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33.答え合わせ


 “魔女と護衛騎士の宝探しレース”は、リーテアが指輪を探し当てたことで終了した。



 ライアスの指示で素早く伝達が成され、リーテアがディランの部屋に連れて行かれるまでの間にすれ違った魔女たちからは、これでもかと嫉妬の眼差しを浴びせられた。

 そして部屋の扉が閉まるなり、ディランが笑顔を向けてくる。



「さて、おめでとうリーテア。君の勝ちだ」


「ありがとうございます。でも近いです殿下離れてください」



 至近距離で太陽のような眩しい笑顔を向けられ、リーテアはうっすらと目を開ける。



「それよりも、今はキースの件の方が重要ですよね?ブランカとレジーナへの聞き取りは誰が?」


「それはライアスに任せたから心配ない。俺だと緊張で話しづらいだろうしね。《虚偽の魔女》に至っては、俺は嫌われてるから」


「えっ?」



 レジーナがディランに向かって顔をしかめていたのは、どうやら嫌っているかららしい。



「………何をしたんですか?」


「いや、俺が何かした前提?何もしてないよ…ただ、彼女に向かって言った言葉が嘘だと見抜かれただけ」



 少し距離が離れ、リーテアは安心してディランを見た。

 《虚偽の魔女》であるレジーナにとって、王子が自分に嘘をついていると分かれば、信頼はなくなるだろう。



「まさか、躊躇いなく力を使われているとは思わなくてね。俺からの依頼は一切聞いてくれなくなった。……彼女の力の使い道はたくさんあるだけに、惜しいな」



 その言い方に、リーテアは少しムッとしてしまった。

 ディランが魔女の力を使おうとしていると分かってはいても、あまりいい気はしない。


 そんなリーテアを見て、ディランは何故かくすりと笑った。



「妬いてくれた?」


「……すみません、何を言われたのかちょっと理解できませんでした」


「ふはっ、冗談だよ」



 可笑しそうに肩を揺らし、ディランがまた距離を詰めてくる。

 リーテアは思わず体を強張らせた。たった今気付いたが、今この部屋にはリーテアとディランの二人しかいないのだ。



「話を戻そうか。この指輪を見つけたリーテアは、俺と一日過ごす権利が与えられるけど」


「……そ、れは…」


「言っておくけど、返品交換は受け付けないから」



 悪戯に笑いながら、ディランがリーテアの髪を掬う。

 妙な色気を感じ、次にディランに会うときは髪をきっちり纏めようと、リーテアは心に決めた。



「返品交換を…要求するつもりは、ありません」


「そう?良かった。何をして過ごそうか考えておく」



 ディランに手が、リーテアの手に触れる。

 ドキリとしている間に、手のひらに何かを握らされた。

 それは、たった今ディランが持っていた指輪だ。



「……ディラン殿下?これはどういう…」


「リーテアが持っていて。君を婚約者として発表するときに、その指輪は君が着けることになるから」



 リーテアは困ったように指輪を見つめた。

 王家の紋章が刻まれた、綺麗な真紅の宝石が光る指輪だった。



「その色、君の髪色に合うと思うな。綺麗だろ?」


「綺麗、ですけど…。殿下、私を信用しすぎではないですか?」


「ん?」


「もし私が、この指輪を持って逃げ出したり、どこかに売り捌いたりしたらどうするんですか?」



 ディランは瞬きを繰り返す。何を言われたのか、分からないとでも言うような表情だった。



「……君が、指輪を持って逃走?売り捌く?」


「そうです」


「まぁ、そんなことは出来ないように作られてるけど…その質問は心外だな」



 リーテアが気付くと、ディランとの距離は更に縮まっていた。

 反射的に後ろに下がろうとすると、ぐいっと腰を抱き寄せられる。あまりの顔の近さに、リーテアは心の中で叫んだ。



(―――ひい!無理!私は《愛の魔女》だけど、こういうときどうすればいいのか分からないのよぉぉ!)



 必死に冷静な表情を取り繕っているリーテアをよそに、ディランはリーテアの髪を指先に巻き付けて遊んでいる。



「俺は、魔女の中で君だけは信頼出来るんだ―――リーテア」


「……ど、どうしてですか」


「何でだろうね?君の言動が、いちいち俺の予想を上回るからかもしれない」


「………それって、褒めてます?」


「極上の褒め言葉だけど?」



 リーテアにはそう捉えられなかったが、ディランは褒めているつもりらしい。

 けれど逆に、ディランの予想を下回る言動をすれば、一気に信頼は地に落ちるのではないだろうかと思わされてしまう。


 なんとかこの状況を抜け出せないかと考えていると、ディランが「ところで」と言葉を続けた。



「指輪、どこで俺が身に着けてるって気付いた?最初から着けてはいたけど、徹底的に見えないように隠してたつもりだったんだけど…あ、剣を構えてたとき見えたのか」


「いえ…キースが現れる前に、ふと気付きました」


「……あのヒントで?」



 “あるべき場所、目指す場所の隣”。それがディランの出したヒントだ。



「はい。王家の紋章が刻まれた指輪のあるべき場所、私たち魔女が目指す場所の隣…そう言葉を付け足せば、ディラン殿下が持っているのかな、と」



 王家の紋章となれば、あるべき場所は王族の元だ。

 そして、魔女のほとんどが目指しているのが、ディランの婚約者であり、その隣にいるのはもちろんディランになる。


 リーテアの答えに、ディランは満足そうに笑った。



「完璧だな、さすが俺の婚約者」


「……お褒めに預かり光栄です。ところで、そろそろ離していただけますか」


「それは出来ないな。今はリーテアを甘やかす時間だから」



 ディランはリーテアの髪が気に入っているのか、撫でるように触りながら続ける。



「君は、君の役割を全うして、期待以上の結果を出してくれた。俺はとても、感謝してるんだよ」


「期待以上を…出せているように思えませんが…」



 自身の行動を思い出し、リーテアは眉を寄せていた。


 犯人がキースだということに目星をつけ、誘き出すことには成功したが、偶然とはいえレジーナを巻き込み、ディランが動かざるを得なくなった。

 そして、キースには共犯者がいて、それが誰なのかはまだ分かっていない。



「ああ、共犯者の正体について考えてるなら、それは違う」


「え?」


「それを追うのはこちら側の仕事だから、リーテアが気負う必要は無いよ。俺が言いたいのは、魔女と護衛騎士の関係性の話なんだ」


「魔女と、護衛騎士の…」



 リーテアは呟きながら、今回の競技の名前にも入っていたな、と思った。

 もしかして最初から、競技の目的は魔女と護衛騎士の関係性を変えることだったのだろうか。



(さらにそこへ、私という種を撒いて、犯人を捕らえようと…?ちょっと待って、この人は一つのものに二つの意味を持たせようとしてたってこと?)



 リーテアの眼差しを受け、ディランが微笑んだ。ここで優しく微笑むのは、たちが悪い。



「少なくとも、リーテアがこの国へ来るまで、俺は魔女が護衛騎士の名前を呼んでいるのを聞いたことは無かった。それに、互いを気遣い合うところも、見たことは無かったんだ」


「………私は、なにも…」


「いや。リーテアが護衛騎士と…アシュトンとの関係性を築いたから、変わったんだ。これは断言できる」



 ここで否定すると、アシュトンと仲良くなれたことを否定するようになってしまうため、リーテアは言葉を飲み込んだ。

 すると、ディランが柔らかく瞳を細める。



「女性が苦手なアシュトンが、魔女のために…君のために行動するのは、少し前なら有り得なかったことなんだ。それに、護衛騎士たちからの苦情も激減した」


「苦情…ですか」


「そう。担当の魔女を替えて欲しい、が一番多かったな」


「それは…魔女の性格と態度のせいですね。護衛騎士の皆さんには、お給料を上乗せしてあげたほうがいいと思います」



 リーテアが真面目な顔でそう言えば、ディランが突然笑い出す。

 その隙に腕の中から抜け出せないかともがいてみたが、ディランの腕の力は見た目より強いようだ。



「護衛騎士たちのために俺に進言するのは、隊長のアシュトンかリーテアぐらいだな。あの騎士…キースが君に執着していたのも頷ける」


「……キースは…」



 どのような処分を受けるのかと、そう問おうとしたリーテアは、今訊ねることではないと言葉を止めた。

 聞いたところで、もうリーテアに出来ることは何も無いのだ。


 僅かに曇った表情に気付いたのか、ディランはリーテアの頭を優しく撫でた。



「……彼がしたことは、すぐにでも公の場で説明することになる。それと同時に、君の活躍もちゃんと話すよ…証人なら、あの場にたくさんいたし」


「私のことは、別に…」


「いや。君の活躍が広まれば、“他の魔女に認められる”という目標に近付くだろ?ついでに、魔女と護衛騎士が庇い合っていたという事実も、護衛騎士にとっては士気の向上に繋がるしね」


「………ディラン殿下」



 思わずじとっと睨むような視線を向けてしまったリーテアに、ディランは口元に笑みを浮かべたままだ。



「うん?」


「……うん?じゃ、ないですよ。一体、今回の競技に、いくつの意味を持たせようとしていたんですか?」



 リーテアは先ほど、二つの意味を持たせようとしていたのだと思ったのだが、違ったらしい。

 あまりに先を見通して考えられていたこの競技に、感心よりも恐怖心が勝ってしまう。


 一体今まで、この国の何人もの人が、目の前で微笑む王子の手のひらの上で踊らされてきたのだろう―――と。



「さあ…いくつだろうな。これも全部、君を手に入れるためだとは言っておく」



 不意にディランの顔が近付き、耳元でそっと囁かれた。

 ぞくりと全身が震えるのと、カクンと脚の力が抜けるのがほぼ同時で、リーテアはディランに体を支えられながら顔を真っ赤にしていた。



(……私、殿下と一日過ごすなんて無理じゃないの……?)



 声が出せずいたリーテアは、とても楽しそうな笑顔を向けてくるディランを見て、絶望を感じたのだった。



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