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28.魔女と護衛騎士の宝探しレース①


 その日は、爽やかな陽気の日だった。

 時折吹き抜ける風が心地良く、リーテアの赤い髪を攫っていく。


 けれど、そんな陽気とは裏腹に、殺伐とした空気に支配される空間があった。



「……ねぇアシュトン。待機場所を変えたらダメかしら?」


「ダメですね」



 アシュトンに笑顔で一蹴され、リーテアは肩を落としながらその空間へ足を踏み入れた。

 途端に、魔女たちの鋭い視線が集中する。



(怖い。みんな視線だけで人を殺せそう)



 できるだけ平静を装いながら、リーテアはアシュトンと共に待機場所の隅っこへ移動した。


 ここは城の中庭で、前にティーパーティーが開催された場所だ。

 そしてこれから行われる、“魔女と護衛騎士の宝探しレース”の説明を受ける待機場所となっていた。



(前回騒動があった場所を待機場所にするなんて、ディラン殿下もなかなか悪魔ね…)



 リーテアはそう思いながら、視線だけを周囲に巡らせる。

 いらいら、そわそわ、びくびく、じろじろ。魔女たちは皆、それぞれの感情で忙しそうだった。


 これから始まる競技の詳しい内容は、ここで発表される予定である。

 事前に報せると不正を働く魔女が現れる可能性があるため、当日発表という流れになったのだ。

 リーテアも条件は同じで、競技内容だけは一切知らない。



「緊張していますか?」



 そう問い掛けられ、リーテアは隣に立つアシュトンを横目で見た。

 これからリーテアは、競技中にこの中の魔女の誰かに狙われる可能性が高い。

 そして、それを護るのが役目のアシュトンこそ緊張しそうなものだが、そんな様子は全く感じられなかった。



「アシュトンの余裕そうな顔って、殿下のそばにいれば身につくものなの?」


「え、余裕そうに見えます?」


「その切り返しを笑顔で言うあたり、そう見えるわよ」



 じとっと睨むように言えば、アシュトンは楽しそうに笑った。



「そうですね。俺が隙を見せれば、狙われるのはディラン殿下ですから」


「……その殿下から、私はあなたを奪っているわけだけど」


「ああ、殿下はまぁ…俺と同じくらいの実力があるので。そこらへんの刺客じゃ相手になりませんよ」



 護衛隊長であるアシュトンと、同等の実力の持ち主。そのディランの新たな情報に、リーテアは目を瞬かせた。



「それは……、意外だったわ」


「そうですか?昔から、俺と殿下は一緒に稽古をしていましたからね」



 その柔らかい表情から、アシュトンとディランの絆が感じられる。

 側近のライアスも含め、三人は幼なじみだと聞いていた。


 その三人の“想い”を感じ取り、《愛の魔女》として力を使ったときのことを思い出したリーテアは、ふふっと微笑んだ。



「―――あら、元気そうじゃない」



 コツコツとヒールを鳴らして近付いて来たのは、《風の魔女》エイダだった。


 いつも背中で揺れていた波打つ金髪は、競技のためなのかスッキリと後頭部で纏められている。

 ドレスもいつもより控えめだが、それでもリーテアの持っている一番上質なドレスよりも豪華だ。


 エイダの後ろにいる護衛のクリフが、笑顔で手を振っている。

 リーテアは軽く手を振り返しながら、エイダに苦笑いを見せた。



「……本音を言えば、今すぐこの場から立ち去りたいけどね」


「あら、ディラン殿下のお気に入りが、勝負事から逃げるのかしら?」



 この言葉に、リーテアとエイダの会話に耳を澄ませていた魔女たちがざわついた。



「……聞いた?これって一触即発ってやつじゃないのかしら?」

「……当たり前じゃない。殿下の婚約者の有力候補の座を、横から掻っ攫われたんだから」

「……そうよね、よりにもよって、あんな役立たずな魔女に…」



 ヒソヒソと話しているつもりだろうが、周囲の言葉はリーテアの耳に届いている。

 魔女たちの見解は、認めたくはないが正しい。だからこそ、リーテアは心配だった。



(……やっぱりエイダは、今回の件で、私のことを邪魔に思うわよね…)



 ディランの婚約者候補の座に、一番近いと言われていたエイダ。

 美人で、仕事もでき、国に貢献している。ディランには積極的にアプローチしていると聞いた。


 それなのに、満足に仕事もできない、雑用係のポッと出の魔女……リーテアを、ディランは気に入っているのだ。



 挑むような視線を向けてくるエイダに、リーテアは少し眉を下げる。

 すると、エイダが突然笑い出したのだ。



「……えっ?」


「あはは、なんて顔してるのよあなた。私に嫌われたくないのかしら?」


「そ、それはっ……、そうよ」



 ごにょごにょと濁しながら答えると、エイダは艷やかな唇で弧を描く。



「こんなことで、嫌いになるわけないでしょう。……ディラン殿下は、見る目があるわね」



 ざわり、とまた周囲の空気が揺れた。

 リーテアも聞こえた言葉が信じられず、ポカンとしたままエイダを見つめる。



(え…気のせい?私、今……褒められたの?)



「ちょっと、だらしない顔はやめて。今の言葉、取り消すわよ?」


「……ええと…」


「とにかく、私は正々堂々と競技に挑むわ。それは、あなたも同じ。でしょう?」



 エイダはそう言いながら、鬱陶しそうに周囲の魔女へ視線を向けた。

 こんな魔女たちに負けるなと、そう鼓舞されているような気がしたリーテアは、真剣な顔で頷く。



「もちろんよ。やるからには、全力だわ」


「ふふ、負けないわよ?……クリフ、あなたは私の手足となりなさい。分かったわね?」


「はい、エイダさま!」



 クリフがにこにこと嬉しそうに返事をする。リーテアが意外に感じたのは、エイダがクリフの名前を呼んだことだった。

 アシュトンも同じように感じたのか、不思議そうにエイダとクリフを見ている。



 そのとき、再び空気が揺れた。

 ディランが現れたのだと、僅かに緊張を滲ませた表情の魔女たちを見て、リーテアはすぐに分かった。


 張り付けたような笑みを浮かべ、ディランがゆっくりと歩いてくる。

 その後ろに、いつもと変わらず鋭い眼差しを周囲に向けるライアスがいた。



 まるで計算しているかのように、ティーパーティーのときと同じ位置でディランが立ち止まる。

 魔女とその護衛騎士たちに視線を巡らせたあと、ディランは口を開いた。



「集まってくれて、ありがとう。これから、“魔女と護衛騎士の宝探しレース”を開催するにあたって、ライアスの説明をよく聞いてほしい」



 ライアスが書類を片手に一歩前に出ると、詳しい説明が始まった。



「まず、この競技に参加するのは魔女…さま方とその護衛騎士。原則として、使い魔の同行は禁止です」



 これは、掲示にも書かれていたことだ。この場に集まる魔女の周囲に、使い魔の姿は無い。

 リーテアの使い魔であるロゼも、今は魔女依頼受付室にいる。



「競技名にもある通り、目標は宝を探すことです。……その宝は、この城内及び敷地内のどこかにあります」



 ここから先は、掲示内容にはない部分だ。捜索範囲のあまりの広さに、魔女たちの表情が曇る。



「その宝を探すにあたり、それぞれの力を使っていただいて構いません。ただし、人や物に危害を与えた時点で失格となります。その状況次第では…婚約者候補から外れる可能性があるということを、お忘れなく」



 眼鏡の奥で、紫色の瞳が怪しく光る。

 そんなに楽しそうにしなくても、とリーテアは思ったが、他の魔女たちは恐怖を感じたのか身震いしていた。



(……魔法の使用は許可、でも人や物を傷つける行為はダメ…ね。となれば、私が狙われるとしたら、人気のないところで他にバレないように…かしら)



 ちら、とアシュトンを見上げれば、小さく頷き返してくれた。

 隙を見せる場所と時間、その流れに関しては、打ち合わせはバッチリだ。



「その宝というのは、何なのかしら?それと、宝を見つけたら褒賞を貰えるの?」



 エイダが物怖じせず堂々と質問をすると、褒賞、という単語に多くが反応を示す。

 多方向から期待の眼差しを向けられたライアスは、特に表情を変えることなく「宝ですが」と言葉を続けた。



「王家の紋章が刻まれた指輪です。そしてその在処のヒントと、褒賞についてはディラン殿下からお話があります」



 話を振られたディランは、にこりと微笑む。何人もの魔女がうっとりと見惚れていた。



「ヒントはそうだな……“あるべき場所、目指す場所の隣”とでも言っておこうかな」



 謎掛けのようなヒントに、魔女たちは眉をひそめる。隠し場所を知らないリーテアも、なんのことかと首を傾げた。



「褒賞は、指輪を見つけた魔女の護衛騎士には一日休暇を与える。それと魔女には…一日、俺と過ごせる権利を」



 護衛騎士たちからはワッと歓声が上がり、魔女たちからは黄色い悲鳴が上がった。

 なんとしても宝を見つけようと、目の奥がギラついているのが分かる。


 ディランの新緑の瞳が、不意にリーテアへ向けられた。



(……分かってるわ。私は、私の役目を)



 リーテアはその瞳を見据えながら、誰にも気付かれないように小さく頷いた。



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