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46.リーテアの過去②


 リーテアに城への招待状が届いたのは、月が綺麗な日だった。


 家に帰ったリーテアは、眉を寄せてじっと封筒を見つめる祖母に気付く。



「……おばあちゃん?ただいま、どうしたの?」


「おかえりリーテア。……これを」



 差し出された封筒の宛名はリーテアの名前が書かれていた。

 首を傾げながら封筒を受け取り、中身を取り出す。ラデュイ国の紋章が一番上に描かれ、その下に短い文章が綴られている。



「……“親愛なる魔女どの。此度の貴殿の活躍を讃え、褒美を授けることとする。明日、城へと登城されたし”……え、お城への招待状!?」



 リーテアは驚いて手紙を落としそうになった。どうやら今までの活躍が城へ届いていたようだ。

 嬉しくて顔を輝かせるリーテアだったが、祖母はどう見ても喜んではいなかった。



「リーテア……」


「もう、そんなに心配そうな顔しないで。ご褒美を貰えるってだけでしょ?明日に備えて、早く寝なくちゃ!」



 うきうきと寝る支度を始めたリーテアに、祖母は何も言ってこなかった。



 翌朝、リーテアはロゼと共に登城した。

 門番に手紙を見せれば、すぐに城の中へ案内され、あっという間に玉座の間へ通される。


 目がチカチカとする豪華な装飾の溢れた大広間に、リーテアは「国の財政状況はそんなに良かったっけ?」と疑問に思った。



 玉座には国王と王妃がそれぞれ並んで座っており、その隣に王子が一人立っていた。

 その王子からやけに見られているなと感じながらも、リーテアは挨拶を交わす。



「本日はお招きいただきありがとうございます。《愛の魔女》リーテア・リーヴと申します」


「君の噂は、私たちの耳にも届いているよ。想いを叶えてくれるそうじゃないか!」



 国王が立派に蓄えた口髭を撫でつけながらそう言った。

 リーテアは、全ての想いを叶えられるわけではない。お互いが想い合っていないと、そもそもリーテアの力は効果がないのだ。


 けれど、今それを進言したところで、仕方ないだろう。そう判断したリーテアは、にこりと微笑むだけにとどめた。



「うふふ、とても綺麗なお嬢さんですこと。褒美として、わたくしたちから城への出入りを自由にできる権利を与えるわ」


「うむ。これで、城内で働く者にも君の力を使ってもらえるだろう。みんな噂を聞いてそわそわしていてな」



 今思えば、これはリーテアの《愛の魔女》の力をいいように使おうとしているだけの提案だった。

 それでも当時のリーテアには、この提案が褒美でも何でもないことに気付かず、ただ自身の力を必要とされることがただ嬉しかった。



「……はい!ありがとうございます!」



 玉座の間を出てホッと一息を吐くと、肩の上にいたロゼが「あーあ」と呆れたような声を出した。



「心配してる通りの流れになる予感がするよ…」


「?……どういう…」


「―――《愛の魔女》リーテア!」



 名前を呼ばれ、リーテアは振り返った。王子が玉座の間から出てこちらに駆け寄って来る。


 ノルベルト・ラデュイ。

 ラデュイ国の王族の間で受け継がれる、眩い金髪を持つ王子は、リーテアと同年代のはずだ。



「……ノルベルト殿下。私にご用ですか?」


「よ、用というかだな、その…」



 何故か言葉を濁しながら、ノルベルトは紺の瞳でリーテアをちらちらと見ている。



「俺は魔女という存在を、よく知らなくてだな、その…じ、時間が合うときに、君が俺に教えてくれないか?」


「私が、ですか?私も他の魔女のことはよく知らないので、私自身のことか、魔女の歴史ならお話しできますが…」


「そ、それで良い!教えてくれ!」



 ノルベルトがパッと顔を輝かせ、リーテアの視線に気付くと大きく咳払いをした。



「で、では。俺の予定をあとで送らせるから、時間が合うときに城に来てくれ」


「はい。分かりました」



 リーテアが頷いて微笑むと、ノルベルトは顔を赤くしていた。

 ロゼが大きなため息と共に「また面倒くさいことに…」と呟いた。




 それからリーテアは、城へ通うことが増えた。


 城内でも《愛の魔女》として広く顔を知られるようになり、いろいろな人に声を掛けられた。

 恋愛や友人関係、家族関係などの相談を受け、条件を満たしていれば惜しみなく協力をしていた。

 そしてその合間に、ノルベルトと過ごす時間があった。



「へぇ。君は力を使うと髪色が変わるのか」


「はい。他の魔女がどうかは分かりませんが…私はそうですね、殿下と同じような色になります」


「俺と同じ色か。それは嬉し…ゴホン、見てみたいな」



 ノルベルトが魔女についていろいろ質問してくれることが、リーテアには嬉しかった。

 時折向けられる好意に気付いてはいたが、相手が王子だということもあり、いずれ他国の王女と結婚をするものだと思って気にしていなかった。


 それが間違いだと気付いたのは、ノルベルトがリーテアに高価な贈り物をするようになってからだった。



 最初は魔女のことを教えてくれる礼だと言って、花束や有名なお菓子を贈られた。

 ところが、だんだんとアクセサリーやドレスなど、金額が明らかに高価なものを贈られるようになったのだ。



「ノルベルト殿下…、ただの魔女である私に、このような高価な贈り物はいただけません」


「何故だ?俺が君に贈りたいんだ、リーテア。喜んでくれないのか?」



 リーテアが何度断っても、ノルベルトは止めなかった。国王と王妃に相談しても、「ノルベルトが好きでやっていることだから気にしなくていい」と笑われるだけだった。


 けれど、リーテアは気付いていた。そんなノルベルトの行為を、良く思っていない人物が多くいることに。

 一国の王子が、一人の魔女に貢いでいるのだ。そしてその貢ぎ物のために使われるお金は、元は国民の税なのだ。



 ノルベルトの行為は、年々酷くなっていった。

 贈り物は絶えず届き、リーテアが城へ行かないときは、公務を放り出して家まで会いに来た。

 国民はノルベルトに不信感を抱き始め、その矛先はリーテアに向かうこともあった。



「なあ、あんたが殿下にちゃんと言ってやらなきゃダメだろう」

「特別な存在になったと思って、喜んでるんじゃないでしょうね?」

「君への貢ぎ物のためにこれ以上税を上げられたら、たまったもんじゃないよ」



 リーテアは一晩中枕を濡らすこともあった。

 祖母やロゼに慰めてもらい、暫くノルベルトや国民と距離を取るよう言われたが、リーテアはそうしなかった。

 《愛の魔女》としての役割から、逃げたくなかったのだ。



「リーテア!今日は他国で有名なネックレスを君に贈るよ。赤い宝石が光って綺麗だろ?」


「ノルベルト殿下…」



 相変わらずの高価な贈り物に、リーテアは上手く笑えなかった。

 つい最近、祖母が病に臥せってしまって調子が悪いのだ。


 その反応を見て、ノルベルトは首を傾げた。



「どうした?元気がないな」


「……そうですか?そんな、ことは…」


「こっちへ来い。俺が慰めてやろう」



 ノルベルトの指がリーテアの髪を掬い、リーテアはぞわりと鳥肌が立った。

 思わず固まってしまったリーテアの手を、ノルベルトが掴む。


 そのまま近くの部屋に連れて行かれ、扉が閉まると同時にきつく抱き締められた。



「ノ…ルベルト、殿下っ…おやめくださっ…」


「恥ずかしがらなくていいぞ、リーテア」



 リーテアは決して、恥ずかしがっているわけではなかった。これ以上はまずいことになると、分かっていたのだ。


 少しだけ腕の力が緩んだかと思えば、顎を持ち上げられる。

 近付いてきた顔に驚く間もなく、リーテアはノルベルトの体を思いきり突き飛ばしていた。



「―――やめてっ…!!」



 ノルベルトはその場に尻もちをつき、呆然とした表情でリーテアを見上げていた。

 やってしまった。リーテアはそう思ったが、もう我慢も限界だと気付いた。



「もう…もう、贈り物はいりません。ここにも来ません…ですので、私のことは…これ以上構わないでくださいっ…!」



 そう言って、リーテアは部屋を飛び出した。

 真っ直ぐ家に帰り、ベッドに横になる祖母に駆け寄った。

 祖母は優しく微笑みながら、ボロボロと涙を流すリーテアを見る。



「……リーテア…私とロゼは、いつでもあなたの味方よ…」


「……おばあちゃんっ…、私、私…間違えちゃった…!」


「……お願いよ、リーテア…これだけは、忘れないで。……《愛の魔女》としての“喜び”と“誇り”を…忘れないでいて…」



 それが、祖母の最期の言葉だった。

 ロゼを腕の中に抱き締めながら、一晩中声を上げて泣いた。



 そして三日後、リーテアの元へ城から送られた騎士が現れる。



「―――《愛の魔女》リーテア・リーヴ。あなたにノルベルト殿下を脅迫した容疑がかかっています。どうか城へご同行願います」



 その言葉を聞いた瞬間、リーテアは足元がガラガラと崩れ去っていくような音が聞こえていた。



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