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5.ほんの少しの興味


 オーガスト国の第一王子であるディランは、その長い脚を投げ出してソファに腰掛けていた。


 すぐそばで、側近のライアスが何かを言いたそうにディランを見つめている。



「どうした?俺の顔に何かついてる?」


「……それは、俺の言いたいことが分かっている顔ですね、殿下」


「ふはっ、バレたか」



 眼鏡の奥からじろりと睨まれ、ディランは楽しそうに笑う。

 有能な側近であるライアスは、いささか心配性なところがあった。特に、ディランに関しては。



「アシュトンのことだろ?」



 ディラン専属の護衛騎士の名を挙げれば、ライアスはぐっと唇に力を入れていた。



「……どうしてあの魔女に、と問い掛けたところで、答えてはくれないのでしょうね」


「それは心外だな。答えてあげるよ、ライアスにはね」



 くすくすと笑いながら、ディランは言葉を続ける。



「少しだけ、興味が湧いたからだ。《愛の魔女》に。アシュトンを俺と兼任の護衛にすれば、彼女の動向を知れるだろ?」


「………」


「お前にそこまで嫌そうな顔をさせるなんて、ますます興味深いな」



 普段あまり他人に興味を示さないライアスが、あからさまに嫌そうに眉を寄せている。

 それがディランにとっては面白いのだ。


 《愛の魔女》だというリーテアに興味を持ったのも、あの日、ライアスが不機嫌さを隠さずに魔女登録から戻って来たからだった。



 ディランは、魔女という存在が好きではない。


 立場上「嫌い」だとは言えないし、態度にも現すわけにはいかないが、なるべくなら会いたくないし、話したくもないとさえ思うときがあった。

 この国に登録されている魔女という存在が、全員自身の婚約者候補になっているにも関わらず、である。



 ディランだけではない。側近のライアスも、護衛のアシュトンも、同じ気持ちであった。

 だからこそ、魔女登録がある際は、ライアスが同席することになっていた。

 特にディランに害を与える存在の魔女がいないか、その目で確認する為だった。


 けれど、ほとんどの魔女は、オーガスト国独自の優遇制度…なかでもディランの婚約者候補になることを求めて登録にやって来た。


 性格に難がある魔女が多いが、同時に国の為になる力があることも事実だった。

 ライアスは登録の場に同席したあと、いつもディランにこう言うのだ。


 『有能な力があるだけの魔女でした』―――と。



 ところが、リーテアに関しては違った。恐ろしく不機嫌な顔で、『役立たずで最悪な魔女でした』と吐き捨てたのだ。

 魔女の力があるにも関わらず、ライアスが“役立たず”と評価を下した。訊けば、その魔女は《愛の魔女》だという。



 ディランのリーテアに対する興味は、その少しあと、魔女登録の担当であるニールが放った言葉も影響した。

 王子の婚約者候補になる資格が、必要ないと言っているらしいのだ。


 この報告にライアスの背後には燃え盛る炎が見えたし、アシュトンは笑いを堪らえようと必死に口を閉じていた。


 当の本人であるディランは一言、「それは出来ないな」とだけ言っておいた。

 心の中で、冷ややかな自分が「俺だって魔女となんか結婚したくはない」と思いながら。



 そんなわけで、リーテアに少しだけ興味を持ち始めていたディランは今日、リーテアの姿をその目に捉えた。

 容姿は写真で確認済みであったし、赤い髪はとても目立っていた。


 そして、接触を試みたのだ。



「……思っていたより、普通の魔女だったな」



 思わず口から本音が零れてしまい、ライアスが眼鏡の奥で瞳を光らせる。

 ディランがこっそりとリーテアを探して接触したことは、ライアスに報告していなかった。



「今、なんと?もしかして接触したのですか?」


「いやーあはは」



 ごまかす気のない返事をすれば、ライアスが分かりやすくため息を吐く。



「全く…一人で城内をうろつくのはやめてください。魔女の毒牙にかかりたいのですか?」


「毒牙か。うまいこと言うなぁ…ま、彼女は俺に警戒心剥き出しだったよ。新鮮だった」


「新鮮、ですか…」


「そう、容姿もね。他の魔女と同じように美人なのに、容姿に気を遣ってないところとか」



 ディランはリーテアの姿を思い出す。

 腰まで伸ばされた赤い髪に、大きな金色の瞳。小さな顔に、血色の良い肌。艷やかな唇。


 この世界の魔女は、皆が美貌の持ち主だと聞く。実際この国に登録に来る魔女は、例外なく美しいとディランは思う。

 ……少なくとも、見た目だけに関しては。



「殿下…それは、たまたま毛色の違う猫が目に入って気になっているだけです。あまり構いすぎると大変なことになりますよ」


「ふはっ、そうだな。大丈夫だ、少し様子を見るだけだから。気になるんだよ…《愛の魔女》の力が」



 そう言いながら、ディランはソファから立ち上がる。大きな窓に近付き、窓枠に手を掛けた。

 眼下に広がる広大な庭に、咲き乱れる花。その美しい光景に、ディランは吐き気しか覚えなかった。



(本当に、《愛の魔女》だなんて…そんな力を持つ魔女がいるだなんて、笑えてくるな)



 すうっと体温が冷えていく。そのとき、背後からライアスの声が掛かった。



「……そんなにあの魔女が気になるのなら、アシュトンではなく俺に任せていただきたかったですね」



 どこか拗ねたような声音に、ディランは口元に笑みを浮かべて振り返る。



「お前に任せると、徹底的に彼女を潰そうとしそうだからなぁ」


「そんなことしませんよ。……今のところは」


「おー怖い怖い。アシュトンは人の心に入り込むのが上手いから、きっと《愛の魔女》の情報を引き出してくれるさ」



 それがどんなものでさえ、国の為になるなら利用し、使えないなら雑用をさせておく。

 こちらが悪になって切り捨てなくても、魔女自ら嫌気が差して辞退してくれれば、それで良い。



「……彼女たちが俺を利用しようとしているなら、俺もいくらだって魔女の力を利用してやる」


「俺はあなたが一番恐ろしいですよ、ディラン殿下」



 そう言いながらも、ライアスの口元は笑っていた。


 そのとき、躊躇いがちに扉を叩く音が響いく。次いで、「ご報告です」と扉の外に控えていた衛兵の声が届いた。


 ディランが視線を向ければ、ライアスが素早く扉を開け、衛兵から話を聞く。

 その眉間のシワがどんどんと深くなり、良い報告ではないことが伺えた。



「……ディラン殿下」


「どうした?」


「数名の魔女が、殿下との時間が欲しいと詰めかけて来ているそうです」



 追い返しますか?とライアスが涼しい顔をして言うので、ディランは苦笑した。


 この国の優遇制度では、王子の側近ですら魔女と同等かそれ以下の地位になってしまうのに、やたらとライアスは強気なのだ。

 それも全て、王子である自分の為なのだとディランは分かっている。



「そうだな…」



 窓から離れようとしたところで、ふと城門へ向かって歩くリーテアの赤い髪が目に入った。


 大勢の婚約者候補の中の、一人の魔女。

 リーテアの存在が気にかかるのは、《愛の魔女》だからなのか、それとも別の理由なのか。



(まぁ…そのうち分かるか)



 ディランは視線をライアスへと戻し、近くに掛けてあった上着を手に取る。



「……行くかな。いつまでも放置するわけにもいかないし」



 フッと口元に笑みを浮かべながらも、ディランの新緑の瞳には、何の感情も込もっていなかった。



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