14.差出人
リーテアは、ライアスと扉の両脇にいた衛兵二人の視線を浴びながら、小走りで近付いた。
ライアスが無視して扉に入らなかったのは、リーテアが魔女だからだろうか。
とりあえず、一番ディランに近い人物を捕まえることが出来た。
「……ディラン殿下は、お部屋にいる?」
「さあ、どうでしょう」
相変わらず、ライアスは冷ややかな目をしている。魔女登録のときから、それを隠そうともしないのはいっそのこと清々しい。
もっとも、ライアスのこの態度はリーテアに対してだけなのかもしれないが。
「至急でお話がしたいんだけど」
「それが出来ると思いますか?やはり、あなたも他の魔女と一緒でしたか」
はぁ、と大げさなため息を吐かれ、リーテアはムッとする。
他の魔女が、リーテアと同じように突然押しかけてきたことがあるのだとしたら、それは婚約者の立場を狙っての行動だろう。
けれど、リーテアの目的は別にある。
「あのね、私は殿下に恋焦がれて会いに来たわけじゃないのよ!」
思わず口調を強めてそう言えば、衛兵二人がぎょっと目を見開く。ライアスは額に手を当てていた。
「……くれぐれも、そういった発言は…」
「なんだ、俺の部屋の前で騒がしいな?」
ライアスの後ろの扉が突然開き、ディランが顔を出した。衛兵たちが慌てて背筋を伸ばす。
ディランは新緑の瞳をリーテアに向けると、「おいで」と手招きをした。
その動きに釣られて扉へ近付こうとしたリーテアを、ライアスが止める。
「……殿下!《愛の魔女》を特別扱いは…!」
「特別扱いじゃないさ。なぜなら、彼女はここに来ていない。……だろ?」
ディランが衛兵たちに向かって不敵に微笑めば、衛兵たちは揃って何度も頷いていた。
どうやら、リーテアが訪ねて来たことと、ディランが部屋へ招き入れたことは、この場で揉み消されたらしい。
これが王族の力か、と思いながら、リーテアはディランに再度促され、部屋へと足を踏み入れた。
「………」
ちらりと背後を見れば、不機嫌そうに眉を寄せたライアスが続いて部屋に入って来る。
さすがに二人きりにはさせてもらえないようだ。
「……それで、突然どうしたのかな?《愛の魔女》リーテア」
窓際まで歩くと、ディランは振り返って笑みを浮かべた。
陽の光を受けて輝く銀髪が風に揺れ、リーテアは素直に綺麗だなと思う。
「私は…この国で魔女登録をしてからずっと、《愛の魔女》として仕事が出来るよう望んでいました」
「……うん」
「城内で、私の魔法を必要としてくれている人を探してはいましたが……まさか、こんな近くにいるなんて思わなかったのです」
「……うん?」
ディランが眉をひそめ、窓に寄り掛かると両腕を組んだ。そんな姿でさえ絵になりそうだ。
「話の流れ的に、まさか…君の力を必要としているのは、俺だと?」
「………」
リーテアは黙ったまま、視線をライアスへと向ける。それを勘違いしたのか、ライアスは顔を歪めて口を開いた。
「やめてください。俺には必要ありません」
「ち、違うわ。その、これから私が話す内容が…側近の方に聞かれてもいいものかと…」
そう言いながらディランへ視線を戻すと、彼はにこやかに微笑んだ。決して本心から笑ってはいない笑みだ。
「俺とライアスの間に隠し事は無い。話してくれていいよ」
「……分かりました。実は、先ほどアシュトンが持って来た箱の中に、これが混ざっていたんです」
リーテアはごくりと喉を鳴らし、ポケットにしまっていた例の封筒を取り出した。
先にディランにだけ見えるように封筒を胸の前に持てば、形の良い眉がピクリと動く。
ディランはため息と共に「ライアス…」と呟いた。
「やってくれたな、お前」
「……なんです?」
「リーテア、それを」
窓際から離れ、ディランがコツコツと靴音を鳴らしてリーテアに近付く。
そして封筒を手に取り、ライアスに見えるように掲げた。
振り返ったリーテアの目に、これでもかと眉間にシワを寄せたライアスの姿が映る。
「……俺のせいじゃないでしょう。書類の山に紛れ込ませていた殿下のせいです。というか、まだ手元に残していたんですか?」
「いつどこで証拠として必要になるか分からないだろ?……確認せず箱に入れて、アシュトンに渡したお前のせいだ」
「いいえ。そんなに大事なものなら、鍵付きの所へ閉まってください。いつまでも書類の山を放置していた殿下のせいです」
「…………ふふっ」
思わず笑いを零してしまい、ディランとライアスの視線が向けられる。リーテアは慌てて口元を押さえた。
二人のやりとりが子どものケンカのように見えたなんて、口が裂けても言えない。
「……とにかく、この封筒のせいで彼女に誤解を与えたようだね」
どこかバツが悪そうな顔で、ディランがそう言った。リーテアは首を傾げる。
「……誤解、ですか?」
「そう。ちなみに君は、この封筒を見てどう思った?」
「それは……ディラン殿下の、想い人からの手紙だと」
リーテアは首を傾げたまま、自身の見解を述べた。
「想い人がいるから、私たち魔女を婚約者候補にすることを嫌がっているんですよね?その手紙の方と想い合っているなら、今こそ私の出番だと思って走ってきたんですけど…」
そうリーテアは確信していたのだが、どうやら違ったようだ。ディランは口元を手で隠し、小刻みに震えている。
笑いを堪えているのだと分かり、リーテアは逸っていた気持ちが急激に落ち着いていくのを感じた。
ようやく《愛の魔女》として城内で活躍できると、嬉々としてここまで走ってきた自分が恥ずかしいと思ってしまう。
「……差し出がましい真似をして、すみませんでした。違うのなら、私はこれで…」
「おっと。逃げないで」
くるりと回れ右をしたリーテアの腕を、ディランが掴んだ。
途端に、嫌な記憶が大きな波となってリーテアを襲う。
「………っ」
思い切り叫びそうになるのを、なんとか唇を噛んで耐えた。
手を離して欲しいと視線で訴えれば、ディランは新緑の瞳で見つめ返してきた。
(……えっ。ちょっと待って、何で見つめ合ってるみたいな構図になってるの?)
混乱して固まったままのリーテアの耳に、扉の外からドタバタと騒々しい音が届く。
すぐに扉が開け放たれ、部屋に飛び込んできたアシュトンが大声を上げた。
「ディラン殿下!!リーテアさまがっ………、リーテアさま??」
部屋の中央にいたリーテアと、その腕を掴むディランを見ると、アシュトンは朱色の瞳を瞬く。
現状把握に時間が掛かっているようだ。
開いたままの扉をライアスが閉め、盛大なため息をついた。そして、眼鏡を外して眉間を押さえる。
「全く次から次へと……。いいですか、一旦全員座りましょう。話はそれからです」
「……ライアス、この状況は…?」
「いいから座れ。俺にも理解出来ない」
アシュトンの頭をライアスがペシッと叩く。その様子を見ている間に、ディランの手がするりと離れた。
「……突然、掴んで悪かったね。とりあえず座ってくれるかな」
「…………はい」
申し訳無さそうに言われ、リーテアは迷った末にこくりと頷いた。
さすがにこの状況で逃げ出せば、今度こそ国外追放を宣告されるかもしれない。
最初にディランが座り、向かいにライアスが座る。ライアスと同じソファに、リーテアは少し離れて腰掛けた。
アシュトンは緊急時に動けるようにと、立ったままでいることを選択している。
「先に、誤解を解いていいかな?リーテア」
真っ先に口を開いたディランが、封筒を掲げてリーテアにそう訊いた。
ライアスが目を見開き、「殿下!」とその先の言葉を止めるよう訴える。
けれど、ディランは口元にゆっくりと弧を描いた。
「―――これは、俺の母親からの手紙だよ」
思わずぞくりとしてしまうほどの妖艶な笑みから、リーテアは目を逸らせなかった。
その瞳から感じ取れたのは、愛情ではなく憎悪であることに、気付いてしまったのだ。




