21.《風の魔女》との仕事①
その日、リーテアは他の魔女の仕事に同行することになっていた。
城内の仕事依頼のため、集合場所は城の玄関口だった。
「あら、あなたなの?」
《風の魔女》エイダは、綺麗な波打つ金髪を片手で掻き上げながら、つり目がちな灰色の瞳をリーテアへ向けた。
使い魔の二羽の白い小鳥が、楽しそうにエイダの髪をついばんでいる様子を見ながら、リーテアは口を開く。
「……お久しぶり、です。今日はよろしくお願いします」
リーテアがエイダと顔を合わせるのは、あのティーパーティー以来だった。
ぺこりと頭を下げると、エイダが形の整った眉をひそめる。
「やけによそよそしいわね。しおらしい性格じゃないでしょう、あなた」
「……いろいろご迷惑をかけたので」
「迷惑?………ああ…」
エイダは何かを察したように、リーテアを見てため息を吐いた。
それから、驚くことに微笑んだのだ。
「私は、迷惑だなんて思っていないわよ」
その美しい微笑みと、艷やかな唇から紡がれた言葉に、リーテアは目を見開く。
「……どう、して…」
「あなたの言ったことは、正しい言葉だったじゃない?少なくとも私は、あの言葉に考えさせられるものがあったわ」
「………」
同じ魔女からの、非難ではない言葉。
今のリーテアには、それがたまらなく嬉しかった。
勝手に目頭が熱くなり、片手で目元を押さえれば、エイダが「あら」と声を上げる。
「あれだけ堂々と大勢の前で啖呵を切ったのに、打たれ弱いのかしら?《愛の魔女》は」
「……リーテアよ」
「そうだったわね。リーテア」
ふふっ、とエイダが綺麗に笑う。最初の苦手意識は、リーテアの中にもうなかった。
思えば、あの日《植物の魔女》にバカにされ、言い返そうとしたリーテアを止めてくれたのはエイダだった。
あのとき言い返していたら、《植物の魔女》はさらに逆上していたかもしれない。
「……足を引っ張らないように頑張るわ。今日はよろしくね、エイダ」
「期待しているわ」
少しだけ軽くなった気持ちでリーテアが笑顔を浮かべると、ちょうど護衛のアシュトンが駆け足で近づいて来たのが見えた。
その後ろに、見慣れない男性がいる。アシュトンと同じ服を着ており、腰に長剣をぶら下げていることから、エイダの護衛だということが分かった。
「お待たせしました、リーテアさま。おはようございます」
「おはようアシュトン。今日もよろしくね」
「……うわぁ〜、本物だ」
アシュトンと挨拶を交わしていると、エイダの護衛の男性がまじまじとリーテアを見てそう呟いた。
アシュトンが男性をじろりと睨む。
「クリフ。名乗りもせず失礼だろ」
「おっと失礼致しました。エイダさまの護衛を任されております、クリフと申します。《愛の魔女》さまとお話できて光栄です」
「……リーテアよ。よろしくね、クリフ」
友好的な態度にたじろぎながらも、リーテアはクリフに挨拶を返した。たったそれだけのことで、クリフはなぜだか嬉しそうにしている。
今まで他の魔女の仕事に何度か同行したリーテアは、魔女とはもちろん、その護衛ともまともに会話が出来なかった。
魔女はリーテアを疎んでいたし、護衛はそんな魔女の神経を逆撫でないようにと、リーテアの存在を空気のように扱っていた。
リーテアの記憶では、護衛はアシュトンとも必要最低限の会話しかしていなかった。
ディラン付きの護衛のため、恐れ多くて話せないのか、その理由はまだ不明である。
けれど見たところ、このクリフは今まで会った護衛たちとは少し違うようだ。
「アシュトン隊長、聞きました?よろしくって言われしましたよ俺!ちゃんと名前まで!」
「リーテアさまは、お前以外の護衛にも挨拶はするぞ」
「ええ!?エイダさまなんて、未だに俺の名前覚えてくれてないのに!?」
「お黙り」
ピシャリとエイダが言い放つと、クリフは「ひい!」と縮こまった。
なんとも落ち着きがなく見えるが、国にとって大切な存在である魔女の護衛に選ばれているということは、それなりの実力者なのだろう。
「さっさと仕事に行くわよ。……リーテア、あなた使い魔は?」
颯爽と歩き出しながら、エイダが視線だけをリーテアへ向けた。
「私が他の魔女に同行中は、いつも城で待っていてもらっているの。……私の魔法自体が仕事に必要になることは、ほとんどないから」
「あら、随分と自由な使い魔なのね」
「………!そうなのよ。分かってくれるの?」
リーテアは足を早め、エイダの隣に並ぶ。その様子を、アシュトンが後ろから意外そうに見ていた。
「どうして顔を輝かせて……、ああ、分かったわ。他の魔女にまた嫌味でも言われたの?」
「……“使い魔にも見捨てられたのね”とか“いても役に立たないし”とかは言われたわ」
「そう。常に使い魔と一緒にいるかいないかは、魔女の実力に何も関係ないのに…そんな発想になる魔女は、大した力はないわね」
少しも顔色を変えずにそう言い切ったエイダは、リーテアの目にとても格好良く映った。
良くも悪くも、エイダは自分の考えを貫き通しているのだ。
「……ふふっ」
「なに?」
「私、初めてちゃんと話したいって思う魔女に出会えたみたい」
リーテアが笑いながらそう言うと、エイダは灰色の目を丸くしていた。そして、すぐにふいっと視線を逸らす。
「……私は、別にあなたと馴れ合うつもりはないわよ」
「そうなの?」
「当たり前でしょう。私たち魔女は、ディラン殿下の婚約者の座を競うライバルなんだから」
その言葉に、リーテアは一度口をつぐむ。
どう答えても、エイダに嘘を吐く形になってしまうからだ。
(……いずれ婚約者になることに決まっている私には、「そんなつもりないわ」とも「負けないわ」とも言えない…)
どの答えが正解なのか分からず黙っていると、助け舟を出してくれたのはアシュトンだった。
「それでも、リーテアさまを対等に見てくれている《風の魔女》さまは、リーテアさまにとって特別だと思いますよ」
「……アシュトン」
リーテアが感謝の気持ちを込めてアシュトンを見ると、柔らかい表情を浮かべてくれた。
エイダもアシュトンをちらりと見遣ってから、歩くスピードを落とさずに口を開く。
「魔女に寄り添う護衛騎士だなんて、恵まれているわね」
「エイダさま、俺もいつも寄り添ってますけど!」
「あなたのは自分の押し売りよ」
「ひぃ!辛辣!」
両手で顔を覆うクリフに、アシュトンが呆れたような視線を向けている。
いつもよりも和やかな雰囲気に少し安心しながらも、リーテアはエイダと並んで歩いた。
「……エイダ、今日は高所の作業だって聞いたけど」
「そうよ。数ヶ月に一回の定期の仕事よ」
果てしなく続くように思える螺旋階段を上り、エイダが小さな扉を開け放つ。
降り注ぐ日差しに目を細めながら、リーテアはそこから見える光景に顔を輝かせた。
「わぁ、良い眺め…!」
城の高いところから、城下街の様子が見える。普段は街を見下ろす機会などないため、リーテアはきょろきょろと景色を眺めていた。
アシュトンがくすりと笑う。
「そのようにリーテアさまがはしゃぐお姿は、初めて見ましたね」
「……だ、だって綺麗じゃない?本当に、この国はすごいと思うわよ。自然豊かで、空気が澄んでいて…」
「殿下にも聞かせてあげたいお言葉ですね」
嬉しそうに言ったアシュトンは、視線を遠くへ向けた。その口振りから、ディランが国のために動いていることが伝わってくる。
再び眼下に広がる光景を眺めていると、「ちょっと」とエイダから声が掛かった。
「景色を眺めに来たわけじゃないのよ。リーテア、あなたは私と一緒にあそこへ行くわ」
「………あそこ、?」
エイダが細く長い指でピッと上を指した。その先を追うように視線を上げると、城壁に取り付けられた大きな時計が目に入る。
「今日の仕事は、時計の針を調整することなんだから」
どうやってあそこまで行くのか。
それを考えた瞬間、リーテアは背筋がヒヤリと冷たくなった。




