナが「じゃあ、みんな」と言ってぐるりと顔を見渡した。



「……話をしましょう。この国の、未来のために」



 強い意志を宿したその瞳を見て、王妃とあるべき人はシャナのような人なのだと、リーテアは胸を熱くしたのだった。



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