42.側近たちの願い
リーテアが家に招き入れたグレアムとジェドに座るよう促し、飲み物を用意しようとしたところで、制止の声が掛かった。
「お気遣いなく。長居するつもりはありません」
「そう…ですか?」
「はい。さっそく本題に移らせていただいても…」
「待てグレアム。いくらなんでも早急すぎるだろう」
とても深みのある声が、ジェドの口から発せられた。
アシュトンと同じ朱色の瞳が、リーテアを品定めするように上から下へと移動する。
「……なるほど。《愛の魔女》さまは、普段はそのような格好なんですね」
「ジェドさん、女性をじろじろ見たら失礼でしょう」
「何を言ってるんだ。女性は見られたいから着飾るんだろうが」
堂々と胸を張ったジェドに、グレアムは呆れたようなため息を吐く。
そのやり取りを聞きながら、リーテアは二人の向かいのイスに腰掛けた。
「ええと…華がなくてごめんなさい。ディラン殿下の婚約者として相応しい格好ができるよう、勉強中です」
「ん?いやいや、着飾らなくてもあなたさまはお美しいですよ。むしろ好印象です」
妖艶な微笑みを浮かべたジェドを見て、「なるほど、この微笑みが何人もの女性を虜にするのね」とリーテアは思った。
「あの…とりあえず、私の容姿は置いておいてください。それよりも本題が気になって仕方ありません」
「おっと、それは失礼。お前が正しかったようだな、グレアム」
バンバンと背中を叩かれたグレアムは少しよろめき、苦笑しながらリーテアを見た。
「……では、《愛の魔女》リーテアさま。あなたから見て、陛下と殿下の関係はどう思われますか?」
「………」
その質問に素直に答えるのならば、“良くないと思います。ディラン殿下は陛下を嫌っているようです”だ。
けれど、リーテアの目の前にいる二人は、国王に最も近い人物である。
正直に答えるわけにもいかず、リーテアは曖昧に濁すことにした。
「その、国王陛下とディラン殿下の間には、何か壁があるのかなぁと…」
「壁ですか…まぁその通りですね。特に殿下は、陛下を良く思っていませんし」
「隠そうとしてるのか分からんが、態度に出てるんだよなぁ」
どうやらグレアムとジェドは、ディランが国王が嫌いだということを知っているようだ。
「さらに追加しますと、我々も血縁から良く思われていません」
「……ライアスと、アシュトンですか?」
「はい。弟たちは、幼い頃から三人一緒で絆が深いです。だからこそ、誰かが嫌なものに同調してしまう」
「同調…」
「ディラン殿下が嫌だと思っている陛下のそばにいる我々も、ライアスとアシュトンにとって嫌なものになってしまっているんですよ」
グレアムの言葉に、リーテアは妙に納得してしまっていた。
なぜならば、リーテアも最初はその“嫌悪”の対象になっていたからだ。リーテアが、魔女だからという理由で。
「……私たち魔女が殿下に良く思われていないことも、陛下と殿下の間の壁に、関係があることですか?」
思い切って口にした問いに、ジェドが「んん〜」と悩ましげな声を出す。
「関係はあります。でもどう関係があるかは、当人を抜きにして俺たちから話せることじゃありませんねぇ」
「そう…ですよね」
「……《愛の魔女》さまは、ディラン殿下が魔女の存在を疎んでいると知っていたのですか?」
「えっ?はい」
リーテアがコクリと頷くと、グレアムは口元に手を添えた。
「なるほど。それを知っていても、あなたさまは殿下の婚約者になることを了承したのですね」
「おいグレアム。《愛の魔女》さまの猛アタックかもしれないだろう?」
「ジェドさん…恋多き男のくせに、恋をしているかどうか見分ける力は無いんですか?」
そのグレアムの言い方に、リーテアはドキリとした。
まるで、ディランとリーテアの間に恋愛感情がないことを見抜いたような発言だったからだ。
緊張で身を固くしてしまったことに気付かれたのか、ジェドが「ほぉ」と言いながら顎に手を添えた。
「そういうことか…すっかり騙されました。殿下はつまり、《愛の魔女》さまの力が望みだと?」
「……そうですね。利用できるようなものではないと、説明はしたんですけど…」
リーテアは観念してそう答えた。あとでライアスに怒られよう、とそう心に決める。
嘘をついたところで、この二人…特にグレアムには、隠し通せない気がしたのだ。
「《愛の魔女》、ですか…。正直、あなたさまの力がどのようなものかは俺には分かりません。でも、殿下が欲しがったのが力だけとは限りませんから」
「………?」
「ライアスもアシュトンも、あなたさまを認めて評価していると、風の噂で耳にしました。殿下を慕う彼らが反対しない婚約ならば、それはきっと、我々が望む婚約なのです」
グレアムはフッと微笑み、人差し指を口元に当てた。
「……ここだけの話ですが、陛下は殿下の…ディランの婚約を心から喜んでいます。そしてそれは、彼を幼い頃から見てきた、俺とジェドさんも同じ気持ちです」
「そうそう。あんなに素直で可愛かったディランが、ちょっと捻くれた王子になって心配してたんですよ。アシュトンとライアスも同様です」
「捻くれた…ふふっ」
いけないと思いつつ、リーテアは笑ってしまった。
この家に二人が来たときから気付いてはいたが、グレアムとジェドから、リーテアに対する敵意や嫌悪感は何も感じられない。
巧妙に隠しているといわれればそれまでだが、ただ単純に、ディランのことを心配してここまでやって来たのだと、そう思った。
「私は…謁見のとき、陛下はちゃんとディラン殿下のお父さまなんだなって、安心したんです」
リーテアの言葉に、グレアムとジェドが不思議そうな顔をする。
「安心…ですか?」
「はい。本当は、もっと関係がギスギスとしたものなのかと思っていました。けど…何かが上手く噛み合わなくなった結果、殿下が一方的に壁を作ってしまっただけなんですね」
国王には、ディランを想う気持ちがある。それが分かれば、その想いの矢印を、向かい合わせにすればいいだけだ。
「それなら私は、殿下の壁にヒビを入れられるよう、婚約者として頑張ろうと思います」
「それは…例えば陛下が、許されないくらい酷いことをしていてもですか?」
じっと探るような視線をグレアムから向けられたが、リーテアは笑顔で答えた。
「はい。それでも、そこに“想い”や“愛”があれば…私には後押しができます。私が《愛の魔女》として役立てるなら、ここが私の居場所です」
ディランの壁を壊すことは、難しいかもしない。けれど、婚約者になるリーテアは、その壁を叩き続けることができる立場なのだ。
リーテアはぐっと拳を握ってみせた。
「グレアムさんとジェドさんは、陛下と殿下に仲直りしてもらいたいんですよね?任せてください。お手伝いしますよ……もちろん、お二人の分も」
グレアムは弟のライアスと、ジェドは息子のアシュトンと、それぞれ良い関係を築きたいと思っているはずだ。
(それを壮大な家族の喧嘩と捉えれば…“愛”のある喧嘩なら、私の魔法が絶対に役に立てるはずよ)
一瞬の沈黙のあと、グレアムが声を出して笑い出した。
「ははっ!……ディランたちが気に入る理由が分かる気がします。ね、ジェドさん?」
「ああ、ディランの婚約者になる前に出会っていたら、すぐ口説いていたかもしれん」
「ええと…」
返答に困っているリーテアに、グレアムは立ち上がって頭を下げた。
「お願いします、《愛の魔女》リーテアさま。そのお力を、我々にお貸しください」
「陛下は、とてもディランを大切に思っています。あいつには伝わってないのが悔しいが…どうか、見捨てないでやってください」
ジェドも立ち上がり、グレアムの隣で頭を下げる。
リーテアも慌てて立ち上がろうとしたが、黙って近くで話を聞いていたロゼの尻尾が、それを制した。
「リーテア。君は魔女で、今は王子の婚約者だ。立場的には、君の方が上なはずだよ」
「………」
ロゼの言いたいことは分かるし、最もだった。ディランの婚約者になれば、上に立つ者としての威厳も身に付けなければならない。
(でも、私は…権力を振りかざして人を従えるような、そんなことはしたくない)
「……お二人とも、顔を上げてください」
リーテアは立ち上がらなかったが、グレアムとジェドに向かってそれぞれ片手を伸ばした。
「私の、《愛の魔女》のお役に立てることでしたら、喜んで」
握手を求められているのだと気付いたグレアムとジェドは、目を丸くして二人で顔を見合わせたあと、困ったように笑った。
リーテアの手を取り、しっかりと握手を交わしてくれる。
「まぁ、これがリーテアだよね」とボソッと呟きながらも、ロゼの目は優しさを帯びていた。
リーテアはごめんね、の意味を込めてロゼに向かって笑いかける。
(陛下と殿下の関係を、上手く修復することができれば…《愛の魔女》としてこの国に来て良かったと、心からそう思える気がする)
誰かに頼られることの喜びを、リーテアは知ってしまった。
そして、結果を残したいという強い想いが込み上げてくるのだ。
―――翌日に魔女たちへの婚約発表が控えているというのに、リーテアはその晩なかなか眠ることができなかった。




