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3.遭遇


 城で魔女登録を終えてから、早くも五日が過ぎた。


 リーテアは依頼された仕事をいくつもこなし、充実した毎日を送っている―――わけもなく。



「な…何も音沙汰ないってどういうこと?」



 手に箒を持ちながら、リーテアはぷるぷると震えていた。


 本来の予定では、今頃「あー忙しい!」とか言いながら動き回っているはずだった。

 それがどうしてか、玄関先をひたすら掃き掃除している。掃きすぎて地面が抉れ始めていた。


 切り株の上で寝そべっているロゼが、のんびりと欠伸をする。



「そうだね…登録解除されたとか?」


「そんな…!どうして?あの眼鏡の人にちょっと意地悪言ったから!?」



 とてもあり得る気がしてきて、リーテアは顔を青くする。側近の権力を使って、圧力でもかけられたのかもしれない。



「さすがに違うでしょ。僕が言いたいのは、《愛の魔女》の能力は特殊すぎて、それに関する仕事が見つからないってことだよ」


「それは………確かに、そうよね」



 反論しようと口を開いて、言葉が思い浮かばずに納得してしまった。


 《愛の魔女》のリーテアができること。

 それは、想い合う人たちの背中を押し、行動する勇気を与えられることだけだ。


 例えば男女でも、同性同士でも、家族でも、友達でも、仕事の同僚でも、そこに想い…つまり《愛》があれば、リーテアの魔法はその心に届く。

 けれど、その《愛》は目には見えない。だから、感じ取るしかないのだ。



 実際に見分けることは難しく、魔法を使ったら全く効果がないこともあった。それは、一方的な《愛》だったからだ。



「まさか、“両想いだけど気持ちが伝えられないから助けてください”みたいな依頼が、城に届くわけないわよね…」


「そういうこと。このまま大人しく待ってても、永遠に連絡来ないんじゃない?」


「そ、それは困るわ」



 いくら優遇制度で衣食住が保証されているからといっても、さすがにお金は必要だし、欲しい。



(……ん?待って。連絡が来ないなら、こっちから出向けばいいんじゃない?)



「よし、城に行ってくるわ」


「へ?」


「お留守番頼んだわよ、ロゼ!」


「ちょっと…リーテア!?」



 ロゼの制止を無視して、リーテアは意気揚々と城へ向かって駆け出した。






「こんにちは!私…」


「……《愛の魔女》さまですね。お通りください」



 五日ぶりの城へ訪れると、門番はこの間と同じ人物だった。

 リーテアのことを覚えていてくれたようで、登録の帰りに貰った身分証を出す前に中へ入れてくれた。嬉しいけれど、やはり門番としてそれはどうなのかとも思う。


 また中庭の長い道を早足で歩き、正面玄関から城の中へ入る。相変わらず城内は眩しかった。



(さて、まずはニールさんを探そう。会議室にいるかしら?でもあの日は、私の魔女登録があったからあそこにいたのよね、きっと…)



 考えるより誰かに聞いたほうが早いと気付き、リーテアは目が合った衛兵に近付いていく。

 その若い衛兵は、リーテアが足早に向かってくることに驚いたのか、目を見開いた。



「あ、あの、なにか…?」


「ニールさんに会いたいんだけど、どこにいるか分かるかしら?」


「……ニールさまですか?」



 ニールの名前を出したことで、衛兵はリーテアが何者か気付いたようだ。

 慌ててペコペコと頭を下げだした。



「あなたは、魔女さまですよね?お会いできて光栄です…!」


「………こ、こんにちは。それよりニールさんは?」


「ニールさまは、今の時間ですと北棟の魔女依頼受付室にいらっしゃいますよ。お仕事の件ですよね?」



 魔女依頼受付室。なんのひねりもない、そのままの名前の部屋だ。

 リーテアは衛兵に軽く頭を下げてお礼を言う。



「ありがとう。その場所は近いのかしら?」


「あ、はい。北棟はあの階段を上ってすぐの、渡り廊下の先にあります。魔女依頼受付室はその上の階です。……僕がご案内しましょうか?」


「近いなら大丈夫よ。じゃあ…また」



 なんて言おうか迷った挙げ句そう言えば、衛兵は嬉しそうに微笑んでから、深く頭を下げた。

 やはり、オーガスト国は魔女に対して敬意がすごいと感じる。それは、リーテアがこの国で過ごすようになって、日々感じていることだった。


 城下街では「魔女を見かけたけど美人だった」だの、「魔女の仕事現場を見たけどすごかった」だの、日常会話の中で魔女の話題が溢れている。



 リーテアは言われた階段を上り、渡り廊下を進む。途中で、反対側から美女がゆっくりと歩いてくることに気付いた。


 やたらと華美なドレスに身を包んでいて、どこかの貴族の令嬢のように見えた。

 けれど、美女の後ろを飛ぶ二羽の白い小鳥を見て、リーテアはそれが使い魔だと分かる。



(使い魔を連れているってことは…あの人は魔女。城下街の噂にはたくさん出てきたけど、この国で実際に魔女に会うのは初めてだわ)



 ドキドキしながら、何か声を掛けたほうがいいかと迷いながら歩みを進めていると、魔女がリーテアに気付いた。

 大きな紫色の瞳が向けられたかと思えば、次の瞬間にはなんと、鼻で笑われていた。



「…………!?」



 驚いて立ち止まるリーテアの横を、魔女が素知らぬ顔で通り過ぎていった。

 けれどリーテアは、その口元の動きで何を言われたか分かった。


 ―――“みすぼらしい格好”。

 確かに、唇の動きがそう言っていた。


 咄嗟の思いつきで城に来てしまったため、リーテアの服は普段着のワンピースだ。でも、他人にみすぼらしいと笑われる覚えはなかった。


 リーテアは怒りのままに再び歩き出し、【魔女依頼受付室】と綺麗とは言えない字で書かれた扉を叩く。



「……は〜い、どなた…」


「ニールさんっ!!」


「……えっ、リーテアさま!?」



 執務机で書類を整えていたらしいニールは、リーテアの姿を見て驚いたような声を上げた。

 部屋には他にも数人が仕事をしていたようで、同じように視線を向けてくる。


 リーテアはツカツカと一直線にニールの机まで歩き、両手を叩きつけるように机の上に乗せた。



「あれから一切連絡が無いのは、どうしてなの!?」


「……あ…す、すみません。別の魔女さま方の依頼が立て込んでまして…」


「私にも、依頼を、くださいっ!」



 連絡が無かった五日間の間も、リーテアは城下街を歩いて回りながら、恋人同士の仲を取り持ったり、親子喧嘩を仲裁したりしていた。

 それはいつもの日課で、自分の魔法の後押しで幸せそうに笑う人たちが見られることが、リーテアは嬉しかった。


 ……嬉しいのだが、この間言われた一言が頭から消えてくれなかったのだ。



『―――あなたがこの場ですぐに力を使うことの出来ない、役立たずな魔女だということです』



 リーテアはずっと、“いいこと”をしていると思っていた。人のために、《愛の魔女》の力を使っているのだと。

 そしてこの国に来て、正式な魔女登録をすれば、もっと人の役に立てると思っていた。


 それを、あんな風に言い捨てられて、その後の連絡は途絶え、同じ魔女にはみすぼらしいと笑われる始末だ。リーテアは必死だった。



「お願い、私にも…仕事をくださいぃぃぃっ…」


「わ、わ、分かりましたっ!すぐご用意できる仕事がありますっ!」



 鬼気迫るリーテアの雰囲気に圧倒されたのか、ニールは慌ててそう言って立ち上がった。



「この魔女依頼受付室長の私の、サポート役ですっ!!」



 ―――こうしてリーテアは、体よく雑用を押し付けられることになってしまったのだった。




◆◆◆



「確かに、仕事をくださいとは言ったけど…」



 ブツブツと文句を言いながら、リーテアは大量の書類を抱えて歩いていた。

 別に魔女ではなくても、リーテアではなくても出来る仕事だが、どうやらニール率いる魔女依頼受付室の人員は足りていないようだ。



「これじゃ、帰ってもロゼに呆れられちゃうわね…」



 使い魔の硝子玉のような青い瞳を思い出し、自然とため息が零れる。



(……いけないいけない、マイナス思考はよくないわ。勝手に焦って行動して、結果的にこうなったのは私が原因なんだから。だから…)



「……役立たずだなんて、私が一番思っちゃダメだわ」


「へぇ、役立たずなんだ?」


「え?ひゃあっ!」



 突然目の前から声が聞こえ、俯いて歩いていたリーテアは気付かずに声の主にぶつかってしまった。

 手に持っていた書類が崩れ落ち、床一面に広がってしまう。サアッと血の気が引いた。



(こ、これじゃ本当に役立たず―――って、まずは謝らないと…!)



「ぶつかってごめんなさい、怪我は…」


「大丈夫。怪我はないよ」



 リーテアは顔を上げ、ハッと息を呑んだ。

 目の前に立っていたのが、とても綺麗な顔立ちの男性だったからだ。


 くっきりとした目鼻立ちに、芽吹いた若葉のような新緑の瞳。

 艶のある銀髪は、この城の磨かれたシャンデリアより輝きを放っているように見える。


 その場に立ち尽くしていたリーテアは、男性がスッと屈んで書類を拾い出したところで、ようやく我に返った。



「……私が全て拾いますので、お気になさらず」


「どうして?俺も一緒に拾った方が早いだろう?」


「いえ。一国の王子にそのようなことはさせられません……ディラン殿下」



 書類を拾おうとしていた長い指が、ピクリと反応を示した。

 新緑の瞳が、ゆっくりとリーテアへ向けられる。



「なんだ、バレていたか。……初めまして、《愛の魔女》リーテア・リーヴ」



 綺麗に持ち上げられた口角と、穏やかな微笑みとは裏腹に、その瞳は全く笑っていなかった。



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