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29.魔女と護衛騎士の宝探しレース②


 開始の合図が告げられ、魔女とその護衛騎士たちは一斉に散らばって行った。



 宝探しの終了時刻は、日が沈むまで。

 それまでに誰も宝を見つけることができなければ、褒賞の話は無くなってしまう。



「早く行くわよ!ついてきなさい!」

「ま、待ってください!」


「王家の指輪がありそうな場所ってどこなの!?」

「そうですね、宝物庫はまず入れませんし…」



 魔女と護衛騎士は、少なくともちゃんとコミュニケーションをとっているように見えた。

 エイダとクリフの関係もそうだが、どうやら良い変化が現れているようだ。



「じゃあ、私たちも行くわね。上の階から探そうかしら」



 エイダはそう言うと、風の力を使って上空に舞い上がった。

 どうやら、そのまま上階の窓から城へ入る作戦のようだ。

 クリフがエイダを追い掛けようと、慌てて一階の入口へ走り出したところで、その体がふわりと浮く。



「……え?…ええ!?」


「うるさいわよ。あなたの役目は、私の護衛でしょう。行くわよ」


「エイダさま…!」



 感極まって瞳を潤ませるクリフだったが、徐々に高度が上がると悲鳴を上げていた。

 その恐怖の気持ちはとてもよく分かるので、リーテアは同情の目で遠ざかっていくクリフの姿を見上げる。



「リーテアさま。俺たちも動きますか?」


「……そうね」



 アシュトンの言葉に頷きながら、リーテアは周囲に視線を走らせる。

 ほとんどの魔女と護衛騎士は、城内から探すことにしたようだ。数組の魔女たちは庭園をうろうろとしている。



(《虚偽の魔女》……レジーナは、城内を探しているのかしら)



 リーテアに、狙われていると警告してくれたレジーナ。

 その言葉の真相は分からないが、ディランたちには共有済みだ。


 ディランとライアスは、しばらくこの場で魔女たちの動きを見るらしい。

 いつの間にか用意されていた華美なイスに腰掛け、ディランが片脚を組んでいた。


 一度だけ視線を向けたリーテアは、すぐにアシュトンを振り返る。



「よし、行きましょう。まずはどこがいいかしら?」


「そうですね…ひとまず、最初は真剣に探すフリをしながら…」


「……なるべく人が多いところで、ね。了解」



 まずは、誰に狙われているにせよ、相手に付け入る隙を与えないつもりだ。

 そして相手が苛立ち始めた頃合いを狙って、打ち合わせ通りの場所でアシュトンと離れる。

 そこで動きがあれば、こちらの勝ちだ。



「あ、そうだわアシュトン」


「なんです?」


「私、やるからには探すフリじゃなくて、宝を見つけるつもりでやるから」



 ニッと笑ってみせれば、アシュトンが目を瞬く。



「……それは、ディラン殿下と一日過ごす権利が欲しいということですか?」


「んん?……そっか、そういうことになるのね。その権利は別に無くてもいいんだけど、ただ単純に、他の魔女に勝ってみたいっていう気持ちがあるだけよ」


「……別に無くてもいいんですか…」



 急に残念そうな顔をしたアシュトンに、リーテアは失言だったなと気付く。

 笑って誤魔化して歩きながら、「あ」と声を上げた。



「でも、アシュトンの方のご褒美は与えてあげたいと思うわ」


「え?」


「休暇よ。ゆっくり休んでほしいから」



 ずっとディランの護衛騎士として仕え、今はリーテアの護衛も兼任しているアシュトンに、ほぼ休みは無いだろう。

 だから少しでも休んでほしくてそう言ったのだが、アシュトンは笑いながら首を横に振った。



「いいんです、俺は。この仕事が好きなので」


「……もしかして、痛い方が好きとかそういうタイプ?」


「その言い方は多方面に誤解を与えるので、やめてくださいね。……クリフにも前に似たようなことを言われたような…」


「アシュトンに憧れを抱いてるシェリーに言ってもいい?」


「………リーテアさま」



 呆れたような視線を向けられ、リーテアは苦笑する。からかいすぎたようだ。



「それじゃあひとまず、頑張りましょう」


「そうですね」



 足並みを揃えたまま城内へ入ると、魔女たちが忙しなく行き交っていた。

 この競技の開催は、掲示によって城内に知らされている。城で働く人々は、それぞれ仕事をこなしながらも、魔女たちの動きが気になっているようだ。


 リーテアとアシュトンは、人気の多い玄関ホール付近から捜索することにした。

 こんな近くに宝が隠されているとは思わないが、棚の隙間やカーテンの裏など、細かい隠し場所を探っていく。



「リーテアさま、そこはさっき別の魔女さまが探してましたよぉ」



 背後から聞き慣れた声が届き、リーテアは手を止めて振り返る。

 使用人であり、魔女依頼受付室の職員であるシェリーが、大量のシーツを抱えて立っていた。



「シェリー、今日は本職の方なの?」


「はい。魔女さまたちはみーんな競技中ですから、今日はニールおじさんだけですよぉ」


「それは…また無理してないといいけど」



 リーテアの言葉に、シェリーは嬉しそうにふふっと笑った。その可愛らしい笑みに、近くの衛兵が見惚れている。



「本当にリーテアさまって、リーテアさまですよねぇ」


「ええ?」


「だから私は、リーテアさまが好きで、応援したくなるんですよねぇ。ねっ、アシュトンさま?」



 突然話を振られたアシュトンは、宝を探すための手を止めず、口元を緩ませた。



「そうだな。何か有力な情報があれば、教えてくれ。リーテアさまのために」


「もちろんですよぉ!……あ、一階はたくさんの魔女さまたちがいるので、上階から探したほうがいいんじゃないですかぁ?」


「そうね、エイダも上から行ったし…って、他の人に頼るのっていいの?違反じゃない?」



 リーテアが眉をひそめると、アシュトンは少し考える素振りを見せてから口を開く。



「……周囲に頼るな、という縛りは無かったはずです。いいじゃないですか、これも一つの戦法ですよ。他の魔女さまには、有利な力を持つ方もいますし」


「それは…そうよね」



 この国に登録している、全ての魔女の力を、リーテアは把握しているわけではない。

 それでも、力の使い方によっては、この競技で他の魔女より優位に立てる魔女がいるはずだ。



「それじゃあシェリー、指輪が隠せそうな場所があったら教えてちょうだい。手伝ってくれた使用人たちには、そうね…私の力が役立てるときが来たら、喜んで力を貸すわ」


「えっ!つまり、恋仲を応援して貰えるってことですかぁ?わぁ〜、皆絶対に喜びます!」



 シェリーはパアッと顔を輝かせ、「急いで皆に伝えないとぉ!」と言って走り去って行った。

 さすが恋に多感な年頃だ。その姿が、リーテアにはとても眩しく映った。



「……シェリーの助言もありましたし、二階に向かいますか?薬剤室もありますし、どうせならイルゼの力も借りましょう」


「そうね…イルゼも楽しそうに手伝ってくれそうな気がするわ」


「彼も、リーテアさまが好きですからね」



 くすくすと笑うアシュトンの言葉に、リーテアはとてもむず痒くなった。

 自分が誰かに好かれていると言ってもらえる機会は、そうあるわけじゃない。

 特に、他の魔女たちから疎まれているリーテアにとっては、とても嬉しい言葉だった。



「私も…みんなのことが、好きだわ」



 小さな声で呟けば、その言葉を拾ってくれたアシュトンが優しく微笑んだ。






 それからリーテアとアシュトンは、二階に上がり薬剤室に顔を出した。


 魔女たちの競技に興味津々だったイルゼは、怪しいところを見つけたら教えてくれると約束をし、最後にリーテアに激励を飛ばしてくれた。



 一階を探し終えた魔女たちが、どんどん二階に移動してきたため、廊下で多くの魔女とすれ違った。

 皆が目の色を変え、護衛を連れ回しながら宝である指輪を探している。



「あっ、リーテア!」



 途中で声を掛けてきたのは、《雪の魔女》ブランカだった。ティーパーティーで同じテーブルだった魔女だ。



「久しぶりね。どう?指輪は見つかった?」


「……どこにあるのか、検討もつかないわ。この辺りはもう探されてるのかしら?」


「そうかもね…魔女はたくさんいるし。上階から下りてきた魔女もいるみたいよ」



 そう言ったブランカが、窓の外に目を遣る。



「庭園はもう探した?」


「まだよ。……一応上階も探してから、行ってみようと思っていたところなの」


「もう、広すぎて嫌になるわよね」



 リーテアは会話をしながら、ブランカの後ろに控えていた護衛騎士を気にしていた。


 他の魔女の護衛騎士に比べたら、見た目はずいぶんと若く見える。

 その護衛騎士はアシュトンに軽く挨拶をしたあと、黙ったままリーテアをじっと見ていた。



「……アシュトン、少し疲れたから、外の空気を吸いに行きましょ」


「……そうですね。分かりました、そうしましょう」



 アシュトンと視線を交わしたリーテアは、ブランカと護衛騎士に笑みを向けた。



「じゃあブランカ、お互い頑張りましょうね」


「ええ!負けないわよ!」



 ブランカに手を振り、リーテアは背を向けて歩き出す。

 その背中に鋭い視線を感じながら、緊張を解くように大きく息を吐いた。



(………覚えのある、視線だわ)



 リーテアの取るべき行動は、早くも次の段階に移っていた。



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