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愛の魔女と魔女嫌いの王子  作者: 天瀬 澪


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55.婚約披露パーティー②


 ノルベルトとシンディが立ち去ってからは、挨拶に来る招待客との会話を何事もなく終えることができた。



 ディランがライアスに目配せをし、ライアスの合図でステージ上に楽団が現れる。

 すぐに軽快な音楽が流れ始め、それぞれが男女ペアとなって踊り出した。


 リーテアはディランに手を引かれ、大広間の中央に移動する。

 周囲で踊る人々の視線を感じながらも、リーテアたちも音楽に合わせてダンスを始めた。


 ダンスは酔うから、と言って離れていくロゼの後ろ姿を眺めていると、ディランに話しかけられる。



「……さっきの婚約者、君の知り合い?」


「ううん、全く」



 体が近付く度に、リーテアとディランはこそこそと会話をする。

 さっさと大広間から退場できないのが、主催者の不便なところだった。


 リーテアはディランの足を踏まないかとヒヤヒヤしながら話しているが、ディランはとても余裕そうだ。



「どこかの国の王女…にしては基本がなってなさすぎだったな。とすれば、貴族令嬢かな」


「うーん…そうね、名乗りもしなかったから分からないわね」


「あの王子、ちょっと趣味が悪いな」


「ちょっ…」



 真顔でディランが発言した言葉を聞いて、リーテアは慌てて周囲に視線を巡らせる。

 幸い、リーテアたちと他の招待客たちとは一定の距離があり、声が聞こえてしまう心配はなさそうだ。



「もう、とりあえず挨拶は済んだから、関わることはないでしょ?」


「いや。さっきからずっと見られてるんだよなぁ」



 え、と声を上げながら、リーテアは踊りながらさり気なくノルベルトとシンディの姿を探す。


 すぐに二人の姿は見つかった。離れたところで踊っているのだが、シンディの目はずっとリーテアたちを追っている。

 ノルベルトはそんなシンディと、リーテアたちを交互に見ていた。



(え……なに?すごく怖いんだけど)



 リーテアはシンディのただならぬ雰囲気にゾッとしてしまった。

 その震えが伝わったのか、ディランの眉がピクリと動く。



「……どうする?すぐにこの場から追い出す?」


「そ、そんなことはしたくないわ。でも…このまま何事もなくパーティーが終わる気がしないのは、私だけ?」


「奇遇だな。俺も同じ意見だ」



 ディランがくすりと笑うと、リーテアの視界に映っていた女性たちが頬を染めていた。

 その魅力的な笑顔を間近で見ながら、リーテアも思わず笑ってしまう。



「どうして楽しそうなの?」


「リーテアがこの国に来てから、退屈しないなと思って」


「それは…良いことじゃない気がするけど」



 ティーパーティーや宝探しの騒動のことなどを思い出し、リーテアはそう答えた。


 演奏曲が、ゆったりとしたテンポの曲へ変わる。それに合わせて、周囲のダンスゆったりとしたものになった。

 すると突然、ディランの手が、リーテアの腰をぐっと引き寄せる。



「……“彼女が隣にいない生活には、もう戻れません”。これは、間違いなく本音だから」


「………っ」



 至近距離でじっと見つめられ、リーテアは言葉を失った。

 どこからか「きゃあ!」と楽しそうな悲鳴が聞こえてくる。


 ディランは固まるリーテアの反応に満足そうに笑うと、何事もなかったかのように踊り続けた。



「さて、ダンスが終わったらどうしようか」


「……ディラン、ちょっと一回足を踏ませて」


「え、どうして?」



 とぼけるディランの足を本気で踏んでやろうと、リーテアはわざとステップを間違えた。けれど、ディランはそれを笑顔で躱す。


 不毛な挑戦は成功することがないまま、最後の曲が終わってしまった。

 ダンスの終了と同時に、周囲からワッと歓声が上がる。

 人々の視線が自分たちに向いていることに気付き、リーテアは息を切らしながら首を傾げた。



「………?」


「お疲れ様です。お二人とも、なかなか激しいダンスでしたよ」



 近付いて来たライアスが、グラスをリーテアとディランに手渡してきた。

 綺麗なオレンジ色の飲み物が注がれたグラスを受け取りながら、リーテアは息を整える。



「……は、激しいって?」


「そのままの意味です。スローテンポの部分でも、お二人は周囲の倍速で動いて踊っていましたから、注目の的でしたよ」



 リーテアはディランの足を踏もうとするのに必死で、曲調や周囲の様子は途中から全然気にしていなかった。

 けれどディランは、それを分かった上で上手く躱しながら踊っていたのだろう。



「……ずるい。ねぇライアス、ディランの弱点を教えてくれない?」


「リーテア、それは俺のいないところで訊くべきだと思うけど」



 可笑しそうに笑っているディランは、素早く周囲に探るような視線を向けていた。

 ノルベルトたちの動向を気にしているのだと気付き、リーテアは自分本位の行動を取ってしまったことを反省する。


 グラスの中身をくいっと飲み干しながら、リーテアも周囲に視線を向けた。

 ダンスが終わり、招待客たちはそれぞれ食事と歓談を楽しんでいる。

 他国の王子と話している魔女の姿も見えた。



(……魔女たちにとっては、ディランの婚約者が私に決まってしまった今、このパーティーは新しいお相手を探す絶好の機会よね)



 エイダの元に男性が群がっているのを見つけ、リーテアは自然と笑みが零れた。

 心底鬱陶しそうな顔をしているエイダを、なんとか護ろうと護衛騎士のクリフが頑張っているようだ。



「リーテア」



 名前を呼ばれ視線を戻すと、ディランが少し困ったような顔をしている。



「大国の王子たちが数人集まって話していて、目が合ったから少し顔を出したい」


「分かったわ。私はいない方がいいわよね?隅の方に…」


「いや、アシュトンと一緒に控室に戻ってほしい。さっきから向けられる視線が気になるから」



 やはりまだ、ノルベルトの婚約者であるシンディから見られているようだ。

 気遣ってくれているディランの発言に、リーテアは微笑みを返す。



「大丈夫よ。パーティーの主役が片方抜けるわけにはいかないもの。私も、ちゃんと役目を全うするから」


「……ありがとう、すぐに戻る。アシュトン、頼んだ。ライアス、行くぞ」



 アシュトンとライアスがそれぞれ短く返事をし、ディランは名残惜しそうにリーテアを見てから離れていく。

 入れ替わるようにして、ロゼが小走りでやって来た。



「リーテア、お疲れ。見てるだけで酔いそうなダンスだったけど」


「あはは、ちょっと夢中になっちゃったわ。……アシュトン、少し移動しましょ」


「はい。背後はお任せください」



 ノルベルトとシンディがいる場所から距離を取るように、リーテアは移動する。

 途中ですれ違う招待客には笑顔で応対し、オーガスト国の売り込みも忘れない。



(……どうして、ノルベルト殿下の婚約者が私と話したがるのかしら。例の噂が原因で、私を悪女だと信じて、文句を言おうとしてるとか…?)



 リーテアは移動の途中で、こっそりとロゼに問い掛ける。



「……ロゼ、あの子はどう?ついてきてない?」


「……ついてきてはないけど…。うわ、嘘でしょ」


「え?なに?」


「あの女、王子の集団に割り込んでなんか話してるよ。あ、回収された」




 思わず振り返ったリーテアは、ノルベルトに手を引かれ、なにやら文句を言っている様子のシンディを捉えた。

 ディランを含めた王子たちが、信じられないものを見るような目をシンディに向けている。



(待って、本当に彼女は何が目的なの…?このパーティーを引っ掻き回すこと?そんなことしたら、婚約者のノルベルト殿下の評価が下がるじゃない…)



 ノルベルトに同情してしまいながら、リーテアは足を進め、目的の場所に辿り着いた。

 そこにいたのは、優雅にグラスを傾けるエイダだ。



「あら、リーテア。主役がこんな端っこにいていいの?」


「うん、ちょっと面倒くさいことになりそうで…」



 エイダは眉をひそめ、空になったグラスを近くのテーブルに置く。

 すると、クリフがサッと違うグラスと交換した。護衛騎士というより従者のようだ。



「もしかして、いろんな男にぶつかりながら、こっちに向かってくるアレのことかしら?」


「え、」



 エイダのキラキラと輝く爪が示す先に、シンディの姿があった。

 あっちこっちによろけては、男性にもたれかかっている。周囲の女性がシンディに向けている視線は鷹のように鋭い。


 アシュトンがリーテアの姿を隠すように前に出た。



「……リーテアさま、どうしますか?」


「そうね…なんだかどこへ逃げても無駄な気がするわ」



 リーテアは思わず、げんなりとした表情になってしまう。エイダも同じような目付きでシンディを見ていた。



「なんなの、アレは」


「……前に話した、私の生まれ故郷の王子殿下の婚約者みたい」


「もう、その情報だけで面倒な予感しかしないわね」



 肩を竦めたエイダが、どうするの?と言うよな視線を向けてくる。

 リーテアが対応に迷っているうちに、シンディはあっという間に近付いて来ていた。



「あっ!《愛の魔女》さま〜!」



 やけに親しげに、シンディが手を大きく振っている。長い栗色の髪が動きに合わせて揺れた。

 シンディの高い声に、周囲の注目が集まった。それがわざとなのか、素なのか分からない。



「リーテアさま、遠ざけますか?」


「大丈夫。でも近くにいてね、アシュトン」



 アシュトンはもちろんです、と言って片手を剣の鍔に掛けた。

 そんなやり取りを知るよしもなく、シンディが笑顔で駆け寄ってくる。



「……《愛の魔女》さま!どうして、ノルベルト殿下を利用して捨てたんですか?」



 笑顔のまま投げ出された発言に、リーテアはただ引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。



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