37.お忍びデート②
オーガスト国の植物園は、とても見応えがあった。
大きな庭園とドーム型の温室が連なっており、それぞれで見たこともない珍しい植物や、色とりどりの鮮やかな花が咲き誇っていた。
城の庭園も綺麗だが、四方八方を植物に囲まれるのは圧巻だった。
口を半開きにしてきょろきょろと眺めるリーテアを見て、ディランはずっと笑っていた。
「そこまで喜んでもらえると、見ていて気持ちいいな。ほらリー、あれがこの国にしか咲かない品種だ。君の髪色に似て綺麗だろ?」
リー、というのは、今日いっぱい使用すると決めたリーテアの愛称だ。
ちなみに、ディランは“ディー”になった。敬称を付けるとすぐに正体がバレてしまうので、徹底する必要がある。
植物園を回ったあと、約束通り近くの公園に連れて行ってくれた。
リーテアがこそこそと木の陰に隠れれば、ディランは木の幹に寄り掛かる。
「……いつも、こうやって隠れて力を?」
「そうです。もうご存知かと思いますが、魔法を使うと髪の色が変わって目立つので」
「ああ…瞳の色と同じで、とても綺麗な金色だったな」
その言葉に、リーテアはドキリとする。
植物園のときから、ディランはこういった手慣れた言動をしてくるので、ものすごく困っていた。
アシュトンはディランの指示でかなり離れたところにいるため、リーテア一人で対応しなければいけないのだ。
「……こ、これから少し集中しますので。次の予定まで、時間はどのくらいありますか?」
「気にしなくていいよ。合わせて変更すればいいから」
「そういう、わけには…。では、一組だけ!この辺りはいつも対象者が多いので、一組だけ魔法で幸せにできるまで待ってください!」
拳を握ってそう言ったリーテアに、ディランは優しく微笑んだ。
「分かった。俺は邪魔しないように立ってるよ」
「……ありがとう、ございます」
ディランに背を向け、リーテアは息を吐いてから空を仰ぐ。
後ろにディランがいると思うだけで、いつもより何倍も緊張していた。特に、今日のディランは雰囲気が柔らかいのだ。
(こんなこと、普段は思わないんだけど…早く、早く誰か私の魔法が必要な人たちが、現れますように…!)
祈るように空を見上げたまま、じっと雲の流れを見つめていたリーテアは、やがてハッと前を向いた。
公園で並んで歩く、二人の男女。
少し開いた距離に、そわそわとした空気感。そして、リーテアの元へ届いた“想いを伝えたい”という願い。
「………」
両手を合わせて握り、瞼を閉じる。力を込めれば、暖かいそよ風が男女へ向かって流れていった。
目を開けて男女を確認すると、向かい合って何かを話しているのが分かる。そして、男性が女性を抱きしめ、周囲から拍手が上がっていた。
リーテアはホッと息を吐く。すると、突然フードが外され、金色に変わった髪が露わになった。
「でんっ…でぃ、ディー!?」
「やっぱり綺麗だな。赤い髪も似合うが、こっちも似合う」
ディランはまじまじとリーテアを見つめ、指先で髪を掬う。がっちりと結んでくればよかったと、リーテアは後悔した。
「……スキンシップは、禁止ですよ」
「過度な、だろ?それにこれは髪だし関係ないな」
「どんな屁理屈ですかっ…」
リーテアは顔を背け、フードを被り直す。先ほどの男女は、腕を組み寄り添い合って歩いていた。
「……一組終えましたので、行きましょう」
「そうだな。アシュトンが遠くから睨んでるようだし、行こうか」
目の前に自然に手が伸ばされ、リーテアは躊躇いながらもその手を取る。
変わらず優しく微笑んでいるディランを見ながら、ふと疑問が浮かんだ。
(―――どうしてこの人は、魔女が嫌いなんだろう)
肩を並べて歩きながら、リーテアはその小さな疑問をずっと考えていた。
それから、場所を移動して城下街にやって来た。昼食の時間が近付いていたからだ。
多くの人々で賑わう城下街は、何度来ても活気がある。笑顔に溢れるこの空間が、リーテアは好きだった。
ディランと二人、揃ってフードを被っていれば目立つのではと思ったが、杞憂だったようだ。
空が色を変え、今にも雨が降り出しそうになっている。雨避けとしてフードを被っている人たちが、他にも何人もいた。
「……もしかして、天気まで計算してるんですか?」
「当たり。せっかくのデートを、誰かに邪魔されたら嫌だからね」
ディランはここへ着いてからずっと、手を離してはくれなかった。
端から見れば、恋人同士のように見えるだろう。リーテアは、それがとても落ち着かなかった。
露店がいくつも並ぶ通りに入り、食べたいものを買っていく。
ディランがあれもこれもと注文し、両手に抱えるくらいに紙袋が増えた頃、ようやく「戻ろうか」と声が掛かった。
ポツポツと雨が振り始めたため、馬車の中で食べることにしたのだ。
馬車へ戻ると、少ししてからアシュトンが入って来る。肩が濡れていたため、リーテアはサッとハンカチを取り出した。
「アシュトン、良かったらこれ使って」
「あ…ありがとうございま…?」
アシュトンの礼が疑問形になったのは、リーテアが差し出したハンカチを、ディランが横から取ったからだ。
「………ディラン?それはリーテアさまが俺に貸してくれたものだ。返せ」
アシュトンが思わずといった様子で敬語をやめ、ディランをじとっと睨む。
「この綺麗なハンカチを、お前のために濡らすのは気が引ける」
「はあ?」
「ほら、ここに別のものがある」
「……それ、雑巾だろ」
馬車を磨くためのものだろう。お世辞にも綺麗とは言えない雑巾を取り出したディランは、それをアシュトンに向かって投げた。
「さっさと拭いて座れ。料理が冷める」
「……ディランお前、リーテアさまに対して器の小ささが異常だぞ」
「俺の器はオーガスト国よりも広い」
「………ふふふっ」
思わずくすくすと笑ってしまうと、ディランとアシュトンは顔を見合わせた。
アシュトンは苦笑しながら手で雨の雫を払うと、ディランの隣に腰掛ける。
「オーガスト国より広い器の持ち主は、リーテアさまですね」
「それは否定しない。……ほらリーテア、好きなものをどうぞ」
ディランに差し出された紙袋の中から、リーテアは気になっていたものを選ぶ。
美味しい料理を頬張りながら、しばらく雑談に花を咲かせた。
食べ終えると、ディランが窓の外に目を向ける。雨はまだ降り続いていた。
「そろそろ止む予定なんだけどな。それまで馬車の中にいるのも、アシュトンが邪魔だし」
「おい」
「あ、久しぶりにあそこに行くか」
ディランはパチンと指を鳴らすと、窓を開けて御者に指示を出す。すぐに馬車が動き出した。
「どこへ行くんですか?」
「俺とアシュトン、ライアスが子どもの頃から通ってる、とっておきの場所だよ」
その説明のもと辿り着いたのは、リーテアの想像とはかなりかけ離れた場所だった。
「……洞窟、ですか」
「そう、洞窟。雨でも平気だろ?」
「思いきり『立入禁止』って看板ありますけど」
整備された森の中を少し歩くと、小さな洞窟がポツンとあった。入口にはロープが張られ、立入禁止の看板が立っている。
それを指させば、ディランが笑いながらロープをくぐって中に入る。
「これは俺が作ったんだ…誰にも邪魔されたくなくて。おいで、足元気を付けて」
「……職権乱用、というやつですか」
「いや、王族の特権、というやつだ」
自慢気にディランが言い、アシュトンが後ろから「乱用だな」とボソッと呟いた。
リーテアは笑いながら、ディランに手を引かれて洞窟の奥へと進む。
洞窟の中にはランタンが等間隔で並んでおり、仄かな灯りが足元を照らしていた。
空気は涼しく、ところどころにポツリと花が咲いている。
「ここで殿下は、アシュトンとライアスと気分転換をしていたんですか?」
「気分転換というか、憂さ晴らしというか…でも、それをしていたのはこの先だ」
「この先…?」
この洞窟には、出口があった。小高い丘になっており、外に出た瞬間新鮮な空気が吹き抜ける。
眼下には城下街と青い海が広がり、リーテアは感嘆の声を漏らした。
「わぁ…素敵…!」
「ちょうど雨が止んだな。……リーテア、あそこに城がある」
ディランの指の先に、いつも通っている城がそびえ立つのが見えた。こうして見ると、その存在感はとても大きい。
「……君はこの先、俺の婚約者であり《愛の魔女》として、城で生活することになる」
話しながら、ディランは頭に被ったままだったフードを外す。雨粒が残る銀髪が、きらきらと輝いていた。
「思うようにいかないことも、理不尽なことも絶対ある。危険な目に遭わないとも言い切れない。……それでも、俺の隣にいる限り、君を全力で護ると誓おう」
「……ディラン殿下…」
ディランは膝を折り、湿った地面にも関わらず跪く。片手を胸に当て、もう片手を静かにリーテアの前に差し出した。
「《愛の魔女》リーテア・リーヴ。俺は、君が欲しい。……改めて、この手を取ってくれないか?」
一際強い風が吹き、リーテアのフードを攫う。視界の中を、自身の赤い髪がゆっくりと流れていった。
風に煽られた髪を両手で押さえると、真剣な新緑の瞳と視線が絡む。
(この人が望むのは…《愛の魔女》。それは分かってる。それでも、私は…この手を取った先の景色を、見てみたい)
できれば関わりたくないと、王子の婚約者になんかなりたくないと、そう思っていたはずだった。
絆されたと言ってしまえば、そうなのかもしれない。
ディランが躊躇いなく詰めてくる距離に、戸惑うことはあっても、嫌だと感じることはなかった。
その中でリーテアは、僅かな望みを抱いてしまっていた。
それは、ずっと心の奥底にある、密かな願いだ。
「……よろしく、お願いします」
そっと手を取り、震える唇を開く。リーテアの返事に、ディランは嬉しそうに微笑んだ。
(私は―――愛が、知りたい)
リーテアは笑顔を返しながら、一つの道を選んだのだった。




