62.答えを探して
「……ふぅん、そういうこと…」
城内に与えられたリーテアの部屋で、ロゼが専用のソファの上で体を丸めながら言った。
つい先ほど知ったディランの過去を、ロゼにも話して聞かせたのだ。
「……その情報だけじゃ、確かに本当に王妃が魔女なのかは分からないね」
「でも…男児が産まれる可能性ってゼロじゃないんでしょ?」
「そうだけど、少なくとも歴代の《愛の魔女》から男児が産まれた記録はないね」
ロゼの言葉に、リーテアはがっくりと肩を落とす。
あんなにもディランのことを想っている王妃が、嘘を吐いていただなんて思えないのだ。
「……それにしても、あの王子が両親の日記を読んで泣くなんてね」
ニヤニヤとしながらロゼが言う。ロゼの中で、未だにディランに対する評価はアシュトンよりも低いらしい。
この間のパーティーのあとでは、「リーテアをちゃんと護るのは最低限のラインでしょ」と言っていた。
「もう、ロゼったらあんまりディランのことからかわないでよ?両陛下の愛に気付いて流れた涙は、とても綺麗だったんだから…」
リーテアはそう言いながら、日記を読んだディランの姿を思い出す。
滑らかな頬を伝う涙は、ディランの銀髪の輝きを反射するように光っていた。
リーテアは初めてディランの涙を見たのだが、ライアスとアシュトンも驚いていたようだった。
リーテアは書庫に閉じ込められた際に、この日記を見つけたことを三人に話した。
ライアスがそれが偶然なのか、誰かの意図によるものなのかを気にしていた。
(王妃さまが亡くなっていると思ってたから、あのとき私は幽霊の仕業なんじゃないかと思ったんだけど…やっぱり違うのね)
とりあえず、日記を全て読む権利がディランにはあるので、リーテアはディランを一人にしてあげようと提案した。
涙に濡れた新緑の瞳は、リーテアに向かって優しく細められていた。
そして部屋に戻ってきたリーテアは、ロゼを呼び出して相談をしていたのだ。
王妃が魔女であることを、どうすれば証明できるのかと。
「自分が魔女であることを忘れるって…そんな病気があるのかしら?」
「聞いたことはないけどね。世の中は不思議なことばかりだから」
ちら、とロゼの視線がリーテアへ向く。リーテアが不思議なものだとでも言いたげな瞳だ。
「……自分が魔女であることを忘れたら、使い魔はどうなるの?」
「契約破棄、という形にはならないと思う。そもそも簡単に破棄できるものじゃないしね…だから、使い魔は今も王妃と契約状態にあるんじゃない?」
「でも、王妃さまには使い魔の姿が見えなくなってるってこと…?じゃあ、私が王妃さまを探して近くにいる使い魔の姿を探せばいいのかしら」
いいことを思いついた、とリーテアは両手をパンと叩く。
けれど、ロゼは「うーん」と唸った。
「その使い魔の性格も分からないし、もしかしたら近くにいないかもしれないよ。僕みたいにふらふら出歩いたりさ」
「……王妃さまに呼び出してもらうこともできないものね…。やっぱり、陛下に直接訊ねるしかないのね」
そう言いながら、リーテアは絶対に教えてくれないだろうと思った。
息子であるディランにも、徹底して教えなかったのだ。たかが婚約者に、すんなり教えてくれるとは思えない。
(そこまでして、護りたかった王妃さまの魔法は…一体何なんだろう)
ソファに深く腰掛けながら、リーテアはじっと考えた。
そのとき、扉がノックされる音が響く。リーテアは反射的に顔を上げ、立ち上がった。
「……はい!アシュトン?」
「いや…俺だ」
扉の外から聞こえてきた声に、リーテアはすぐに駆け寄って扉を開ける。
そこに立っていたディランは、リーテアの顔を見るとホッとしたように微笑んだ。
「リーテア」
優しく名前を呼ばれ、リーテアはきゅうっと胸が苦しくなった。
今のディランに気を張っている様子はなく、表情はとても穏やかに見える。
「……ディラン…入って」
「ああ、ありがとう」
ディランを招き入れ扉を閉めると、突然背後から抱き締められた。
リーテアは驚いて声を上げる。
「ひゃっ!ディ、ディラン…」
「……ありがとう、リーテア」
少し掠れた声と共に、抱き締められた腕にぎゅっと力が込もった。そして、その手に握られた日記に気付く。
「……読んだの?全部」
「……………読んだよ」
ディランはそう答えたあと、深いため息を吐いた。
「……読んだし…二人が俺のことをちゃんと想ってくれてるのは分かった。でも…魔女の力に関しては何も書かれてなかったんだ」
背後にいるディランの表情はリーテアに見えなかったが、きっと悲しそうに微笑んでいると思った。
信じられない気持ちと、信じたい気持ちが混ざり合っているような、そんな感情が声から滲み出ていたのだ。
「そう……。ねぇ、ディラン…」
「ん?」
「……ええと、ちょっと待って」
リーテアはディランに、ある提案をしようと思っていたのだが、その前に気になることができてしまった。
ディランがリーテアの首筋に、唇を寄せ始めたのだ。
「何して…くすぐった……、あっ」
ちゅ、と響いたリップ音と共に、首にキスをされる。リーテアは恥ずかしさから、顔から火が出そうになった。
腰のあたりにまわされた、ディランの腕を剥がそうと躍起になる。
「もう!離れてっ!」
「嫌だよ。こう見えて、俺は今人肌が恋しいんだ」
「どう見えててもムリ、恥ずかしいの!」
「どうして?別に恥ずかしいことじゃ…」
「〜〜〜ロゼが、見てるからっ!!」
リーテアが大声で訴えると、首筋から耳元へ唇を這わせていたディランがピタリと止まった。
先ほどからロゼは、じーっと穴が開くほどリーテアとディランのやり取りを見つめているのだった。
ディランは小さく息を吐くと、するりとリーテアから腕を離す。
「なるほど。使い魔は覗き見の趣味が…」
「本当に失礼な王子だね、君は」
一瞬の眩い光と共に、ロゼがそう言ってディランを睨む。姿と声が分かるようにしたのだ。
「そっちが勝手に始めたんでしょ。あーやだやだ。リーテアが困ってるのに無理やり迫ってさ」
「ロゼ。本当に嫌がってたら、リーテアは俺を蹴飛ばしてでも逃げると思うけど」
「なにそれ?じゃあ、リーテアは喜んでたとでも?首に噛みつかれて?」
「………も、もうやめて二人とも…」
リーテアは会話を聞いていられなくなり、顔を両手で覆った。
今話すべきことは別にあるのに、このままでは変な方向に脱線してしまう。
パタパタと手で顔を扇ぎながら、リーテアは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「ふぅ……、ディラン。私、ディランの話を聞いてからずっと考えてたの」
「……なんとなく予想できるけど…」
ディランはそう言って頭を掻いた。
「陛下に真相を聞くか、王妃陛下に会いに行け、って言うんだろ?」
「すごい、よく分かったわね。でも、陛下はきっと教えてくれないでしょ?真相も、王妃さまの居場所も」
「……だろうな」
少しだけ悲しそうにそう言ったディランに向かって、リーテアは拳を握った。
国王には教えてもらえないかもしれないが、少しだけ可能性のある人物ならいる。
「ディラン、私に任せてほしいの」
「え…なにを?」
「このあと、私が王妃さまの居場所を探りに行ってくるわ。ディランは、私を信じて待っていてほしい」
「………」
新緑の瞳が、じっと向けられた。一度も逸らさずに見つめ返すリーテアに、ディランがフッと笑う。
「……分かった。信じて待ってる」
「ほ、本当に?」
こんなにアッサリ信頼してもらえるとは思わず、リーテアは確認してしまう。
すると、ディランの指先がリーテアの唇にちょん、と触れた。
「リーテアは、俺に嘘を吐かないだろ?」
僅かな懇願の込められた問いに、リーテアは笑って頷く。
「もちろんよ」
安心したように微笑んだディランを、リーテアは護りたいと思った。
傷付き、その傷を庇いながら王子としての役割を務めてきた…愛しい人の、心を。
「……じゃあ、俺は…自分の部屋に戻る。ライアスとアシュトンを待たせてるからな。二人とも、気が気じゃないだろうし」
「ふふ、そうね。私もこのあと、役目を果たしたら報告に向かうわ。……ロゼはどうする?」
「僕はリーテアについてくよ。王子の部屋には入れないし」
ソファから飛び降りたロゼの言葉に、ディランがピクリと反応する。
「……入れない?」
「そうだけど。君の部屋、使い魔除けの結界か何かがあるんじゃないの?誰か魔女に頼んだとか」
「いや、そんな覚えはないけど…」
「陛下が魔女に頼んだとかかしら?」
リーテアは首を傾げながら、このあと会いに行く人物に聞いてみようと考える。
「ロゼがディランの部屋にどうして入れないかは、また改めて解明しましょ」
「そうだな…ライアスとアシュトンにも聞いてみよう」
リーテアはディランと部屋を出ると、「じゃあ、またあとでね!」と言って走り出す。
リーテアの肩の上にいるロゼは、ちらりと後ろを振り返っていた。
「王子が名残惜しそうにこっち見てるけど。もうリーテアに落ちてるんじゃない?」
「……もう、からかわないでロゼ」
「はいはい。……で、どこに向かってるの?」
「それはね―――陛下の側近である、グレアムのところよ」
国王の側近で、ライアスの兄。
国王とディランの関係修復をこっそりと頼んできたグレアムなら、知っていることを教えてくれるのではないかと、リーテアはそう思ったのだ。
リーテアは念の為聞いていたグレアムの部屋がある場所に、足早に向かった。




