11.薬か毒か
リーテアが悪態をついて部屋を出て行ったあと、ディランはソファにもたれかかり、片手で顔を覆った。
「あー…、彼女、本当に魔女だよな?」
「……魔女ですね。それは、どういった意味の問い掛けですか?侮辱罪で捕らえたいとか、そういう意味じゃないでしょう?」
ディランは指の隙間から、ちらりとライアスへ視線を送る。
「いや、魔女にしては言動が可愛すぎるなと思って」
「かわ………ちょっと殿下、やめてくださいよ?」
一瞬硬直しかけたライアスが、すぐにブンブンと首を横に振った。
「よりによって、あの魔女を本当に婚約者にするつもりですか?」
「さすがにそこまで飛躍しないさ。ただ、俺の中の最悪な印象の魔女に、リーテアは該当しないってだけだよ」
「……魔女をちゃんと名前で呼ぶのがもう、特別感出てるけどな」
扉に背を預けながら、腕を組んだアシュトンがそう言った。
どこでも敬語を徹底しているライアスとは違って、アシュトンはこの三人だけの空間では、敬語が抜けることが多い。
ディランとしても、気を許せるこの時間が大切なのだが、今回は眉を寄せてしまった。
「そういうアシュトンこそ、ずいぶんリーテアから気を許されてるみたいだな?」
「なに?」
「彼女からお礼を言われただろ。俺は悪態をつかれただけだ。あのとき彼女を護るよう指示したのは、俺なのに」
ティーパーティーで、《植物の魔女》が暴走したあのとき。身を護る術を持たないリーテアを護るよう、ディランはアシュトンに指示していた。
けれど、リーテアの目にはきっと、アシュトンが自らの意思で護ってくれたと感じただろう。
「……言っとくけど、ディランの指示がなくても俺はリーテアさまを護りに動いたぞ」
「何だそれ。本来の主よりリーテアを優先するのか?分かった、お前こそリーテアを特別扱いしてるんだろ」
「言いがかりはよせ。リーテアさまのおかげで、魔女たちの意識改革が一歩前進したんだ。その功労者を捨て置けるほど、俺は非情じゃない」
「よく言うよ。寄ってくる女性たちには笑顔で冷たくあしらってるくせに」
「なっ…、それは関係ないだろ」
「―――そこまで。何の言い合いだ、これは」
大きなため息をつきながら、ライアスがディランとアシュトンの間に割って入った。
普段は冷静なライアスが、頭をがしがしと乱暴に掻く。
「お前たち二人が、あの魔女に肩入れしようとしていることがよく分かった。百歩譲って、アシュトンならまだ騙されても笑い話で済む」
「……おい」
「だが、ディランは駄目だ。どんな力かも確かめられていない《愛の魔女》に傾倒してみろ。この国の未来に関わる案件だ」
ディランはじっとライアスを見つめる。頑なに敬語しか使わない彼が、敬語を使わずに話している意味は、考えなくても分かっていた。
「これは、側近としてだけじゃない。……友人としての助言でもある」
「ああ、分かってるよ。ライアスとアシュトンがいつだって、俺のことを一番に考えていてくれることは」
幼い頃からの大切な友人二人は、側近と護衛として、いつだってディランのそばにいてくれた。
全てを共有している二人だからこそ、魔女に関することは慎重に行動してくれているのだ。
―――“魔女”という存在に苦しめられた、ディランのために。
目を瞑り、一旦冷静になろうとディランは深呼吸を繰り返す。
《愛の魔女》リーテアは、ディランが嫌悪する魔女たちとは明らかに何かが違っていた。
そしてその“何か”が、今のディランには必要に思えてならなかった。
―――『オーガスト国の王子であるディラン殿下が、私たち魔女のために用意してくれた食事の席で、どうして誰も謝意を示さないの?』
誰も手を付けない料理に真っ先に手を伸ばし、凛とした声で言い放ったリーテアの言葉を思い出す。
あの瞬間、確かにディランは嬉しいと感じたのだ。
最初はほんの少しの興味しかなかった。
それが徐々に大きくなり、リーテアならば何かしてくれるのではないかと期待をして、結果的にティーパーティーで利用する形となってしまった。
それを申し訳ないとディランは思わなかったし、今後も協力してくれればなと考えもした。
(結局、怒らせてしまったけど―――…)
ディランはそこで目を開け、ソファに座り直す。ライアスとアシュトンが、視線を交わしているのが分かった。
「……どうしましたか?」
「―――“また”と言った」
「はい?」
いつもの敬語に戻ったライアスが、訳が分からないと言うように眉を寄せた。
ディランは口元に手を添え、部屋を出ていく前のリーテアの言葉を反芻する。
「“また“国の王子に利用されるなんてご免だ、とリーテアは言ったんだ」
「……そうだな、確かに言ってたけど…」
アシュトンが不思議そうに「それがどうした?」と首を傾げる。
ディランはそんなアシュトンを見ながら、思考を巡らせた。
(“また”ということは……過去に、あったんだ。王子に利用されたことが)
「……ライアス、頼み事ができた」
「拒否権はあるんですか?」
「無い」
ニヤリと笑ったディランに、ライアスは肩を竦ませる。
有能な側近は、内容も聞かないまま「仰せのままに」とわざとらしいくらいの丁寧な礼をした。
「アシュトン、お前は引き続きリーテアの護衛だからな。見せしめを行ったとはいえ、彼女に反感を持つ魔女が他にも現れるかもしれない」
「……仰せのままに」
「お前がやるとイラッとするのは何でだろうな?」
「おい、酷くないか?」
じろりと睨んでくるアシュトンに、ディランは適当に謝った。このようなやり取りは毎日で、もはや挨拶のようなものである。
緩やかに流れるこの空気が、ディランの荒みそうな心を毎日浄化してくれるのだ。
(《愛の魔女》リーテア・リーヴ。君は、俺にとって薬なのか、それとも毒なのか?)
そう心に問い掛けながら、ディランはゆっくりと口元に弧を描いた。
◆◆◆
翌日、アシュトンは一枚の紙切れを片手に、小さな家の玄関口に立っていた。
「……ここか?」
思わず声が漏れた。優遇制度のある魔女が住むには、あまりに小ぢんまりとした家だったからだ。
少し躊躇いがちに扉を叩き、アシュトンは家の主の名前を呼ぶ。
「リーテアさま、いらっしゃいますか?アシュトンです」
リーテアの返事は無く、近くの木の上から小鳥の囀りが聞こえるだけだった。
アシュトンはどうしたものかと、ぐっと眉を寄せる。
昨日のティーパーティーから一夜明けた今日、リーテアは城へ来なかった。
魔女たちの間で騒動が起きたことは、あっという間に噂となって城内に広まっていた。おそらく、あの場にいた護衛の誰かが使用人にでも話したのだろう。
いつものように魔女依頼受付室へ入ったアシュトンは、笑顔のニールに告げられたのだ。
「リーテアさまが来ていないのは、昨日の件が原因だよね?言っておくけど、私はリーテアさまのお人柄と仕事ぶりを気に入っているんだ。……連れ戻してきて、くれるよね?」
アシュトンはコクリと頷くしかなく、住所の書かれた紙を持ち、今こうしてリーテアの家を訪ねて来ているのだった。
けれど、リーテアは不在のようだ。どこかへ出かけているのだろうか。
昨日の出来事を思い出したアシュトンは、ちくりと良心が痛んだ。
王子であるディランが、魔女たちを選ぶ立場であるということを分からせるために、リーテアを利用したことに変わりはない。
そして、同時に傷付けてしまったという事実も消せないのだ。
「……ねぇ、いつまで人の家の前でボーッと突っ立ってるつもり?」
突然目の前に姿を現した黒猫に、アシュトンは瞬きを繰り返す。猫が言葉を話すという事実に、反応が遅れた。
「…………リーテアさまの、使い魔…ですか?」
黒猫は肯定も否定もせず、長い尻尾を揺らしながら、その青い瞳でじっとアシュトンを見ていた。
心の内まで見透かされてしまいそうな視線に怯みながらも、アシュトンは口を開く。
「あの、リーテアさまはどちらに…?」
「また利用するつもり?まだ足りない?」
「っ、違います!我々は…、」
反論しようとして、アシュトンは口をつぐんだ。何を言ったとしても、この黒猫には信用してもらえない気がしたからだ。
ぐっと拳を握りしめると、黒猫は静かに歩き出し、アシュトンの横で立ち止まる。
「ついてきて」
そう言うと、黒猫はまた歩き出す。
アシュトンは唇を結び、その小さな後ろ姿を追い掛けた。




