26.作戦会議
―――“魔女と護衛騎士の宝探しレース”。
近い内に行われるという競技の名前を聞いた瞬間、リーテアは思わず誰が命名したのか訊ねてしまっていた。
「ん?俺だけど?」
答えはディランから返ってきた。
リーテアは他の三人に視線を向ける。アシュトンはサッと目を逸し、ライアスは気付かないフリ、ニールに至っては下手くそな口笛を吹き出した。
(……“魔女依頼受付室”の安直な名前を付けたのも、絶対殿下だわ)
もう少しいい競技名があったのでは、という意見をぐっと飲み込み、リーテアは咳払いをする。
「……そうですか。それで、その競技で私は他の魔女に存在を認めてもらえばいいってことですね?」
「それも出来ればいいかな」
「……それ、も?」
他に目的があるようなディランの言い方が気になり、リーテアは説明を求めるように次の言葉を待った。
「まずは早急に、《風の魔女》の件を片付けたい。“自分が誰かに狙われるかもしれない”って訴えてくる魔女たちが増えたから」
「怖くて眠れないと言って殿下にしなだれかかって来たり、近くに部屋を用意して欲しいとか言いたい放題ですね。俺からしたら、魔女の方がよほど怖いと思いましたね」
「……それ、本人に向かって言ってない?大丈夫?」
ライアスは返事の代わりに肩を竦めた。その口が踏みとどまったことを祈りながら、リーテアはディランに視線を戻す。
「つまり、魔女たちを競わせて、それに乗じて魔女を狙う犯人をあぶり出したい…ってことですよね?」
「そうだね」
「……またエイダが狙われる可能性がある場所を、わざわざ用意するってことですか」
我ながら、非難めいた口調になってしまったとリーテアは思った。
ディランは少し意外そうな顔をしている。
「《風の魔女》と、ずいぶんと親しくなったみたいだ」
「そういうわけでは…私が一方的に、彼女と仲良くなりたいと思っているだけです」
エイダは他の魔女と同じでプライドが高く、高圧的な態度はある。
それでも、他の魔女と違うところは、リーテアの言葉をきちんと受け止めてくれる点だ。
仲良くなりたいと思っているエイダが、また危険な目に遭うかもしれないと分かっていて、良い顔はできなかった。
「大丈夫だよ。今回は、《風の魔女》から標的を変えさせようと考えてるから」
ディランは微笑みながらそう言うが、不穏な言葉にリーテアは眉をひそめた。
「標的を…変えさせる?エイダが標的ではないということですか?」
「……おそらく、《風の魔女》が狙われたのは、現段階で彼女がディラン殿下の婚約者の座に一番近いと思われたからでしょう」
ライアスがそう言って、手元にある何かの資料に目を通す。
「仕事の依頼件数は、《風の魔女》が一番多い。そして、彼女は全ての依頼を短時間でこなしています。殿下と過ごした時間も不本意ながら、魔女の中では彼女が一番多いはずです」
ライアスが言いたいのは、エイダは他の魔女の嫉妬によって狙われたのだということだろう。
ディランの婚約者に一番近い存在のエイダを、誰かが蹴落とそうと考えたのかもしれない。
(でも…あのとき、下手したらエイダは命を落としていた)
リーテアは冷静になって考えた。自分も巻き添えで命を落としていた可能性もある。
他の魔女の命を奪ってまで、ディランの婚約者という立場が欲しいのだろうか。
「そんな…危険な考えを持つ犯人が魔女の一人だとして、標的を誰に変えるつもりなの?」
ライアスにそう問い掛けたリーテアは、すぐに気付いた。
標的をエイダから変えるためには、エイダより婚約者に近い魔女がいることを示す必要がある。
そして、周囲が知らないだけで、既に婚約者は決まっている。
―――他の誰でもない、リーテア自身が、ディランの婚約者となるのだ。
その場の全員の視線が、リーテアへ向いていることが分かった。
自分が囮になるという事実に気付き、ふらりと目眩がする。
「………そう…私、なの……」
リーテアは片手で額を覆い、ゆっくりと息を吐き出す。すると、それまでじっと黙っていたニールが口を開いた。
「リーテアさま。嫌なら、そう仰るべきです」
「……ニール?」
「私から見て、あなたは明らかに他の魔女さまとは違います。あなたに万が一があっては、私が困るのです」
いつも気弱そうに笑うニールが、今は真剣な表情でリーテアを見ている。
本気で心配してくれていることが分かり、リーテアは口元を緩めた。
「ありがとう、ニール。確かに怖い気持ちはあるけど、嫌ではないのよ」
「嫌じゃないんですか?」
驚きの声を上げたのは、アシュトンだった。リーテアは笑って頷く。
「だって、私の護衛はアシュトンでしょ?」
「え……」
「もし何かあっても、アシュトンがいるなら大丈夫だって私は思ってるから」
リーテア一人では、他の魔女に狙われれば何も太刀打ちできない。
けれど、護衛が…リーテアの味方でいてくれるアシュトンがいるならば、少なくとも命の心配はないと信じている。
「……あら、これって魔女の権限を利用した脅しかしら?」
ふとそう思って問い掛ければ、アシュトンが噴き出した。眉を下げ、可笑しそうに笑っている。
「ははっ…、そうですね。捉えようによっては、信頼という名の恐喝ですね」
「……やっぱり?」
「でも俺は、そんな風に思いません。……純粋に、嬉しいです」
本当に嬉しそうに瞳を細めたアシュトンの笑顔は、とても眩しかった。
思わずドキッとしながらも、リーテアは微笑み返す。そのあとで、やたらと睨むような視線を向けてくるディランに気付いた。
「………殿下?」
「俺よりアシュトンの方が信頼していそうだけど」
「それは…」
「君の婚約者になるのは、俺だ」
それはまた信頼の種類が違うので、と答えようとしたリーテアだったが、拗ねるようなディランの言葉に固まってしまう。
(………え…やきもち?どうして?)
ディランがリーテアを婚約者に望むのは、《愛の魔女》の力が目的のはずだ。
そこにリーテアの心は必要ないと思っていたのだが、ディランは自分に心を向けて欲しいのだろうか。
どうしたものかとライアスに助けを求める視線を送れば、呆れたような視線を返される。
まるで、面倒なことをしてくれたな、とでも言いそうな目だった。
「……ディラン殿下、その通りですので、話を進めますよ。まず、競技の開催を発表したあと、開催日までに殿下の興味が《愛の魔女》に向いていると、魔女たちに周知させます」
拗ねた表情のディランを放置したまま、ライアスが話し続ける。それは側近にしかできない強引な手法だった。
「人目につく場所で、殿下にはあなたに接近してもらいます。いいですか、あなたも殿下を狙っている雰囲気を出してくださいね」
「……狙っている雰囲気」
復唱しながら、リーテアは考える。熱の籠もった視線を向けたり、やたらとベタベタ触れたりすればいいのだろうか。
「分かったわ。努力する」
「当日までに犯人の意識をあなたへ向けられれば、あとは相手が動くのを待つのみです。当日は常に魔女と護衛を一緒に行動させるので、アシュトンがあなたのそばにいます」
「……それだと、相手も警戒して動かないんじゃないかしら?」
リーテアの問いに、ライアスは「いいえ」と言って続けた。
「そばにはいますが、途中わざと離れて姿を隠してもらいます。その一瞬の隙が、相手にとって好機になるはずです」
「なるほどね。その隙にあぶり出した犯人を捕らえる…と」
そう言いながらも、リーテアの頭には一抹の不安がよぎる。
エイダが襲われたときの時間は、一瞬だった。一瞬で、エイダの肩が傷付けられ、血しぶきが舞ったのだ。
いくらアシュトンが有能な護衛でも、その一瞬のうちに、離れた場所から護ってもらうことはできるのだろうか。
「リーテア」
静かに名前を呼ばれ、リーテアは知らずの内に俯いていた顔を上げる。
そこには、先ほどとは打って変わって真剣な顔をしたディランがいた。
「大丈夫だから」
何の根拠もない、“大丈夫”だった。
それでもリーテアは、自然とこくりと頷いていた。
その反応に、ディランが満足そうに微笑む。
(……殿下は―――、人の上に立つ素質が、ある人だわ。今の言葉には、人を信じさせる不思議な力があった)
リーテアは人知れず身震いをしながら、そのあとのライアスの競技に関する説明を聞く。
ディランの「大丈夫だから」という言葉が、ずっと耳に残っていた。




