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愛の魔女と魔女嫌いの王子  作者: 天瀬 澪


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30.魔女と護衛騎士の宝探しレース③


 再び城外へと出ると、アシュトンが周囲を気にしながらもすぐに口を開いた。



「合言葉が出たということは…先ほどの魔女が怪しいということですか?」



 合言葉。それは、事前の打ち合わせで決めていたことだった。


 もしも怪しい魔女や護衛に目星が付けられたら、「疲れたから外の空気を吸う」と言う。

 それから、リーテアは次の行動の段階へ移ることになっていた。



「ブランカ…というより、私はその護衛騎士が怪しいと思ったわ」



 同じように周囲に注意を払いながら、リーテアが声を落として答える。



「アシュトンを見る目と、私を見る目。どちらにも覚えがあるの」


「……俺を見る目、ですか?」


「そう。アシュトンを見る目は……その、嫌悪と嫉妬だったわ」



 遠慮がちにそう言えば、アシュトンは顔をしかめる。やはり、自分が嫌われているかもしれないなんて、知りたくはないだろう。



「キースが…ですか。なるほど」


「……心当たり、あるの?」


「最初は慕ってくれていたんですけどね。少し態度が変わったなと感じたのが…リーテアさまの護衛につくのが、俺に変更になって、少ししてからでした」



 小さくため息を吐いて、アシュトンが続ける。



「キースは、本来ならリーテアさまの護衛につくはずだったんです」



 リーテアは、護衛につく騎士が決まったとニールに告げられたときのことを思い出す。


 ……“護衛としての経験は浅いですが、実力はじゅうぶんで…”と、確かそのように話していた。

 その該当していた騎士が、キースだったらしい。



「……そういうことね…」


「つまり、キースはリーテアさまの護衛になりたかった、ということですね。ちなみに、リーテアさまを見る目というのは?」


「それは…自分で言うのもなんだけど、恋い焦がれているような、そんな目よ」



 片想いの相手に向けるような、そんな眼差しをキースはリーテアに向けていた。

 仮に、キースがリーテアにどういうわけか好意を持っていたとして、護衛としての役割を奪ったアシュトンを嫌うのは分かる。



(……でも、あの日にエイダを狙ったのはどうして?まさか、本当の狙いは私だった?)



 リーテアが真の狙いだったとしても、傷付けようとする理由が分からない。

 それに、ブランカの関連性もまだ否定はできなかった。



「エイダを狙った犯人が、そのキースという護衛騎士だけだとしても、ブランカが関わっているとしても…すぐにハッキリすると思うわ」



 リーテアとアシュトンは、城の庭を迷いなく進む。

 やがて辿り着いたのは、この日のために整備され直した庭園だった。生け垣が迷路のように並び、絶妙な死角となる場所が何か所かある。


 ちなみに、庭師であり、魔女依頼受付室の職員でもあるダリルは、この庭園の整備に死力を尽くして目の下に隈を作っていた。


 近くのベンチに一度腰掛け、リーテアは大きく伸びをする。

 休憩に見せかけた、ディランとライアスへの合図だ。


 二人はディランの私室に戻っている手筈で、その部屋の窓から真下に見える位置に、この庭園がある。

 おそらく、どちらかがリーテアの合図を窓辺から確認したはずだ。



(……場所の移動と、合図は完了。この辺りを探す他の魔女の気配はないけど…時間の問題ね)



 伸びのあとに深呼吸を繰り返したリーテアは、ふとアシュトンの心配そうな視線に気付いた。



「……アシュトン、大丈夫?そんな顔してると、勘付かれるかもしれないわよ」


「分かってはいますが……身内の犯行だったとなると、とても不甲斐なく思います」


「アシュトンのせいじゃないでしょ。動機は何にせよ、彼が勝手に行動しただけだわ」



 でも、と言いながらリーテアはベンチから腰を上げる。



「エイダを傷付け、命の危険に晒した事実は消えないわ。私は、それが許せない」


「……はい」


「そしてこれから、私が狙われる予定でしょ?ならアシュトンは、全力で私を護ってね」



 アシュトンの胸元に光る胸章を、人差し指でトンと押す。それは、王子付きの護衛騎士である証だ。



「今だけは、私の護衛騎士として、仕事を全うしてくれる?」


「……はい、もちろんです」



 少しだけ目を見張ったアシュトンは、すぐにそう答えながら微笑んだ。

 リーテアは微笑み返すと、ぐっと拳を握る。



「よし!じゃあ、予定通りに。このまま宝探しを続けましょ」







 そのあとしばらく、リーテアとアシュトンは近くで宝探しを続けた。

 やはり、アシュトンが近くにいるうちは手を出しては来ないようだ。



「……見つからないわね」


「そうですね………、」



 ポツリと呟いた言葉に返事をしてくれたアシュトンが、最後に少しだけ気になる反応を示す。

 騎士として、人の気配の察知能力に長けているアシュトンが、誰かが近付く気配を感じ取ったのだろう。



(それなら、今しかないわね)



 一度唇をきゅっと結んだリーテアは、笑顔を張り付けてアシュトンの方を向く。



「こんなに広い庭園だし、分かれて探してみましょ!」


「確かにその方が早いですが…」


「心配してくれてるの?大丈夫よ、価値の無い私を襲ってくる人なんていないわ」



 自分で演技をしておいて、リーテアは自分で放った言葉に傷付いていた。

 アシュトンも眉を寄せたが、演技中だからとぐっと堪えたようだ。



「……では、俺は向こうの方を。何かあれば、すぐに呼んでください」


「分かったわ」



 名残惜しそうにリーテアを見ながら、アシュトンが背を向けて離れていく。

 今まで当たり前のように側にいてくれた存在が遠ざかることに、リーテアは不安を感じてしまった。



(……だめ。不自然な動きをしちゃだめよ。あくまでいつも通りの私で、宝探しを続けなきゃ)



 すぐに生け垣の隙間を覗いたり、草花の間を手で掻き分けて指輪を探し始めた。

 リーテアは別のところへ意識を向けようと、宝は一体どこにあるのかを考えてみた。



 ―――『ヒントはそうだな…“あるべき場所、目指す場所の隣”とでも言っておこうかな』



 ディランの言葉を思い出し、リーテアは首を傾げる。

 あるべき場所と言われれば、宝物庫が真っ先に思い浮かぶが、そこに入ることはできない。



(目指す場所の隣……目指す場所って、誰が…?)



 カサ、と枯れ葉が踏まれたときのような音が僅かに聞こえ、リーテアは振り返った。



「……あら、あなたは…」


「驚かせてしまいましたか?すみません」



 心臓は早鐘を打っていたが、リーテアは平静を装い続ける。

 リーテアの予感は当たった。そこには、ブランカの護衛騎士であるキースが一人で立っていた。



「先ほどは、名乗らずに失礼致しました。キースと申します」


「私は、《愛の魔女》リーテアよ」


「ええ、よく知っております。僕が、あなたの護衛騎士になるはずでしたので」



 にこりと笑うキースは、まだ少年のようなあどけなさが残っている。

 それでも、その瞳の奥に揺れる狂気に、リーテアは気付いてしまった。


 思わず恐怖で逃げ出しそうになる足を、その場に留める。

 キースがリーテアのもとへ現れただけでは、何の証拠にもならないのだ。



 必要なのは、エイダを狙い傷付けたという証言だ。もしくは、今この場でリーテアを狙い、アシュトンに捕らえられることでもいい。

 ディランの願いは、エイダを狙った事件の解決であり、リーテアがそのために動くことなのだ。



「それは聞いたわ。……でも、私の護衛になったら大変で、嫌になっていたと思うわよ」


「まさか、そんなことはありませんよ」


「ブランカの護衛の方が楽しそうじゃない?……そういえば、ブランカはどうしたの?」



 さり気なく視線を周囲に巡らせたリーテアは、アシュトンが待機している予定の場所を見た。

 こちらからは全く姿が見えないが、何かあればすぐに動いてくれるはずだ。


 リーテアの質問に対し、キースは困ったように微笑む。



「彼女の護衛は退屈ですよ。そもそも、僕のことなんて気にしていません。……今も、そばを離れたことに気付かず指輪を探しているでしょう」


「……そんなことはないと思うけど」


「あはは、それはリーテアさまのお考えですよ。本当に、あなたさまは素晴らしい魔女です」



 恍惚とした表情を浮かべたキースを見て、リーテアは「あ、これはやばいやつ」と直感した。

 じりじりと後退しながら、視線を逸らさずに会話を続ける。



「……私より素晴らしい魔女は、たくさんいるわ。でも、そうね…あなたは、どうして私を慕ってくれるの?」


「そんなの、決まっています。あのティーパーティーでのあなたの発言に、感動したからです」



 キースが一歩、リーテアに近付くたびに、リーテアは一歩後退する。

 やがて、生け垣に背中が当たり、ガサッと葉が揺れる音が響いた。



「僕は、あなたの護衛騎士になりたい。だから…あなたがケガを負えば、アシュトン隊長はその席を降ろされることになるのです」



 それがきっと、キースが罪を犯した理由なのだ。

 あの日、エイダを狙ったわけではなく…真の狙いは、リーテアだった。

 リーテアが傷付くことで、護衛騎士としてのアシュトンの立場が揺らぐことを望んだのだ。



 キースが腰の剣をゆっくりと抜く。

 その動作を冷静に見つめながら、リーテアは静かに怒りを燃やしていた。



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