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27.《虚偽の魔女》の警告


 “魔女と護衛騎士の宝探しレース”の掲示が出されるや否や、城内はその噂で持ち切りだった。



 リーテアは来たるべき日に備え、魔女依頼受付室での雑用の日々に戻ることになった。

 他の魔女の仕事に同行を続けると、余計に事態が悪化する可能性があるとのライアスの判断だ。


 そして、その判断は正しかった。



 ディランがリーテアを気に入っている素振りを見せ始めると、ほとんどの魔女たちは目の色を変えた。

 嫉妬と羨望の入り混じった眼差しが、ちくちくと肌に突き刺さってくるほどだった。


 魔女依頼受付室では、イルゼとシェリーの質問攻めが毎日繰り返されている。



「リーテアさん、どうやって殿下を射止めたんすか?いつの間に?」


「リーテアさま!ディラン殿下のお気に入りって本当ですかぁ!?未来の王妃さまになるんですかぁ!?」



 ディランが《愛の魔女》を気に入っているようだという噂は、魔女たちの間だけではなく、瞬く間に城中へ広まっていた。

 それはそうだろうな、とリーテアは思っていた。なぜなら、ディランは人目を気にせず接触してきたからだ。



「やあリーテア。今日も美しいね」



 あるときは、人の行き交う城のエントラスホールで(周囲の人は二度見していた)。



「惜しいな。少しでも時間があれば、君と過ごせたのに」



 あるときは、廊下で通りすがるときに(絶対にタイミングを見計らっていた)。



 またあるときは…と思い出そうとしたリーテアは、考えることをやめた。

 破壊力の増した笑顔で、口説き文句を囁かれすぎて、思い出すだけで体が熱くなってしまうのだ。



(おかげで、私の存在は“ディラン殿下のお気に入り”として広まっているけど…大丈夫なのかしら)



 仕事の同行から外れ、さらにディランの接触を見せつけたことにより、当初の目的であった、他の魔女から存在を認められるという目標からは遠ざかっている。

 間違いなく、自分は疎まれる対象になっているだろう。



「リーテア。ため息漏れてるけど」



 いつものように書類を抱えて城内を歩いていたリーテアは、ロゼの指摘に咄嗟に背筋を伸ばす。

 隣を歩いていたアシュトンが首を傾げた。今はロゼの声は聞こえていない。



「どうかしましたか?」


「大丈夫よ。……少し、私はこのままでいいのかなって思っただけ」


「………」



 アシュトンは周囲に視線を巡らせてから、少し身を屈めてリーテアの耳元へ顔を寄せた。



「……殿下が“大丈夫”と言ったときは、大抵大丈夫ですから。リーテアさまはいつも通り過ごしていてください」


「アシュトン、分かったわ。分かったから離れてほしいんだけど」



 きょとんとするアシュトンから、リーテアは自分で離れて距離を取る。



「仲良くしてくれるのは嬉しいんだけど、このままじゃ私、殿下とその護衛を手玉に取る悪女!とか言われそうだわ」


「………悪女」



 アシュトンはポツリと呟くと、何を想像したのか突然笑い出す。なかなか失礼だ。



「アシュトン?笑い事じゃないんだけど?」


「ははっ…すみませ…、俺の想像する悪女とは、あまりにかけ離れていたので」


「どんな悪女よ」


「少なくとも、悪女は他人を優先したりはしませんね」



 アシュトンが言っていることが、エイダと共に落下したときの話だと、リーテアはすぐに分かった。

 エイダを絶対に助けなさい、と命令したことを、未だに不満げに言われるのだ。


 『俺は、リーテアさまの護衛です。俺の仕事は、あなたを護ることなんですよ』と。



 リーテアは何も言い返せず、ロゼも「リーテアが悪女なら、他の魔女は悪魔だよ」なんて笑っている。

 書類の届け先まであと少し、というところで、リーテアは一人の魔女の存在に気付いた。



「………あら?」



 その魔女は、護衛を連れずに一人で壁に寄りかかって床を見つめていた。


 顎の辺りで切り揃えられた髪は、灰色と黒が入り混じった色をしている。魔女には珍しいショートカットだ。

 その腕に抱かれている使い魔のうさぎには、見覚えがあった。

 ティーパーティーのとき、リーテアと同じテーブルにいた魔女だ。



 近付くリーテアの気配に気付き、魔女がパッと顔を上げる。綺麗な琥珀色の瞳が一瞬揺れた。



「あっ…、」



 小さく声を上げながら、魔女は何かを躊躇っているようだった。

 リーテアはアシュトンと顔を見合わせてから、魔女へと近付く。



「……どうしたの?あなた、護衛は?」


「………っ」



 魔女はビクッと肩を震わせた。威圧しているつもりはないのだが、どうやら怖がらせてしまっているらしい。

 小柄でまだ幼さの残る魔女は、震えながらもリーテアをじっと見つめている。



(………なんだろう、私に何か言いたいことがあるの?もしかして、殿下に気に入られて良い気になるなとか、そういう…?)



 思わずじっと見つめ返しながら、リーテアはティーパーティーのときの魔女を思い出す。

 言い合っていたエイダとブランカには、関わりたくなさそうにしていたはずだ。そこまでディランに執着しているようには見えなかった。



「……私は、《愛の魔女》リーテア。私に何か言いたいことがあるなら、ゆっくりでいいから話してみて。私以外が良ければ、護衛のアシュトンに…」


「こんにちは、リーテア」



 口を開いたのは、魔女の腕の中にいた使い魔だった。魔女が驚いたように目を丸くした。



「シャ、シャルッ…!」


「僕はシャル。この子は《虚偽の魔女》レジーナ」


「《虚偽の魔女》…?」



 リーテアが使い魔から視線を移すと、レジーナがまたビクリと肩を震わせる。

 使い魔をぎゅうっと抱きしめてから、ゆっくりと唇を動かした。



「……あの、わたし…っ」


「―――レジーナさま!」



 大きな声が響き、リーテアは驚いて声が聞こえた方向を見た。

 レジーナの護衛なのだろう。アシュトンと同じ服を着た男性が、青白い顔で駆け寄って来る。



「もう、突然いなくなるのはやめてくださいとあれほどっ…、え、アシュトン隊長!?」



 護衛騎士はアシュトンに気付くと慌てて敬礼をした。それから、リーテアとレジーナに交互に視線を送っている。



「ええと、これはどういう状況で…?」


「なんでもないの。行きましょう、ウォルト」



 レジーナは壁から背を離し、ウォルトの元へ歩き始める。



(なんでも…なくはないわよね?さっき、確かに何か言おうとしてたわ)



 リーテアが不思議に思っていると、レジーナは何かに躓いたようだった。

 一番近くにいたリーテアは、咄嗟に手を伸ばして受け止める。



「……っと、大丈夫?」


「ありがとう、ございます。―――…」



 耳元で、リーテアにしか聞こえない音量で静かに囁かれた言葉。

 それを聞いた瞬間、リーテアは目を見開いた。


 リーテアが何かを口にする前に、レジーナはスッと離れ、頭を下げてウォルトの元へ駆け寄る。



「レジーナさま、お気をつけください。……《愛の魔女》さま、ありがとうございました」


「あ……いえ、転ばなくて良かったわ」



 ぺこぺこと頭を下げるウォルトに、リーテアは笑顔を返す。レジーナとウォルトは、そのまま二人でどこかへ立ち去っていく。


 リーテアの肩にいたロゼは、先ほどの言葉が聞こえていたようだった。



「―――“あなたは狙われています。魔女にも護衛にも気を付けて”…か。思わぬ警告だね」


「……そうね。……アシュトン、お願いがあるわ」



 リーテアは険しい表情でアシュトンを振り返る。どうやら事態は、ディランの思惑通りに動いているようだ。



「ディラン殿下と、至急面会がしたいわ」



 言葉の端に少しだけ動揺が滲み、アシュトンはそれに気付いたのか、真剣な表情で頷く。

 この先に待ち受ける未来がどうなるか分からず、リーテアは不安げに窓の外に視線を向けた。






◆◆◆



 《虚偽の魔女》であるレジーナは、城の敷地内にある自室で、膝を抱えて座っていた。

 魔女は優遇制度により、希望すれば城の敷地内に部屋を与えてもらえるのだ。



「レジーナ、ちゃんと言えた?大丈夫?」


「ん、大丈夫。……私にできるのは、警告だけだから」



 使い魔の問いに、レジーナは微笑んだ。それから、今日話したリーテアの顔を思い浮かべる。


 城内で噂の的になっている《愛の魔女》。

 レジーナは自身の力を使った瞬間、たまたまリーテアに関する虚偽の発言をいくつか耳にしたのだ。


 それを本人に伝えようと思ったのは、リーテアが他の魔女とは違うと、そう感じたからだった。



「……あの人の言葉には…偽りが、濁りがないの。そんな人初めて。殿下でさえ、笑顔で嘘を吐くのにね」


「何も起こらないといいね。僕、あの人は好き。あの人の話をするレジーナが、笑ってくれるから」


「……シャル…ありがと。わたしも、そう思う」



 レジーナは嬉しそうに笑いながら、シャルの背中を撫でる。

 もう間もなく開催される魔女の競技で、何も起こらないことを祈りながら、静かに眠りに落ちていった。



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